身だしなみにしても服装にしても、他人がどう感じるかがマナーの基本(撮影:風間仁一郎)
宿泊だけではなく、婚礼、会議、会合、会食など人と会うことが多いホテル。だからこそ大事になるマナーがあります。特にハイクラスホテルでの振る舞いには、迷った経験がある人も多いのではないでしょうか。チャールズ皇太子やオバマ大統領をはじめとする、「世界のVIP」をもてなしてきた老舗一流ホテル「ホテルオークラ」の元総支配人であり、『一流の品格を育てる ホテルオークラの流儀』の著者である石原直氏に、ハイクラスホテルでのマナーを、ご自身の体験を交えながらお話いただきます。

ドレスコードは「他者に不快感をあたえない」を基準に

 マナーとは何でしょう。行儀、作法などいろいろとあるでしょうが、オックスフォード辞典によると、way of behaving toward others(他人に対しての振る舞い方)という言葉がでてきます。身だしなみにしても服装にしても自分がどう思うかではなく、他人がどう感じるか、がマナーの基本ということなりそうです。

「ホテルに行くのだから上着を着なくちゃいけませんよね」などとよく聞かれることがあります。そのときに考えるべきことは、それはホテルへ行くからではなく、そこで会う人たちにどのように映るか、ということです。

東洋経済オンラインの提供記事になります

 大事なことは、きれいに着飾るとかいうことではなく、「周囲の人に不快な感じを与えない」ということです。

 よって、カジュアルなコーヒーショップに入るのには特別な服装は求められませんが、格式あるレストランでは「それらしい」服装が必要になるのです。

 それらしい、と言葉を濁しているのはそれぞれの店によって違うからです。お店の方針とそこを利用する人たちにより、お店は作られていますので、お店のTPOにあわせた服装を心がけてください。

 ハイクラスホテルで行われる会合の案内には、よくドレスコードが書かれています。

 あるとき、ウィーンでの国際会議に行く機会がありました。そのとき、ディナーのドレスコードはブラックタイ、と書かれていました。タキシードということです。そしてこのドレスコードについての確認がわざわざ再度送られてきたのです。

 タキシードにはエナメルの靴が必要です。荷物がけっこう増えますので迷ったのですが、私は一式持っていきました。一方、私と同じように迷った揚げ句、タキシードをあきらめ、スーツで出席したメンバーが一人いたのですが、それは気の毒な結果になりました。

 そのディナーはベルベデーレ宮殿の大広間で行われたのですが、ブラックタイとイブニングドレスの中での普通のスーツ姿は、かわいそうなくらい目立ちました。もちろん場違いな存在として、です。

 やはりドレスコードは大切です。最近は招待状や、ホテルのホームページなどで「スマートカジュアル」と書かれていることがよくあります。スマートとは、見苦しなく、とでも理解するといいでしょう。カジュアルは、タイはしなくてよいが、ジャケットを羽織りましょう、でよいのです。

会食でのスープは「食べる」という意識で

 服装に続いて皆さんが気をつかうのが、テーブルマナーかと思います。

 最近では、昔と違って基本的なテーブルマナーを身につけていらっしゃるお客様も多くなっています。また、食事は自分のスタイルで食べるのが一番おいしく感じるはずですから、ナイフやフォークの扱いばかりに気を取られて、味もわからないなんてことがあれば本末転倒。なので、基本的なマナーさえ守っておいしく食べていただければ、ホテル側もうれしいものです。

 ですから、洋食レストランにて、本当は「おはしのほうが食べやすくて」、と思っていながら、ナイフとフォークで無理やりに食べないと、と思うことはありません。お店に求めれば「はしを用意して」くれます。気軽に頼んでみてください。

