現場は京都と滋賀の府県境の河川敷で緑が生い茂っていた

 10月5日、滋賀県大津市内の瀬田川で妻を川に沈めて殺害したとして、無職・田村義夫容疑者が逮捕された。近隣の住民は「どこに行くにも一緒で本当に仲のいい夫婦だったのに……」と驚きを隠せない。「心中目的だった」と話す田村容疑者。夫婦の間に何があったのか?

前途を悲観した妻から“一緒に死のう”と言われ…

 75歳の夫と74歳の妻が入水心中を図ったが、夫だけが生き残ってしまった─。

 殺人容疑で今月5日に逮捕されたのは田村義夫容疑者。

 滋賀県警大津署は、「現場の状況や供述に疑問があり、殺人の意図があったことは否定できないため殺人罪で逮捕をしたが、今後は慎重に捜査を進めていく」と方針を示す。

 事件は今月4日午後2時30分ごろ滋賀県大津市を流れる瀬田川の西岸で起きた。被害者は妻の田村美佐子さん。事件直前、9月21日から28日まで、美佐子さんは市内の病院に、精神疾患で入院していた。もう10年近く前から、その病気で悩んでいたという。

 捜査関係者の話では、

「退院して次の受け入れ先がなく、前途を悲観した妻から“一緒に死のう”と言われ、2人で入水自殺をしようとしてコンクリートブロック数個を妻の身体にくくりつけて沈めたようです。自分は死にきれなかったと、容疑者は供述しています」

「お母さんを殺した」

 現場周辺には住宅はなく、国道が走るだけ。道路わきの道を下りると、瀬田川の西岸に出ることができるが、30代の記者も足元がおぼつかなくなるほど傾斜は急勾配だ。ここを下りようという強い意思がなければ、70代の老夫婦が現場に行くことは難しい。

 一緒に入水した後、死にきれなかった容疑者だけが岸に上がり、妻のコンクリートブロックをはずし身体が流れないようにロープで木に結びつけて、その場を離れたという。

 容疑者は、河川敷の急斜面を上がり、国道で通行人に「お母さん(妻)を殺した」と告げた。

 110番通報を受けて駆けつけた警察官が発見したのは、川岸付近の土手の木にロープでつながれた美佐子さんだった。搬送された病院で、溺死が確認された。

 現場には、ガムテープと500ミリリットルのペットボトルのお茶とピンク色のコップ、酒のパック。別れの杯だったのか、酒の勢いを借りるためだったのか、容疑者は飲酒していたという。自宅には遺書が残されていた。

 2人は周囲に、仲のいい老夫婦と映っていた。容疑者については「温厚」「いい人」という形容が、数多く聞かれた。

「奥さんが本当に大好きで、何でも奥さんが第一の人やった」

2人が暮らす自宅からは、仲よく会話する声が聞こえたという

 約30年前、引っ越してきたが、すでに2人の子どもは独立し、最初から2人暮らしだったという。

「ご主人は仏様のような人や」

 そう切り出したのは、近所に住む70代の男性だ。

「奥さんが本当に大好きで、何でも奥さんが第一の人やったね。奥さんはタバコを吸うんやけど、夜にタバコが切れると、旦那さんがよく買いに行ってはりましたわ。うちの家内には、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、とよく言われました。きっとご近所の女性はみな、“あんな旦那さんだったら”と思ってるくらいいい人なんです」

 そう話す男性の妻が、“がん”闘病のため、夫婦で自宅を長く留守にした際も、雑草を抜き、家の空気を入れ替えてくれていたという。

「たまに帰ってきても、いつもどおり住めるような状態になっていました。あれは本当にありがたかった」

 別の70代の近隣の男性は、悲しそうに話す。

「ご主人は人の役に立ちたいって気持ちが強かったけど、自分から出しゃばるような感じでもなかった。静かに、本当に静かに暮らす人やった。30年近くお付き合いしていますが、奥さんを殺すなんて考えられない」

 美佐子さんの評判もよく、

「明るく世話好きな感じでね。本も好きだったから文学少女みたいなところがあったんです。天真爛漫っていうのがぴったり」(前出・70代男性)

 ただ、10年前から精神疾患に悩むようになり、病弱な妻を献身的に気遣う容疑者が、家事、炊事をほぼ担当していたという。

「足が悪いみたいでね。食欲もないみたいで、何を食べさせたらいいかわからん」と田村容疑者が漏らすのを聞いた近所の住民もいた。

 2人で散歩をしたり、2人で近所のスーパーに買い物に行く姿がよく目撃されていた。

 スーパーで、美佐子さんが「これ食べたいんやけどな。でも家計があるから」と年金生活を心配すると容疑者は、「それくらい、いいじゃないか。ぎょうさん買うわけでもないし、あんただけ食べる分なら家計も問題ないやろ」

 そんなやりとりを、スーパーでよく一緒になったという近隣住民が覚えていた。

「意図して殺したんじゃないと私は確信」

 逮捕から7日目の今月11日午前、容疑者と接見した男性から話を聞くことができた。

「部屋に入ってきた瞬間に顔を伏せて、涙と鼻水を流しながら“死んでしまった。自分だけ生き残ってしまった”って何度も何度も話すんです。近所の方にもご迷惑をおかけして本当に申し訳ない、あの家には戻れない。子どもたちに迷惑がかかったらどうしよう、と。

 たった15分ですから事件の真実はわかりませんが、意図して殺したんじゃないと私は確信しました」

 面会時間の最後に男性は、「みんな待っているから早く帰ってくるんやでと伝えました。そう言ったら、喜んでくれましてね。もう戻れないと思っていたみたいで」

 ご近所トラブルも皆無で、人柄も申し分ない評判の老夫婦が死を選ばなければならなかった現実。病苦の妻に容疑者も付き添って死のうとしたということなのか。

「年金生活やからね。病院に入退院を繰り返していたから、それも負担になったんちゃうかな。実際のところはわからんけどね。ただ、病気で苦しむ奥さんを見てるのがしんどかったんかもしれんな。本当にかわいそうとしか言えん」

 と近隣に住む男性。住民の間では、容疑者の減刑を願い署名を集め嘆願書を提出しようという動きもあるという。

 容疑者自宅の縁側では、夫婦で面倒を見ていた猫が2匹、幸せそうに寄り添って眠っていた。