安倍首相と昭恵夫人

「自民党のベテラン議員から“野党として徹底的に追及してほしい”と封筒に入れた分厚い資料をいただきました。森友学園問題よりも、もっと安倍政権を直撃する問題がこれから出てきます。(中略)今度も安倍昭恵さんが登場します。さらに大学の新設を認める文部科学省の当時の大臣は下村博文さん。安倍昭恵さんのメッセージの下に、下村さんの奥さんのメッセージまで写真入りで出ています」

 そうスピーチして聴衆を釘づけにしたのは、民進党の有田芳生参院議員。東京・永田町の国会前で3日、安倍政権に反対する抗議行動があり、有田議員は「安倍政治の終わりを近く実現しようではありませんか」と締めくくった。

 大阪府豊中市の森友学園に続き、にわかに注目を集めているのが岡山市を本拠とする学校法人『加計学園』グループだ。同学園の運営する岡山理科大学は来春、愛媛県今治市に獣医学部を開校する。今治市はその学校用地として16・8ヘクタール、およそ36億5000万円相当の市有地を無償譲渡し、さらに校舎建設など施設整備費約192億円についても半額の96億円を公費から拠出するという。

 森友学園への国有地売却価格は大幅値下げされていたがこちらはタダ。さらに加計学園を牽引する加計孝太郎理事長は安倍首相が学生時代に米国留学したときのクラスメートで、いまもゴルフ仲間という旧知の間柄。一方的に信奉しているのとはわけが違う。

 地元・今治市選出の福田剛愛媛県議(民進党)は「不可解な点が多すぎる」と話す。

50億貯めましたと力説

「なぜタオルと造船の町に獣医学部なのか。なぜ岡山の大学が愛媛を選んだのか。なぜ土地の貸与ではなく無償譲渡なのか。獣医学部の新設が52年間なかったのは、日本獣医師会がずっと反対してきたから。地理的条件では、岡山市からしまなみ海道(西瀬戸自動車道)や瀬戸大橋を使って車で約3時間かかる。無償譲渡はこうしたハンデを上回る“うまみ”といえる」

 今治市の菅良二市長は昨年11月5日、地元選出の県議6人を市庁舎に呼んだ。

「市長は“覚悟を持って学園都市を成功させます。50億円貯めました”と力説した。加計学園の施設整備費への補助で足りない分を愛媛県から出してもらいたくて応援を頼みたかったようだ」(福田県議)

 この時点では国は獣医学部の新設を認めていない。しかし4日後、政府の国家戦略特区諮問会議(議長・安倍首相)は「広域的に獣医師を養成する大学などの存在しない地域に限って獣医学部新設を認める」と特例を設けた。今治市が加計学園を引っ張り込む構想はこの特例にピタリと合致する。安倍首相が昭恵夫人、加計孝太郎氏らと東京・宇田川町にある予約の取りにくい超人気店『炭火焼肉ゆうじ』で約3時間会食したわずか1か月後のことだ。タイミングがよすぎる。

 全国の獣医師を束ねる社団法人『日本獣医師会』(東京都港区)の境政人・専務理事は「直接、反論の機会をいただきたかった」と残念がる。

「やむなくパブリックコメント募集に反対意見を寄せました。全国55獣医師会と獣医系の全16大学学部長などに将来を見据えて意見を出すよう求めたところ、83%が反対意見を寄せたことがわかりました。しかし、決定は覆りませんでした」と境専務理事。

 同会によると、'14年12月末時点の獣医師は全国で3万9098人。犬、猫などを診療する動物病院の医師や、牛、豚、鶏などにかかわる産業動物医が約半数を占め、伝染病の防疫などに携わる公務員獣医師が24%と続く。

「獣医師は足りています。どの大学も全国から学生が集まり、卒業して全国へ散ってゆく。地域特区にはなじみません」(前出・境専務理事)

 獣医学部新設の意義について国家戦略特区諮問会議の委員は「国際水準の獣医師を育てる」「バイオサイエンスや創薬に取り組む」などと展望を語ったとされる。しかし、「既存の16大学ですでに取り組んでいることばかりで新味はない」(境専務理事)という。

市の広報誌で紹介している岡山理科大学獣医学部の完成予想図

今治市に聞く

「でも、西日本には私立の獣医学部はない。市は1975年から大学誘致に取り組み、'83年には無償譲渡を前提にしていた。全国の大学にアプローチしては振られてを繰り返し、小泉元首相の構造改革特区のころから15回チャレンジしてきた。加計学園が“獣医学部ならば”というので規制緩和を求めた」(今治市企画課)

 では、大盤振る舞いを決めたのはなぜか。

「四国にある大学の入学定員充足率は89%と低く、市内には短期大学が1校あるだけ。若者は18歳になると市外、県外に出てしまい、消滅可能性都市に名前が挙がったこともある。そんな現状で大学を誘致するにはインセンティブ(報奨)が必要」(同課)

 この案件は開会中の定例市議会初日の3日、特別委員会と本会議で賛成多数でスピード可決された。本来は委員会で時間をかけて審議し、最終日に本会議で採決するのが筋。森友学園問題がヒートアップする中、そそくさと可決した感は否めない。

 共産党の松田澄子市議は、

「特区特別委員会で全11議員中、反対したのは私だけ。“市有地の無償譲渡は市民が納得しない”と言ったけれど、採決を急がれた」と憤る。

─学校用地の無償譲渡は進出の絶対条件か。問題はないか。

「学校用地の譲渡は市が法令やほかの自治体の誘致例に従い適正に決められたことであると承知しています」

─夫人経由を含めて安倍首相、下村元文科相に獣医学部新設にからんで何かを依頼したことはないか。

「ありません」

 同学園系列の認可外保育施設で安倍昭恵夫人は名誉園長職にある。下村今日子夫人は無報酬で広島加計学園の教育審議会委員を務めている。

 冒頭の有田議員は言う。

「必要ないと言われている学校を、つくれるようにリードしたのは安倍政権です。それが安倍首相のお友達の学校で公有地がタダ。事実をつなぐと、なんか不思議ですよね。昭恵さんも下村夫人も公人とは言わないにしても、公的な影響力を持っていることは否定できないでしょう」

 今治市の地元関係者によると、市民は昨年オープンしたイオンモールに盛り上がり、大学誘致への関心は薄い。ペットを飼う人が多いわけでもない。市内には動物園も水族館もなく、野間馬という小さな馬を飼う『のまうまハイランド』があるだけという。