 しかし、おはしだけでは難しいものも。肉などはやはりナイフがないと困ります。ただはしで肉を切っていては、まどろっこしく見苦しくなりやすいのです。

 ハイクラスホテルでのテーブルマナーのポイントはここです。相手に不快な思いをさせないこと、です。

 ナイフやフォークを器にぶつけてカチカチ音をたてるのは、NGです。その音が不快な感じをあたえやすいからです。

 スープを手前にすくおうが、向こう側にすくおうがそこまでこだわる必要はありませんが、スープは飲むのではなく「食べるもの」。ですから、すすると西欧の方などには違和感を感じさせてしまうので、そうしないようにしましょう。

 また、ナイフとフォークを両手に持ち、それを「立てて」話しをするのは避けましょう。なぜかというと、ナイフは「凶器」なのです。立てると、相手に対して、刃を向けていることになってしまいます。

 和食のマナーはやはり難しく、美しく食べるということが求められます。私にはそれをお話しする資格はありませんが、ただ、食べ終わった後に見苦しくないようにすることは心がけています。

 テーブルマナーとは料理をおいしく食べる、そして一緒にいる相手にもおいしく食べてもらうために、不快な思いをさせない、そのためのルールです。

 ですから、これはホテルでの食事だけの話ではありません。ぜひ日ごろから意識してみてください 。

ホテルごとに存在する「ルール」に素直に従ってみる

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 最後に、ホテルマンの側からこっそりお伝えしたい、おまけのマナー知識をお話します。

 ホテルはスモールコミュニティといわれます。多種多様な人が集まる、ある意味で開かれた空間です。しかし、室内でもありますし、さまざまな目的の方がいらっしゃいます。ですから、ホテルの中では、大声を出さないほうがよいですし、走るという行為も、避けていただければありがたいです。ハイクラスの大型ホテルのロビーは広いですから、急ぐときにはつい小走りになったりしますが、実はこれは厳禁です。

 自分が宿泊客であったり、パーティの主催者であったりすると、ついつい自分の行動に甘くなりがちですが、周囲の人たち含めて、すべてがホテルにとってはお客様です。よろしければ、お客様としての「気遣い」も持っていただければありがたいです。ホテルにとっても、大切にしたいお客様となります。

 さらに、大切にしたいお客様として、「ホテルごとのルール」に準じてサービスをうけることをよしとしていただく方は、マナーがよいともいえます。

 たとえば、ホテルオークラで提供させていただいたサービスを、「オークラがやってくれた」といって、他のホテルにも強く要求するのは、 どうでしょうか。オークラはオークラの経営理念や運営コンセプトに基づいた「流儀」があり、他のホテルでは、そのホテルに基づいた「流儀」にのっとって、個性や差別化を図っています。

 よろしければ、各ホテルの「おもてなしのルール」を素直に受け入れ、それを楽しんでみていただけたら。ホテルの個性や違いもわかり、皆様の滞在がよりポジティブに、さらに充実したものになると確信しています。


【著者プロフィール】石原直(いしはら・ただし)◎国際観光学会会員。立教大学経済学部卒業後ホテルオークラに入社。ホテルの情報システムの草分けとして活躍。システム開発室長として、他ホテルへシステムを販売するなど業界のシステム化に貢献する。取締役社長室長時代には都市ホテルとしては世界で始めてISO9001の認証取得を指揮。常務取締役・ホテルオークラ東京総支配人兼務、ホテルオークラ新潟社長、芝パークホテル社長・会長、藤田観光・副社長事業本部長、フォーシーズンズホテル東京総支配人を兼務する。この間15年にわたり立教大学社会学部、観光学部にて兼任講師、運輸省(現国土交通省)、経済産業省、エネルギー庁などで各種委員会委員を務める。現在は、NPO法人観光情報流通機構理事長、国連CEFACT日本委員、目白大学、筑波学院大学で客員教授として、地方自治体の観光政策策定にかかわるなど、ホテル産業のみならず広く観光促進の分野で活躍中。国連CEFACT(貿易促進会議)では、アジアの国々と観光情報発信の標準化を促進する実証実験を行っている。国際観光学会会員。著書に『ホテル旅館の情報システム』(中央経済社)、『接客サービスのマネジメント』 (日経文庫)などがある。