宇多田ヒカルのツイート

《もし学校の授業で私の曲を使いたいっていう先生や生徒がいたら、著作権料なんか気にしないで無料で使って欲しいな》

 宇多田ヒカルがツイッターでそうつぶやいたのは2月2日のこと。音楽に関する著作権を管理する団体『JASRAC』が、音楽教室で使用される楽曲から著作権料を徴収する方針を決めたことに対しての発言だった。

徴収が始まるのは来年1月で、徴収額は売り上げの2・5%を予定。対象はヤマハ音楽教室などの大手が中心で、個人経営の音楽教室からは当面、徴収する予定はないそうです」(レコード会社社員)

 この音楽教室への著作権料の徴収が波紋を呼んでいる。「音楽文化の発展を阻害する恐れがある」と、音楽教室を運営する事業者が集まって、『音楽教育を守る会』を結成したのだ。なぜ急に音楽教室からの著作権料徴収に踏み切ったのか。

JASRAC vs 音楽教育を守る会

 経緯について徴収の窓口となるJASRACは、

突然の話ではなく、私どもはダンス教室やフィットネスクラブといった著作権の発生する楽曲を使用している各種教室には、以前より著作権料の支払いのお願いをさせていただいています。

 そのなかで音楽教室さんだけが合意に至っていない状態なのです。話が進んでいなかったのは、先方と“法律的な解釈”に相違があったことがいちばんの理由です」(JASRAC広報部)

 法律的な解釈とは何か。著作権法第22条では、《著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として上演し、又は演奏する権利を専有する》と、定められている。争点はこの“公衆”が何を示すかだという。『音楽教育を守る会』の代表を務めるヤマハ音楽振興会は、

「演奏権が及ぶのは公衆に聴かせるための演奏であり、音楽教室での練習や指導のための演奏は該当しない」

 一方のJASRACは、

「公衆という言葉を聞くと、“観衆”のようなものをイメージされると思いますが、法律的な意味の公衆とは“不特定の人”という意味です。音楽教室は、生徒さんが不特定多数いらっしゃいますから、教室自体が“公衆”なのだという判断をしております」(前出・JASRAC広報部)

 かみ合わない両者の言い分。

渋谷区代々木上原の閑静な住宅街にビルを構えるJASRACとヤマハ音楽教室

 今後については、

「先方は会を作られていますが、契約の当事者は個々の事業者様です。それぞれに誠意を持って話し合いを進めていきたいです。法律の解釈のズレというのは、もしかしたらもうすり合わせをすることが難しいのかもしれません」(前出・JASRAC広報部)

「たくさんの方から会の方針に賛同を得て、入会していただきました。まだ具体的にどういったことをするかは決まっていませんが、会のみなさんと一緒に対応していくことになると思います」(前出・ヤマハ音楽振興会広報部)

美容室でも著作権料が発生?

 '80年代に一世を風靡したバンド『爆風スランプ』のドラマーで、名曲『Runner』の作曲者でもあるファンキー末吉さんは現在、音楽活動とともに都内でライブハウスを経営している。ライブハウスで著作権の発生する楽曲が演奏された場合、事業者は著作権料を支払わなければならないが、末吉さんはJASRACの著作権料の徴収の仕方に疑問を持ち、支払いについて現在、法廷で係争中だ。

「本来は“この曲が何回演奏されたからいくら払う”というのが正しいやり方のはず。でも今はライブハウスにおける著作権料は、“包括契約”といって、店の席数と広さによって決まるのです。演奏された回数は関係ないので、作詞者や作曲者に支払われるはずの著作権料が正確に支払われていない」(末吉さん)

 では、著作権料の分配金額はどうやって決まるかというと、バーなどの飲食店も含めた“社交場”800店での利用曲を、JASRACが四半期ごとに調査し、その比率によって算出される。覆面の調査員が来ることもあるという。

ライブハウスは1日10曲程度しか演奏されないんだから、きちんと報告することができるのに、それをさせない。調査結果は上位以外はアーティストには明らかにされないので、もらえる著作権料がなぜその金額になるかわからない。著作権者は提示された額を信じるほかにない。なぜかもらえる金額のゼロが突然1つ少なくなったこともありましたよ」(前出・末吉さん)

 末吉さんは「著作権料の支払いは著作権者だけでなく、みなさんの生活にも影響を与える問題」とも話す。

チケット代にはライブハウスがJASRACに支払う著作権料が乗せられています。大好きな人のライブを見て、お金を払っているのに、演奏していたアーティストにはきちんと分配されていないのです。

 ライブハウスだけでなく、音楽を流している美容室も著作権料が発生します。1回のカット料金の中に知らず知らずのうちに著作権料が含まれているということです。音楽教室も今後、月謝などに著作権料が乗せられていくでしょうね」(前出・末吉さん)

 包括契約について、JASRACは、

私どもも楽曲ごとに、何回演奏されたかを申告するのが基本と考えます。しかし、それが現実的にできるかというと、大きな負担となるので難しい。

 音楽教室につきましては1曲いくらという形も用意しています。カラオケ店には同様にどちらかの契約方法を選んでいただいています。包括契約のほうが定期券のように1曲あたりの金額は割安になることが多いです」(前出・JASRAC広報部)

著作権トラブルに巻き込まれる芸能人

 日本伝統の『雅楽』の演奏者の岩佐堅志さんもJASRACの徴収方法に疑問を抱いている1人。突然、ある公演における著作権料の支払いを求められたという。

「私が演奏する曲は、今から1000年以上前のもので、著作権の切れたものだけです。それなのに使用した曲を申告しろと言われたのです。担当者は、雅楽を“がらく”と呼ぶような方でした」

 芸能人が著作権トラブルに巻き込まれることも少なくない。

「'06年に森進一さんは『おふくろさん』に勝手に歌詞を付け加えたとして、作詞者である川内康範さんと著作権の侵害について騒動に。'07年にJASRACによって“改変版の歌唱・利用許諾はできない”とされ、森さんは『おふくろさん』を歌えなくなりましたが、川内さんが亡くなった'08年に川内さんの長男と和解。オリジナル曲のみを歌うことを条件に歌唱が解禁されました」(前出・レコード会社社員)

 '15年には演歌歌手の平浩二がMr.Childrenの歌詞をほぼ丸パクリして話題に。'06年には槇原敬之が漫画家の松本零士の『銀河鉄道999』のセリフを楽曲で盗作したとして、裁判ざたに。また問題は政界でも……。

「'13年に大ヒットしたNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』のテーマ曲を東京都議選の候補者が無断で使用。著作権の侵害だと、作曲者からの指摘で使用を取りやめました」(政治部記者)

 宇多田が望むように個人の裁量で音楽教室での楽曲使用に関する著作権料を“無料”にすることはできるのか。

音楽教室というひとつの分野だけ、特別扱いするような形で著作権料を無料にすることはできません」(前出・JASRAC広報部)

 人生を豊かにするはずの音楽が争いのもとになるとは。JASRACもアーティストも音楽教室事業者そして私たちも納得して音楽を楽しめるのは日は来るのだろうか。