LGBTへの理解を深めるなら、LGBTの人々に思いっきり感情移入するのがいちばんかもしれない。ならばオーストラリアの人気映画をミュージカル化した『プリシラ』は、間違いなくうってつけだ。ポンコツバスで旅する3人のドラァグクィーン(女装のエンターテイナー)はきっと、観客の心をわしづかみにするだろう。

ミュージカル『プリシラ』に主演する山崎育三郎 撮影/坂本利幸

 では、主人公のティックを演じる山崎育三郎さんにとって、LGBTとはどんな存在なのかと聞くと「ごく自然に、気づいたら身近にいる存在」という答えが返ってきた。

「子どものころからミュージカルの世界にいたので、女性的な先輩が多いなと感じていましたし、当たり前に受け入れていたんです。ミュージカルってどちらかというと女性が好む、美しい世界観。なので、それを好んでやっている男性は中性的な方が多いんです。僕も柔らかいしゃべり方をするから間違えられたりするんですが。LGBTの親友もいますし、一緒にいて魅力的だなと思える方が多いです」

 これまでにも舞台での女装経験はあるし、舞台『ラ・カージュ・オ・フォール』では鹿賀丈史さんと市村正親さんが扮するゲイカップルの息子役として、先輩たちの演技を間近に見てきた山崎さん。でも、LGBTの人生に真っ正面から向き合うのは相当な覚悟がいる、という。それが名作ならなおさらだ。

ミッツ・マングローブからの言葉

「実は先日、ミッツ・マングローブさんとお話しする機会がありまして。ドラァグクィーンとして活躍されているミッツさんに、こう言われたんです。“私たちにとって『プリシラ』という作品はバイブルだから。みんな注目してるからね”って。

 役に立つ経験談などもいろいろ教えてもらいましたけど、すごいプレッシャーをかけられました(笑)。メイクもダメ出しされました。キレイとかかわいくするというより、盛ってナンボ。

 語尾を“〇〇なのよ、うふっ”とかやれば一見それなりに見えるかもしれない。でも本当はどういう人間で、どういうことがあったから今こうなんだと、泥臭いところまで感じられるような役作りをしないとミッツさんたちは納得しないと思います! コワいですよね(笑)

 でも、せっかくやるんだったらあの方たちが“そうなの!”って思えるところまで演じ切りたいです」

自分の人生に納得できればパワーに

山崎育三郎 撮影/坂本利幸

 山崎さんが演じるティックは、性転換した年長のバーナデットと若くて明るいアダムという仲間とともに、ときには人々の酷い差別に泣き、つらい経験をしながらも支え合い、前向きに生きていく。そのパワーの源は、どこにあるのだろう。

「“自分らしさ”じゃないかな。自分に嘘をついていない、というところだと思うんですよ。大事なのは自分の人生として、いま納得できているかっていうこと。

 これは誰にでもあてはまることだと思うんですけど、人に対してやっていること、行動していること、発言していること、仕事、友達、家族、すべて含めて、本当に自分の人生、それでいいと思って生きているのか。

 たぶん誰もがいろんなことで葛藤しながら生きていると思うんですけど、ティックたちの“私はこうよ!”って言い切れる何かが人を魅了すると思うし、人を惹きつけるエネルギーになるんだと思うんです」

 山崎さん自身、『これで自分らしいと言えるのか? 納得できるのか?』という葛藤はいつもしているという。

「誰でも人生において決断しなきゃいけないときがあると思います。大きな何かを。そういうときには自分自身と会話をします。周りがどう見てるだとかどう思うかじゃなくて、1回しかない人生の中で、自分自身がどうしたいのか。最終的には自分に問いかけています。

 いままでも迷いだらけではありましたけど、後悔したくないから最後には自分で納得できるチョイスをしたいなといつも思っています」

アメリカ留学で学んだ考え方

 “自分らしさ”を尊重する山崎さんの考え方は、高校2年のときに1年間の留学生活を送ったアメリカ・ミズーリ州での経験に大きな影響を受けているそう。

「アメリカで学んだいちばん大きなことは、自分の意見をちゃんと伝える、ということでした。初めは英語がしゃべれないし、恥ずかしいし、友達いないし、2000人の生徒で僕しかアジア人がいなかったからいじめられたこともあって、ずっとおとなしく黙っていたんです。

 でも、それを乗り越えるということを学んだんです。黙っていても何も起こらないし、シャイでいても意味がない。待っていても自分で行動しないと何も変わらないんだってわかったんです。

 クラスにはゲイの同級生もいましたけど、“私ってこうよ!”って自信満々で主張していましたから。日本的に考えると恥ずかしいじゃないですか、10代だとまだ“自分はおかしいのかな?”とか葛藤もあるだろうし。でもアメリカでは、いろんな人種がいることもあって、誰がどうとかじゃなく“あなたはどうなの?”という見方をする文化。そこでは自分を信じて、自分をわかってもらうためのコミュニケーションを取ることが不可欠なんです。

 『プリシラ』の舞台はアメリカではなくオーストラリアだけれど、日本よりはアメリカに近いと思いますね」

嫌な思いをたくさんした人のほうがやさしい

 『プリシラ』のティックが放つ人間らしい輝きは、きっとLGBTへの理解と愛情を育ててくれるはず。しかもショー場面はド派手で楽しい!

「ティックは自分はこうなんだ、こう生きるんだ、というものをしっかり持っている人。つらい思いもしているから、それを乗り越える力があるんですね。でも、いつもどこかで子どもに合わせる顔がないと思っていて、そういう人間くさい、繊細さも持っている。そしてやさしい。やはり傷ついたり、嫌な思いをたくさんした人のほうがやさしいって僕は思うんです。

 自分に嘘をつかないティックのポジティブな芯の強さや繊細な迷い、葛藤までを見せて、見ているお客さんたちが思いっきり共感できるように、“彼の人生を追っていきたい”と思ってもらえるように演じたいです」

<作品紹介>
山崎育三郎さん主演『ミュージカル「プリシラ」』
性格も年齢もバラバラなドラァグクィーンの3人組が、シドニーから田舎町でのショーに出るためポンコツバスに乗って砂漠横断の旅に出る。'94年製作の映画を舞台化したこのミュージカルは、オーストラリアで初演後、ロンドン、ニューヨーク、韓国など15か国以上で上演され爆発的にヒット。ドタバタ珍道中、華麗なショーとともにLGBTとして生きる人間の心のひだを描き、抱きしめたくなるような愛おしさと痛快さで満たしてくれる!
【演出】宮本亜門 【出演】山崎育三郎、ユナク(超新星)/古屋敬多(Lead)(Wキャスト)、陣内孝則ほか【公演】2016年12月8日〜12月29日 東京・日生劇場にて
【ホームページ】http://www.tohostage.com/priscilla/index.html

<プロフィール>
山崎育三郎
美しい歌声と確かな演技力で、本格的なミュージカルを含め数多くの舞台で活躍。最近はドラマ『下町ロケット』など、映像分野でも印象的な役どころを演じている。カヴァーアルバム『1936〜your songs〜』も好評発売中。