いじめ被害を訴えていた、仙台市立中1年の男子生徒が2014年9月に自殺した。遺書はない。「加害者」とされ、遺族から損害賠償を求め訴えられた少年たちは全員、いじめを否定。恫喝も暴力も、支配関係も見当たらない、とされている。どのように「加害者」は作られたのか……。

「加害生徒」のレッテルを貼られて…

自殺した生徒、加害者とされる生徒の双方が通っていた宮城県仙台市立館中学校

「A君の死を知ったとき、息子の龍太は大声で泣きました。今、ネットのあるサイトでは、関係生徒も無関係の生徒もごたまぜに実名批判され、新聞は“加害生徒”と記事を書く。このままじゃ高校だって地元に行けるか心配です」

 こう筆者に話すのは、宮城県仙台市の市立館中学校に通う3年生、大森龍太君(仮名)の母・愛子さん(仮名)。龍太君は今、受験勉強に集中できないほどの社会不信に陥っている。自殺した同級生をいじめた加害者とされているからだ。

 2014年9月21日。同級生のA君(当時1年生)が自殺を図り27日に亡くなった。その間、11人の同級生(全員男子)が学校から「事情を知りたい。聴き取り調査に協力を」との要請を受けた。龍太君も「僕で役に立つなら」と9月25日に調査に応じた。

 ところが、あとでわかったことだが、学校は聴き取り記録表に当該生徒がどう関わったかを「加害」「被害」「周囲」の3分類で記録し、龍太君は「加害」にマルをされた。

 記録表を見ると、聴き取り内容は「(A君が)“変態”といわれた件について」と題され、その真偽確認のための聴き取りだった。龍太君の証言はこう記録された(概要)。

「7月初め、Aにあだ名『〇〇』と言った。そのときAは笑っていた。8月後半にも言った。夏休み明けから、学校であだ名『△△』と言った。Bが下ネタを言ったので、その流れから言った。Aは笑いながら流して、その後、みんなで図書館に行き本を見た」

 たわいもない話だ。しかも龍太君は「変態」と言っていない。この証言で後日、加害者扱いをされて龍太君は落ち込む。大親友というわけではなかったが、A君が悩んだとき、龍太君に会いに自宅に来るような信頼関係はあった。

 加害生徒とのレッテルを貼られた龍太君は今、無理をして登校している。

「学校は楽しくないです。でも行かなきゃ“やましいことがあるからだ”と言われるかもしれない。帰宅したらとにかく疲れます。だから受験先も決まりません」

 隣にいる母の愛子さんも表情が沈んでいる。

「いっそ、遠くの高校に行くしかないかな……」

「この5件がいじめなの?」

 学校での聴き取り調査のあと、仙台市が諮問した、専門家で構成する『仙台市いじめ問題専門委員会』(以下、委員会)も11人に同様の聴き取り調査を実施した。

 そして委員会は昨年6月23日に答申を、次いで今年3月24日に第2次答申を出し、本件をこう結論づけた。

《からかいやあざけりがありそれら行為を受けた生徒は精神的苦痛と感じたが、いじめを行った生徒はふざけ合いとして許されていると認識し、その認識のずれが学校の指導で修正されなかったことに起因して重大事態が発生した》

 同時にこう記述している。

《意図的に当該生徒だけを対象としようとしたいじめがあったとまではいえず、過度の集中性は認められない》

 つまり、答申は、「からかいはA君だけに向けられておらず、悪意も執拗さもないが、A君はつらく受け止めた。その認識のずれを学校が修正できなかった」と理解できる。

「学校の指導で修正されなかった」とは、「問題発生後の対応方針を保護者と協議しなかった」とか「状況が好転したかをA君および保護者に確認しなかった」といった姿勢を指している。

 委員会が重要視したのは以下の5件だ。

1 5月下旬、掃除の時間にからかわれて泣いた。

2 6月に、アイドルグループとA君が並んだ合成写真をLINEで流された。

3 7月。ショッピングセンターで、友人が隠れたのでA君が1人きりになった。

4 3の件で生徒指導のため臨時学年集会が開かれたが、A君は欠席。登校したら友人から「チクった」と言われた。

5 4のあと、「変態」や「寝癖がひどい」と言われた。

 この答申に愛子さんは「この5件がいじめなの」と驚く。

 問題はこのあと。答申で学校名は伏せられていたが、その後、公表されることで『河北新報』など地元メディアは11人を「加害生徒」と報じたのだ。

 この事件は、従来のいじめとは性質が異なる。上記5件の行為には、明らかな暴力(殴る蹴るなど)も、明らかな無視や支配関係(使いっ走りなど)もない。あるのは、「からかい」だ。

 愛子さんは顔を曇らせる。

「級友へのからかいは、どの学校にもあります。でも同時に仲直りもある。そうやって子どもは育つのに、加害行為として残るのかは疑問です」

 実際、A君がからかわれて傷ついたとき、教師の仲介のもと、関係生徒は「そこまで傷ついたとは。ごめんね」と謝り仲直りしている。

 少なくとも龍太君が関わった一件は、自殺の2か月も前。また、龍太君自身もA君からあだ名で呼ばれたりで、龍太君は「互いにふざけ合っていました」と筆者に語った。

加害生徒ではなく『関係生徒』

 私は委員会から答申を受けた市教委に「誰が11人を加害生徒と認定したのか」との質問の電話を入れた。担当者から以下の回答を得た。

「答申は、そういう事実が確かにあったかを認定する位置づけです。つまり事実認定されたのは(前述した)5件だけ。その5件にしても当該生徒は加害生徒ではなく『関係生徒』と位置づけています」

