政府与党は年金制度改革法案を衆院で強行採決した。数の力で今国会中に成立する見通しという。改革は、年金給付額を強引にカットしていきますよ─という内容。老後設計を見直さないとタイヘンなことになりそうだ。

「そういう呼び方をするのはやめていただきたい」

衆院厚労委で委員長に詰め寄る野党議員=11月25日

 11月25日の衆議院厚労委員会。民進党・柚木(ゆのき)道義議員が安倍首相を責め立てた。

「総理、本当に国民の生き死にがかかっているんです。今回の“将来年金3割カット法案”ですね、国民のみなさんの支持・理解を得られていると思われますか?」

 安倍首相は「そういう呼び方をするのはやめていただきたい」などと苛立った。

「誤解と悪意に満ちたものでありまして、まったく不適当であると、こう考えているわけであります。“将来の年金水準確保法案”であり、これによって世代間の公平をはかるものであります」

 公的年金の支給額を削る年金制度改革法案は同委で強行採決され、29日の衆議院本会議で自民・公明の政権与党と日本維新の会の賛成多数によって可決し、参議院に送られた。今国会会期末の12月14日にも成立する。

 はたして民進党の言う“将来年金3割カット法案”なのか、首相がムキになる“将来の年金水準確保法案”か。

65歳支給を守ると4割カットになる

 獨協大学経済学部教授で経済アナリストの森永卓郎氏は、「どの立場から見るかによって変わりますが、いずれにしても“ゴールは年金4割カット法案”と言えます」として次のように話す。

2004年の制度改正で年金支給額がカットされることは決まっています。そして原則65歳から年金がもらえる仕組みが続く以上、最終的に現行支給額の4割はカットされるんですよ。政府は'14年に70歳支給にしようとして国民の猛反発を買い、断念した経緯がある。65歳支給を守ろうとすると4割カットになってしまうんです」(森永氏)

 今年度の年金支給額をみると、平均的給与で40年勤務したサラリーマンの夫と専業主婦の夫婦の場合、2人で月額22万1504円の厚生年金がもらえる。3割どころか4割カットということは……。

夫婦で月額約13万円がゴールです13万円で暮らせる生活を考えておく必要があります。家賃があると厳しいでしょう。私は“家を買ったほうがいい”と言い続けています」(森永氏)

 たいへんなことになってきた。年金があてにならないことはうすうす気づいていたが、こうして金額を突きつけられると怒りが湧き上がってくる。自営業者の場合、40年払っても、もらえる国民年金は1人月額6万5008円だから、よりダメージは大きいだろう。

法案成立で'21年度から賃金の下落に連動

 しかし、年金の仕組みってそもそも、わかっているようで正直よくわからない。岐阜大学の大藪千穂教授(生活経済学)にやさしく説明してもらった。

「日本の年金制度は世代間扶養です。働いている現役世代が払う年金保険料で、現在の高齢者世代を支えています。自分で払っている年金を将来、自分で受け取ると勘違いしている人が多い。少子高齢化が進み、1人の高齢者を支える現役世代の人数が減りました。騎馬戦の騎馬と同じで支えきれなくなり、年金支給額を下げるために'04年から『マクロ経済スライド』を導入したんです」(大藪教授)

 年金保険料を払う現役世代の人数は少なくなった。一方で年金を受け取る高齢者の平均寿命は延びた。厚労省が7月に発表したデータによると、'15年の日本人女性の平均寿命は87.05歳で同男性は80.79歳。いずれも過去最高を更新した。

 マクロ経済スライドはこうした現況に合わせて年金支給を減額する仕組みという。物価や賃金の伸びよりも年約1%ずつ伸び幅を抑えることで年金制度を守る狙いだ。

「前提として、例えば現在の100万円が20年後、30年後も同じ価値があるかわかりません。しかし、年金は同等の価値がないと困るので物価スライドさせてきましたが、その余力がなくなったんです。ただし、物価が上昇して賃金が下がった場合は、年金支給額は下げずに据え置かれていました。年金制度改革法案が成立すれば、'21年度からは賃金の下落に連動して減額されます」(大藪教授)

 物価下落時で賃金がもっと下がった場合は、下落幅の大きい賃金に合わせて減額されることになる。さらに物価が下がった場合はマクロ経済スライドは発動しないが、'18年度からはキャリーオーバーされ、のちに物価が上がったタイミングで発動される。

「そのときは年金支給額を下げないので、あとでまとめてもらうよということ。最終的には下げなかった分も取られます」(大藪教授)

今回の制度改革が実現したときの年金カットのパターン】

<ケース1> 物価は上がり、賃金は下がった
(今)生活が大変なので年金給付額は据え置き
(新)賃金は下落したのだから年金給付額も削って計算し、あとでまとめて削る

<ケース2> 物価は下がり、賃金はもっと下がった
(今)下げ幅の大小に関係なく物価下落に合わせて削る
(新)下げ幅の大きいほう(賃金)に合わせてガッツリ削る

 これでは、年金が削られるだけの話としか思えない。

 安倍首相の言う“将来の年金水準確保法案”は本当か。

 大藪教授は、「現役世代がもらえなくては意味がないということです。政府は消費税を増税して年金など社会保障に充てようとしていましたが、増税が先送りになったので財源がないんです」と話す。

 前出の森永氏は言う。

高齢者からみれば年金カットだし、若い人からみれば年金確保です。どんなに経済成長しようとも、ゴールの年金4割カットは変わりません。インフレ(物価上昇局面)が進むほどゴールは早く近づきますし、デフレ(物価下落局面)が続いたとしても年金カットは進むのでゴールは近づきます。デフレから脱却できるという前提で言うと、たぶん30年ぐらいでゴールすると思います」

「足りないので、あとは自分でやってくださいね」

 厚労省に問い合わせてみた。今年度の年金額改定の指標となった物価変動率は0.8%で名目手取り賃金変動率はマイナス0.2%。現行制度上、物価が上がって賃金は下がっているので年金額は据え置かれた。もし年金制度改革法案が成立したら賃金下落に合わせて年金も減っていたことになる。さらに5年さかのぼると、うち3年で賃金下落に合わせて減らされていたはず。たしかに年金カットは進みそうだ。

 私たちはどう対処すればいいのか。

働けるだけ働いたほうがいいでしょう。来年1月から専業主婦は確定拠出年金に加入できます。リスクはありますが、節税効果があり運用利益は非課税なので公的年金で足りない分を補うことができます。“足りないので、あとは自分でやってくださいね”という政府からのメッセージとみていい。悠々自適な老後のスローライフなんて裕福な人の話です」(大藪教授)

 早めに老後の生活設計を見直したほうがよさそうだ。