乳がんは、「外科手術」「薬物療法」「放射線」が、3大治療といわれていて、その中身は毎年のように進化を続けています。乳房にメスを入れる乳がんは、女性にとって、どう治療するかも大切なこと。悔いのない治療をするためにも、知っておきたい最新知識と治療法を、乳がんの名医・木下貴之先生にうかがいました。

乳がんは早期発見で約90%が治る

 

 乳がんの多くは乳管から発生する「乳管がん」と呼ばれるものです。乳管とは、乳汁などが通る管のこと。この中に乳がん細胞がとどまった状態を「非浸潤がん」、乳管を突き破った状態を「浸潤がん」といいます。しこりができた状態は、すでに浸潤がんです。

 浸潤がんになると、血液やリンパ管を通って、がん細胞が全身に散らばっていきます。

 とはいえ、乳がんはほかのがんに比べ、進行が遅いものが多いのが特徴です。5年生存率を見ても、非浸潤がんは100%完治し、浸潤がんでも早期に発見できれば、約90%の人が治っており、再発もないというデータがあります。ですから、できるだけ早期発見に努めたいものです。

生活習慣と密着した乳がん急増のリスク

 乳がんは女性ホルモンと密接な関わりがあります。長年にわたり、「エストロゲン」という女性ホルモンの影響を受けると、乳がんが発生したり、がん細胞が増殖しやすくなるのです。この『エストロゲン依存性乳がん』は全体の6~7割を占めています。

 エストロゲンは月経期間に大量に分泌されます。そのため、初潮が早い・閉経が遅い・出産経験がない・高齢出産・出産回数が少ないなど、現代女性に多いライフスタイルがリスクファクターになるわけです。また、経口避妊薬の使用や、閉経後の女性ホルモン補充療法など、体外からの女性ホルモンの追加により、リスクが高くなる可能性があるとされています。

ひとりひとり違う乳がんの治療法

 乳がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法(ホルモン療法、抗がん剤治療、分子標的治療など)があります。それぞれの治療を単独で行う場合と、複数の治療を組み合わせる場合とがあり、がんの性質(サブタイプ)や病期(ステージ)、年齢、合併するほかの病気の有無などをもとに、患者さんの希望を考慮しながら、決めていきます。

■手術―乳房部分切除術と乳房切除術の違い

 乳がんの手術には大きく分けて、乳房を残す『乳房部分切除術』と、乳房を全部切除する『乳房切除術』があります。乳房部分切除術は、がんの大きさに合わせ、がんとその周囲の組織を切除。ステージ0、Ⅰ、Ⅱ期の乳がんに対する標準的な局所治療です。一方、乳房切除術は、乳がんが広範囲にある、複数のしこりが離れた場所にあるなどの場合に行います。乳房切除術で乳房を失っても、再建手術が可能です。

■放射線治療―微細ながん細胞を放射線でたたく

 高エネルギーのX線や電子線を身体の外から照射して行う『放射線治療』は、照射した部分だけに効果を発揮する『局所療法』です。乳房部分切除術のあと、温存した乳房やリンパ節での再発を予防するために行われます。また、乳がんが再発・転移した場合、がんの増殖や骨転移に伴う痛み、脳への転移による神経症状などを改善するために行われることもあります。

■薬物療法―サブタイプに合わせた効果的な薬を選択

 手術が困難な進行性乳がんや、手術前にしこりを小さくする目的で薬物療法を行うことがあります。また、乳がんでは、がん細胞が血液やリンパ液を介して体内に運ばれ、手術後もどこかに隠れている可能性があります。こうしたがん細胞を根絶する目的で、術後に薬物療法を行います。サブタイプやがん細胞増殖の強さなどの情報も合わせ、より効果的と考えられる薬物療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬)を行います。

がんのサブタイプが治療の有力な情報に

 乳がんの治療は、非浸潤がんを除き、ほとんどの場合、「切って(手術して)終わり」にはなりません。再発予防の治療を継続して受ける必要があります。また、発見時の病期によっては、薬物治療(抗がん剤など)を優先し、病巣を小さくしてから、手術をする場合もあります。

 術前・術後の薬物療法(ホルモン療法、抗がん剤治療、分子標的治療)の選択については、今までも「ホルモン受容体」が陽性か、「HER2」が陽性かなどで検討し、治療されていましたが、近年、「サブタイプ分類」という考え方が定着してきました。

 サブタイプ分類は、がん細胞の「性質」で分類する考え方で、遺伝子解析によって提唱されています。遺伝子検査は費用も高額で、実用はまだ難しく、実際は生検や手術で採取されたがん細胞を、免疫染色で調べることで、どのタイプに分類されるかを判定しています(下図を参照)。

 患者さんのサブタイプがわかることで、医師は効果的な治療を提案できるのです。

 

乳房を失ってもきれいに再建できる

 乳がんの治療現場では、高い温存率からきれいな『乳房再建』へと大きく流れが変わっています。乳房再建には「一次再建」と「二次再建」があり、がんを切除する手術と同時に行うのが「一次再建(同時再建)」。手術や放射線治療、抗がん剤による薬物療法が終わり、治療の全容がわかってから1~3年後ぐらいで患者さんの希望する時期に行うものが「二次再建」です。

 乳房再建には、患者さん自身のおなかや背中などから採取した組織(自家組織)を使う方法や、シリコンやインプラントなどの人工物を用いる方法があります。従来は自家移植の場合にのみ公的医療保険が適用されていましたが、現在では、インプラントなどの人工物を使う場合にも、保険が適用となっています。

《プロフィール》

◎木下貴之先生
国立がん研究センター中央病院乳腺外科科長。慶應義塾大学医学部卒。米国テネシー大学留学、国立病院東京医療センターなどを経て現職。診断から治療まで、患者の気持ちに丁寧に寄り添うことで定評がある。