 さらに、こう続けた。

「学校側の対応が十分だったら、からかいの累積も食い止められたかもしれません」

 次いで館中学校に電話すると、菅原光博校長が対応した。学校記録で当該生徒は「加害」にマルをされている。学校が彼らを加害生徒と認定したということかと問うと─。

「違います。学校は当該生徒がいじめたと断定してません。“関係性はある”と(近い意味の単語の)“加害”にマルをしました。この判断が答申にも反映されたと思います」

 つまり、学校も市教委も11人を加害生徒と断定していない。だのに、聴き取り記録表も答申も、加害生徒であるような書き方だ。

真相究明を阻む遅すぎたアンケート

 この件で不思議なのは、A君の自殺を全校生徒が知ったのは1年後であることだ。

 '14年11月13日、学校の聴き取りに応じた生徒の保護者の何人かが、校長から、遺族からの「誠意を示してほしい」との言葉を伝えられた。1人の保護者が「誠意とは何ですか」と尋ねると27日、校長は、遺族の「示談金支払いに応じなければ、今回のことを公表し全校アンケートを取る。公表されれば事実がネットで広まる。憶測で被害が生じると思う」との伝言を伝えた。

 その保護者たちは子どもが悪者扱いされることに納得できず、示談金支払いを拒否。真相究明のため、早急な全校アンケートを希望した。だが、これが実現しなかった。

 遺族は、息子の死の非公表を市教委などに訴え、学校には「A家は引っ越したことにしてほしい」と伝え、実際、他県に引っ越したからだ。

 はたして、館中学校の生徒がA君の自殺を知るのは翌年10月6日。6月に答申が出て、その後、学校名も公表され、説明せざるをえなくなったのだ。その流れで11月、ようやく全校アンケートが実施された。

 愛子さんは残念がる。

「自殺直後から私たちは全校アンケート実施を何度もお願いしました。でも、これ以上の調査は不要との遺族の意向を受けた学校と市教委の方針で実現しなかった。1年もたつと記憶は薄れ、アンケート送付した312人のうち、委員会の聴き取りに応じたのは13人だけ。つくづく残念です」

 聴き取り内容は、大雑把には「A君はやさしい人」「からかわれていた」「ほかにもからかわれている人はいた」「先生は一生懸命対応した」などで、アンケート回答には「子ども同士のよくあるからかいでは」との意見も。

 これらの回答を盛り込んで'16年3月24日、第2次答申が作成された。だが、愛子さんが残念に思うのは、自分たち保護者の意見が反映されないことだ。第2次答申が自宅に届いた翌日、愛子さんは、「昨日は虚無感から答申を読み込むことができませんでした」と私にメールをくれた。

「新たな誹謗中傷が起こるかも」

 '15年12月。遺族は、市と「加害生徒」7人に対し、事実関係の究明と責任の所在の確認を求める民事調停を仙台簡裁に申し立てた。遺族側は「市はAの自殺の危険性を十分予測できたのに適切な措置を取らなかった。加害生徒からは今も謝罪がない。調停で責任の所在を明らかにしたい」と主張。

 だが、今年2月に始まった調停は6月まで3回の審理を重ねたが7人はいじめを否定、調停は不成立となる。遺族は6月30日、市、そして8人の生徒に対して約5500万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。

 ここで疑問を覚えた。調査の対象生徒は11人。7人対象の調停では4人は無関係と認識された? 龍太君は対象外の4人に入っていたが、愛子さんも「理由はわかりません」。また民事訴訟で7人が8人に増えた。これはなぜか?

 私はこの疑問を遺族代理人である弁護士事務所にメールで問い合わせた。後日回答すると返信されたが結局、回答はなかった。そして数日後、8人目が龍太君であることを知り驚く。愛子さんに連絡すると落ち込んでいた。

「あだ名を言ったことが裁判ざたになるとは。裁判に関われば当事者として見解表明できます。でも、新たな誹謗中傷が起こるかもしれません」

 10月3日、第1回口頭弁論が仙台地裁で始まった。被告側弁護士たちは、いじめの事実を否認した。

 これを機にネットの誹謗中傷は加速するかもしれない。「高校受験など無理だ」「死んでください」……。心ない書き込みはザラにある。

「一時期はマスコミも押し寄せ、私も子どもも外出できませんでした」(ある関係生徒の母)

 保護者も生徒も疲れ切っている。龍太君の弁護士は「この内容なら負けない」と予測するが、無罪の場合、そぎ取られた少年らしい時間は誰が返すのか。「冤罪」の場合、メディアはどう落とし前をつけるのか。

 もちろん、子どもを亡くした遺族がいちばん悲しい。A君が深い傷を負った行為に対しては審議を尽くすべきだ。ただ少なくとも、冤罪を生まない裁判であれと願うばかりである。

「僕はいじめていません」─高校進学を控えて不安がる“加害者”龍太君はそう訴える

<プロフィール>
取材・文/樫田秀樹 ジャーナリスト。1959年、北海道生まれ。'89年より執筆活動を開始。国内外の社会問題についての取材を精力的に続けている。近著に『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)