会ってすぐオヤジの毒=魅力にやられた

 まさに昭和の怪優と呼ぶにふさわしい勝新太郎。彼の没後20年がたちました。女遊び、金使い、芸への情熱。どれをとってもスケールの大きいその生きざまは、今となっては伝説と化しています。

 そんな勝新太郎のマネージャーとして、6年の月日を過ごしたアンディ松本さん。「オヤジ」「アンディ」と呼び合う関係は親子同然だったといいます。アンディ松本さんの『勝新秘録 わが師、わがオヤジ勝新太郎』(イースト・プレス)には、ありし日の「オヤジ」の素顔が生き生きと描かれています。

オヤジと初めて会ったのはね、京都のベラミっていう高級クラブ。山口組の田岡組長が撃たれたいわくつきのクラブで、関西政財界御用達だよ。いや、行ったのは初めてなんだけどさ、会社を辞めた後、お世話になった先輩を連れて2次会の行き先に選んだんだ。そりゃすごい豪華なクラブだからさ、きょろきょろしちまって。で、トイレに行こうとしたらさ、階段の上に、あの勝新太郎がいるんだよ。いや、びっくりして“大ファンです!”って話しかけた。そしたら、オヤジは“そうかそうか、後で来い”と」

 社交辞令だと笑う周囲の声を聞かず、アンディさんは勝新太郎の席に行きます。周囲には、江波杏子や太地喜和子などの大女優が控えていたそうです。

「オヤジに“おまえさん誰だい?”って聞かれたから名刺を出しちゃった。だけど、よく考えてみたら、もう会社は辞めるんだよな(笑)。“実は現在はこの身分ですが退社するので”と言ったら、オヤジが“なぜだい”と。それで、会社の派閥争いだとかが嫌になったことをオヤジに話した」

 アンディさんによれば、その流れは自然で、気がづけば、初対面の「オヤジ」に、てらいもなく自分の身の上を話していたそうです。

「それからな、いきなり“おまえさん、いい目をしてるね”って、オヤジが言うんだよ。“役者でも素人でも、人間が絶対にダマせないものって何だかわかるか”と聞いてくる。あの完璧な男前の顔を近づけてさ。こっちはもうどぎまぎしちゃって。“それは目だよ。目。目だけはメイクアップできないだろう”と」

 ベラミでの出会いから、“オヤジ”の人間的な魅力に引き込まれたアンディさん。出会って1週間後には勝新太郎のマネージャーとしての仕事を始めます。

「仕事を始める前、“おまえさん、俺に黙って1週間ついてみないか”とオヤジに言われたんだね。これがいわゆる試用期間みたいなもんだったのかな。毎日くっついて行動をともにした。オヤジはああしろとか言うでもなく何を教えるでもなかった。ただ、1週間をともにしているうちに、俺は勝新太郎というより、奥村利夫(勝の本名)という人間が好きになっちまった。全身が魅力というか麻薬性の毒というか。オヤジにやられちゃったんだな、俺は」

 オヤジの人柄を表すエピソードとして、アンディさんはチップの話をしてくれました。

「オヤジはいつもポケットにティッシュみたいに丸めた金を入れて、チップとして渡していました。チップは1万円と決まっていた。ある日、オヤジが俺に1万円札20枚を渡して、自分の代わりにチップを渡してくれと頼んだんだ。俺は、万札を5千円に崩して、それで払った。オヤジにそれを話したら、カミナリを落とされた。“俺がなぜチップを渡しているかわかるか。俺たちはいろんなところで、一生懸命に生きてる人間たちを見させてもらってる。つまり、『生の演技』を見させてもらっているんだ。そんな貴重な演技の授業料をケチるやつがどこにいるんだ!”と」