性犯罪厳罰化、被害者は「それでも手ぬるい」と

「13歳以上は必死に抵抗しないとレイプと認めてくれません。でも、同意のない性行為はすべて性暴力だと思うんです。刑法改正案は非親告罪化など評価できるところもありますが、犯罪の成立に必要とされている暴行・脅迫要件は撤廃されていません。大事な部分が抜け落ちているんです」

 と話すのは、『性暴力と刑法を考える当事者の会』代表の山本潤さん。

 今国会に提出された刑法改正案は、悪法・共謀罪をめぐる与野党攻防の陰に隠れて、まだ成立をみていない。性犯罪の法定刑を引き上げるほか、性交類似行為を現行の強姦罪の対象に含めるなど厳罰化する内容になっている。

 性犯罪については1907(明治40)年の刑法制定から1度も大きな改正がなく、改正案が成立すれば110年ぶり。しかし、関係団体や専門家から“ダメ出し”が相次ぐ。

 性暴力被害者を支援するNPO法人『レイプクライシスセンターTSUBOMI』代表の望月晶子弁護士も、

「いちばんの問題は暴行・脅迫要件が残ったこと。例えばこんな事件があった」と話す。

「ある女性が襲われ、逃れられない現実を受け入れつつも、せめて妊娠は避けたいと思って、加害者に“コンドームをつけて”とお願いした。すると、挿入に同意したとみなされてしまったんです」

 抵抗すると殺されるかもしれない。恐怖心から反撃できないこともある。身体がこわばったり、言葉を発せなくなることもある。しかし、目にみえるかたちで抵抗しなければ、改正刑法下でも加害者が罪に問われない可能性は残る。

 望月弁護士は司法の限界を実感しているという。

「弁護士の仕事は加害者の弁護がメイン。国家権力によって身柄を拘束されている加害者の人権を守るため、いかに示談に持ち込むかなど刑罰を軽くすることに重点をおきがち。被害者視点で意識を見直す必要がある」(望月弁護士)

民事裁判で受けたセカンドレイプ

「被害者の声を届けたい」。『A-live connect』で代表を務める卜沢彩子さん

 被害者の苦痛、苦悩は大きい。

 若者の居場所づくりなどに取り組むプロジェクト『A-live connect』で代表を務める卜沢彩子さん(29)は大学2年のときにレイプ未遂にあった。忌まわしい記憶は何度もフラッシュバックして甦り、加害者を訴えた民事裁判で“セカンドレイプ”を受けた。

「男女約20~30人の飲み会の帰り道、コートを着ようとした私のバッグを持ってくれた男が“飲み直そうよ”と、しつこく豹変したんです」

 断っても聞き入れてもらえず、男はバッグを持ったままタクシーに乗り込んだ。“強引な人だな”と不愉快に思いながら、バッグを取り返すために同乗した。着いた先は男の自宅だった。

「無理やり自宅に引きずり込まれ、玄関先で抱きつかれてキスされました。抵抗して何度も“やめてください”と言ったけれど、男は動じる様子もなく、下着に手を入れてきました。私が生理中であることに気づくと“そんなにイヤならしかたがないね”と未遂に終わりました」(卜沢さん)

 警察には被害を届け出なかった。証拠がないと思ったからだ。精神のバランスと体調を崩し、1か月後に自殺未遂を図った。その後も犯行シーンを思い出すたび、トイレに駆け込んで声を押し殺して叫んだ。数年後、加害者の男を相手取って民事訴訟を起こした。

「裁判では想像もしなかったことで責められました。なぜ、タクシー運転手に助けを求めなかったのか。なぜ、事件翌日にブログを更新しているのか、と。平常心を装っていただけです。加害者側の弁護士は私の男性関係の質問をしたり、私が言葉に詰まるとすぐ“記録して”と言ったり。ショックで傷つきました」(卜沢さん)

 控訴審を含めて約2年かかった裁判は完全敗訴。弁護士費用約100万円は自腹を切った。加害者が怒鳴ってはいないこと、あからさまな暴力をふるっていないことから、暴行・脅迫要件を満たしていないと判断されたという。

「刑法改正案は厳罰化に踏み切りました。でも、加害者の罪が罪と認められなければ、いくら厳しくしても意味がありませんよね。正直言って、手ぬるい改正だと思います」(卜沢さん)

 性犯罪被害者を支援する4団体でつくる『刑法性犯罪変えよう!プロジェクト』は改正案に一定の評価をしながら、内容が不十分として署名活動を展開中だ。改正案で評価できる点はどこか。

プロジェクト4団体の左から山本潤さん、中野宏美さん、鎌田華乃子さん、納田さおり市議。数字は署名の賛同者数(4月6日現在)

父親から受けた性虐待

 性暴力被害者をサポートするNPO法人『しあわせなみだ』の理事長・中野宏美さんは、被害者の告訴がなくても起訴できる非親告罪化については評価している。

「加害者が示談交渉に持ち込むことを防ぐことができますから。刑事弁護を得意とする一部の弁護士は反対しています。示談は醍醐味らしく、ホームページで盛んに宣伝しています」(中野さん)

 ほかにも、男性被害者を対象に入れた点や、親などがその影響力に乗じて18歳未満の子どもにわいせつなことをすると暴行・脅迫要件がなくても罰する点は、おおむね評価されている。

 前出の山本さんは13歳のときに父親から性虐待を受けた。両親が離婚するまで7年間続き、思春期は“男の人はけだもの”と恐怖の対象でしかなかった。こうしたケースは、改正案では縛りをかけることができる。

 私たちの意識改革も必要になってきそうだ。

 女性が自分らしく生きられる社会の実現を目指す『ちゃぶ台返し女子アクション』の代表・鎌田華乃子さんは「内閣府の調査で6・5%の女性が望まない性行為の経験があることがわかっています」として次のように話す。

「例えばパートナーからセックスを迫られたとき、複数の選択肢があってどれを選んでも安全でなければいけない。“うん”と言わざるをえない状況下で同意はありません」

 山本さんらの活動に賛同する西東京市の納田さおり市議(無所属)は「きちんと性教育しないといけない。性の話題を恥ずかしがったり、避けようとする傾向を改めることが大切です」と話す。

 専門家は刑法改正案のどこが問題だと考えるのか。

 長崎総合科学大学の柴田守准教授(刑事法)は公訴時効が守られたことを批判する。

「現行法の強姦罪で10年、強制わいせつで7年の時効が撤廃されていない。幼少期に被害に遭った場合、被害を認識したり、加害者を訴えるのに時間がかかることがある。成長する途上で時効を迎えてしまうんです」(柴田准教授)

 裁判で、被告人以外の性遍歴や経歴を証拠として提出させることを制限する「レイプ・シールド法」についても議論が足りないと指摘する。

「例えば、性風俗で働く女性が強姦され、裁判になったとき、加害者側が被害者の仕事や過去の男性遍歴を証拠として尋問することを防ぐルールがない。セカンドレイプになってしまうんです」(同)

 性犯罪被害者が被害者として扱われてこなかったといえる司法の現状をどこまで改善できるか。

 被害者救済や加害者更生と併せて大きな問題だ。

※都合により、原稿の一部を削除しました(4月19日14時20分)