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 ‘99年のデビューからブレイクするまでの嵐メンバーの日々を、秘蔵エピソードで綴った本『嵐、ブレイク前夜』(主婦と生活社)が4月17日に発売される。

 同書によれば、嵐は当初、二宮和也と櫻井翔を軸として構想がスタート。二宮はすでにドラマなどで演技の才能を見せていたし、櫻井はジャニーズ初の“慶應ボーイ”ということで、メリー喜多川副社長が世に出したがっていた。そこに松本潤が加えられた理由とは?

「おそらくセンタータイプが必要だと感じたんでしょうね。Sexy Zoneの佐藤勝利クンもそうですが、顔が濃くてアイキャッチになるメンバーを真ん中にすることが多いですから」(テレビ局関係者)

 そして、4番目に決まった大野智は当時無名に近い存在だった。にもかかわらず、メンバーとなったのにはある変則的な事情が。

《そうこうするうち、イラストレーターの仕事にも興味を抱いていた大野が事務所を辞めたいと言い出した。そんなとき、ジャニー社長がよく使う引きとめ策がこれだ。「ちょっと待って。今、デビューさせることを考えているから」》

 つまり、辞めると言い出さなければ、嵐にはなっていなかったともいえる。実はこれ、事務所とJr.の独特な関係性が影響していた。

「ジャニーズって、Jr.とは極力、契約をしないんです。法律的なこととか、いろいろ面倒なので。そのぶん、バイトみたいな扱いだから契約書で縛ることができない。そこで、見どころのあるJr.が辞めそうになると“デビューさせるから”と言って引き止めたりするわけです」(スポーツ紙記者)

 この結果、大野は“やらせてもらえるなら頑張る”と、覚悟を固めることに。

 難航したのは、最後の1人だ。相葉自らが後に語ったところによると、嵐入りを聞かされたのはハワイでの会見の3日前。ラジオの仕事に向かう途中で、別の場所に行くように指示され、そこにはほかの4人がいて、いきなりデビュー曲の振り付けが始まった、と言うのだが……。

《当初は、村上信五が候補に挙げられていた。ほかの4人が東京出身なのに対し、関西ジャニーズJr.からもひとり入れてはどうかというのと、バランス的にゆるキャラ系のメンバーも欲しいというところから、白羽の矢が立ったわけだ。が、最終的には同じくゆるキャラ系ながら、千葉出身の相葉に決まる》