映画『アンチポルノ』に出演する筒井真理子さん

「台本があって監督の思いがある。それを私はどうすれば見ている人にきちんと伝えられるのか。それだけを考えて役者をやってきたような気がします」

 にこやかに、そしてさらりとした口調でそう話すのは、女優・筒井真理子さん。

 彼女の快進撃が止まらない。昨年、13キロもの増量をして取り組んだ映画『淵に立つ』(深田晃司監督)で、ヨコハマ映画祭、高崎映画祭、そして毎日映画コンクールにおいて主演女優賞を受賞。浅野忠信さんと共演したこの作品は第69回カンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門の審査員賞も受賞した。

『花子とアン』や『八重の桜』などのドラマでもおなじみの女優で、別名「カメレオン女優」と呼ばれるほど役の幅が広い。 

 彼女の原点となった有名なエピソードがある。

 早稲田大学演劇研究会の中の劇団『第三舞台』を見に行き、衝撃を受けた。数か月後に同じ劇団が公演しているのを見つけると、本番中の楽屋にもかかわらず、「私を入れてください」と直談判。その場では、羽交い締めにされて追い出されるが、後日晴れて憧れの劇団に入ったのだという。穏やかな印象だが、内に熱いものを秘めた人なのだ。

「ポップで楽しい舞台だったので、私にもできるだろうと思っちゃったんですよね。でも入ってみたら、とんでもないところでした(笑)」

 '80年代半ば、小劇場の全盛期に、彼女は確実に頭角を現していった。鴻上尚史さん率いる『第三舞台』は中でも人気の劇団となった。

「あそこで人生の理不尽を知りました(笑)。まず人格否定から入って、全員ジョギング2キロと、スクワットと腕立てを100回ずつの肉体訓練。しかも、鴻上さんの芝居は、とにかくセリフが多くて早く、常にお客さんの想像の一歩先をいくテンポなんです。しっかり芝居ができる人ならともかく、私は素人ですからうまくできなかった。ついていくのに必死でした。でも、楽しかったですねえ。あの時代があったから今がある」

 卒業後は、ドラマに映画にとコンスタントに出演。常に進化し続けている。

「立ち止まりたくない、いろんなことに興味を持って時代の空気を感じて進み続けたいとは思っています。“年相応”を意識せずに面白いことはどんどんやっちゃう。でも、常に壁にぶち当たってばかりでしたよ。経験値と想像だけではどうにもならない。

 例えば、性同一性障害の役。私にはその方の痛みが完全にはわからない。本を読んだり、そういう方たちに会って実際に話を聞いたりして、なんとか気持ちをわかろうと準備はしました。だけど舞台の本番に入ったら最後は“神様降りてきて……”と祈るような気持ちで演じるしかありません」

 それでも、ふっとその役の登場人物の気持ちを「こういうことかな」と感じることがある。

「そのとき、私の小さな脳みそが1ミリくらい、メリッと大きくなるんです。その瞬間、ものすごく大きな快感がある。これがあるから、役者はやめられないんです」

 筒井さんは自己表現をする「女優」ではなく、完璧な「役者」なのだ。役になりきり、役の心を全身全霊で伝えようとする。

全身をさらす衝撃シーンに初挑戦

 そんな彼女が今回挑んだのは、日活ロマンポルノを復活させる企画で、園子温監督がどうしても筒井さんにとオファーしてきた『アンチポルノ』だ。'71年のロマンポルノ第1作から今年で45年。それを記念して「現代のロマンポルノ」として新たに5作品作ったうちの1本である。この映画の中で、筒井さんは一糸まとわぬ姿をさらしている。

「私でいいんでしょうか、というのは何度も確認してもらいました(笑)。監督もチャレンジャーですよね。

 社会的なリスクも少し考えました。“脱ぐ”ことだけがひとり歩きしてしまう怖さですね。家族の顔も浮かびました」

 両親はすでに他界しているため、まず姉に話したという。

「姉はとても堅い人ですが、“人間は細胞分裂で生まれてくるわけじゃないから自然なことでしょう。それを避けて通ったら本当のことは描けないんじゃない?”と言ってくれました。ホッとしましたね」

 作品として必然性があるとしても、経験豊富な実力派女優が脱ぐ必要があるのかという疑問は誰もが持つだろう。

筒井真理子さん

「台本を読んで、どうしてもやりたいと思ったんです。最後の長ゼリフを言いたかった。それでも、覚悟は必要でしたね。全身をさらすシーンを見てもらうには、私自身に凜(りん)とした強さがなくてはならない。ただ、その覚悟や度量がなければ、逆にあの最後のセリフは言えない」

 彼女自身がどうしても言いたかった長ゼリフは、この映画のテーマそのものだ。今、自分が当たり前だと思っているすべてのことが「本当なのか」と正面から問われ、心に突き刺さってくる。

あなたは自分をちゃんと生きているのか、この国の女は自由を手にしているフリをしているだけだ、など衝撃的な言葉の数々は、すべての物事へのアンチテーゼなんですよね。監督の“世の中これでいいのか”という切羽詰まった叫びでもある。

 ただ、最後のシーンを撮影する前の晩、私には背負いきれない、私の中身はスカスカだから、あのセリフは言えないと、のたうち回るほど苦しくなって。当日は撮影所の敷地内にある神社にお参りに行きました。見えない力を貸してほしいと必死でした」

 その最後のセリフは素晴らしく、そして効果的だった。誰の中にもある“ふとした狂気”をごく自然に見せる彼女の演技に度肝を抜かれること確実だ。

 この作品は、現実と虚構が入りまじり、ある意味で難解であり衝撃的でもある。

「日常生活の続きのままこの映画を見ると、どう受け止めていいかわからなくて戸惑うでしょうね。私はぜひ女性にこの作品を見てほしいんです。会社や家庭の中で演じている役の仮面をはずして、まっさらな素の気持ちで映画館の席に座って、浴びるように見てもらいたい。そうすると、きっと偏見とか良識とか、自分が正しいと思っていることへの疑問とか、心揺さぶられることが起こると思います」

<プロフィール>
つつい・まりこ◎山梨県甲府市生まれ。早稲田大学在学中に、当時人気抜群だった『第三舞台』に所属、舞台のおもしろさに目覚める。その後は映画、ドラマ、舞台と活躍。近年の映画は'16年『淵に立つ』(深田晃司監督)、'15年『Love of Love』『みんな!エスパーだよ!』(いずれも園子温監督)など。

<作品情報>
◎映画『アンチポルノ』(新宿武蔵野館ほか全国順次公開中)
小説家兼アーティストとして、時代の寵児(ちょうじ)となった京子(冨手麻妙)は、マネージャー典子(筒井真理子)に言われるがまま、分刻みのスケジュールをこなしている。だが、彼女は常に感じている。自分は本当に京子なのか、京子を演じているのか……。現実と虚構が入りまじり、京子と典子の立場が入れ替わったり、京子の過去が暴かれていったり。
自分は本当の人生を生きているのか、そして自分は自由だと思いながら実は不自由な人生を送っているのではないのか。タイトルどおり、ポルノというにはアナーキーで衝撃的な作品となっている。

取材・文/亀山早苗
1960年、東京都生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、貧困や格差社会など幅広くノンフィクションを執筆。