聞くだけで背筋が寒くなる怪談は、いまや夏の風物詩。暑さも吹き飛ぶ怖い話を怪談蒐集家の吉田遥軌さんに聞いた。

電話から聞こえてくる妻の声が……

 知り合いの男性は妻と2人暮らし。駅前で食材を買って帰るのが日課で、その夜もいつものように駅から妻に電話をした。だが、電話の調子がおかしい。妻の声の背後に“ゴォーーーッ”と大きな川の流れのような音がするのだ。なんの音かな……。そう思いつつ

「何を買っていこうか?」

 と尋ねると

「う……ん、そう……ね」

 と雑音の中、ぼやけた返事。普段の妻はハキハキと話すタイプなので、やっぱりどこかおかしい。

「ん? ねえ、外なの?」

「ううん……家……」

 確かに声は妻のもの。相変わらず背後では“ゴォーーーッ”と川の音がする。え、なんだ、コレ? 違和感に胸がざわつく。

「ねえ、もしかして何か俺に嘘ついてる?」

 と言った、その瞬間……

「ヒャーッ!! ヒャッヒャッヒャッ!!」

 と甲高い大きな悲鳴のような笑い声が! 驚きでとっさに切った携帯を手に、家に走った。いまの、なんだ……!? バタンとドアを開け、妻の姿を探すが誰もいない。そして居間には妻の携帯がポツンと……。

「ただいまー」

 直後、妻は帰宅した。ギクリと振り向きざま聞く。

「ねぇ今、俺と電話で話したよね?」

「え? 私、出かけてた。でも電話忘れちゃって!」

 どういうことだ? 焦って携帯を確認するが、そこには妻との通話履歴が表示されている。しかし、妻の携帯には彼からの着信の痕跡がなかった。彼が電話で話したのは一体……。

◆ ◆ ◆

 怪談には不条理なものが多く、とらえ方も人によってさまざま。電話の声は妻の生霊か。あるいは妻の「もうひとつの意識」とつながったか、「嘘ついてる?」という言葉にだけ反応したのはなぜか……。

夜中に部屋を這い回る小さな黒いネズミは……

 A子の話。A子が高1のとき、中学時代のクラスメートから電話がかかってきた。名乗られても、すぐには思い出せない程度の間柄。他愛もない世間話をした。一体、これはなんの電話だろう? 30分が過ぎて、A子は切り出してみた。

「ねぇ、何か私に言いたいことがあって電話したの?」

 少しの沈黙のあと、彼女は勢いよく話し始めた。

「うん、実は相談があってさ。家にネズミが出て、困ってるんだ。10日くらい前から、夜になると私の部屋に出る。はじめは隅のほうでササ、ササッて動いてる気配がしてた。でも最近は私のベッドにどんどん近づいてきてるみたいなの。イヤな感じ……。こんなとき、どうしたらいいと思う?」

 なぜそれを私に聞くのか。そう思いつつも

「『ねこいらず』とか、駆除剤を使ってみたら?」

 と答えた。すると相手は

「……殺していいの?」

 なぜか真剣に尋ねてくる。

「いや、かわいそうだけど。困っているなら仕方ないんじゃない?」

「……私もそう思ってね。『ねこいらず』、親に買ってきてもらったんだ。まだ使えてないんだけどさ。実は昨日の夜、また出たの。電気を消したとたん、私の足元に。だからその瞬間、電気をつけたの!

 そしたら……それ、ネズミじゃなくて、アナタだったの。すごく小さくて、ドロだらけで、裸のA子ちゃん。……だから私さ、 ちゃんと確認してからにしようと思って。アレって本当に……殺しちゃっていいのかな?」

 パニックのあまり、A子は無言で電話を切った。その後、2度と電話がかかってくることもなかった。彼女がその後、どんな行動に出たのか。それはA子にはわからない。

◆ ◆ ◆

 生霊とは、本人が無自覚に飛ばしているもの。その小さな、ネズミのようなものがA子の生霊だった可能性はゼロではない。しかし記憶にもないような相手に生霊を飛ばすものか? はたまたその相手の言動がおかしいのか……。

イラスト/キタダイマユ

チャラ男からのはた迷惑な贈り物とは……

 モデルのB子の話。

 ある夜、男友達の1人から電話があった。

「やっほ~。B子、元気? 俺さ、なんか生霊つけられたっぽいんだけど! ね、今からソッチ飛ばしちゃっていい?」

 B子が言葉の意味を理解できずにいると、

「フ~ッ、フ~~ッ」

 と電話口に強く息を吹きかける音がする。

「え、何!? ちょ、やめてよ、キモイんだけど!!」

「フ~~ッ、フ~~~ッ……もう大丈夫。さんきゅー、またね!」

 電話は一方的に切られた。

 その夜中。ガシャーンと音が響き、見渡すと部屋の全身鏡が倒れ、粉々に割れていた。つけていないはずのテレビ画面に、砂嵐のような画像。鏡は安易に倒れるわけもなく、また、砂嵐のテレビ画面など平成生まれの彼女は初めて見るものだった。

 気味は悪いが仕方ない。眠らずに肌のコンディションを悪くするなど、プロのモデルには許されないこと。翌日の仕事に備え、彼女は眠りについた。

 翌朝起きると、洗面台の鏡には大きなヒビが入っていた。集合時間に合わせ家を出るが、バッグの中の手鏡も粉々だ。途中の100円ショップで新しい鏡を購入したのだが、それもすぐに割れる。

 B子はその日7回、鏡を買った。しかし、どれもが割れる。結果、その日は、ヘアメイクさんに借りた鏡で仕事を乗り切った。その後、忌まわしい出来事は2度と起こることはなかった。

◆ ◆ ◆

 鏡は昔から“魔除け”“身代わり”に使われる。B子の代わりに鏡が割れたか。『チャラ男がヤリ捨てした女性』が鏡を割り続けた生霊の正体だと思われる。

 ──生霊は、時として心臓を止めるほど強いパワーを持つという。「生きている人がいちばん恐ろしい」という言葉には、実はそんな意味も込められているのかもしれない。

【プロフィール】
吉田悠軌:怪談作家・ライター。怪談サークルとうもろこしの会会長。怪談の収集・語りとオカルト全般を研究。月刊『ムー』にて連載中。新刊『考える珍スポット』(文芸社)、『怪談現場 東京23区』(イカロス出版)が発売中。