中村雅俊 撮影/伊藤和幸

「デビューしてからの40数年で芸能界を取り巻く環境は変わりましたね。俺はドラマでいきなり主演デビューだったけど、今なら無名の新人がいきなり主役なんてありえないでしょ。時代に恵まれてラッキーだったなって思います」

 そう言って目尻を下げながらニコッと微笑(ほほえ)んだ中村雅俊(66)。

 その素朴で温かいキャラクターで老若男女を虜(とりこ)にしてきたが、俳優業と同じぐらい力を注いでいるのが音楽活動だ。

 デビューから43年連続、ツアーを行い、11月25日に開催される福島のコンサートで通算1500回公演を達成する。

「ここまで長く続けてこられたのは運もあるし、出会いに恵まれたのもあります。でも、支えてくれるファンの存在、そして家族ができて養っていこうという覚悟ができたからこそ、頑張ってこられたと思います」

歌手デビューの話は夢のようだった

 そんな偉業達成にもサラリと答える中村。主演ドラマでのデビューに、デビュー曲『ふれあい』が大ヒット……と瞬く間にスターとなった彼の歴史をあらためて振り返ろう。

 出身地は宮城県女川町。漁業で潤っていた町には200軒近くも飲み屋があり、中村の母親も飲食店を営んでいた。そんな環境が音楽にハマるキッカケになった。

「母親が忙しかったから、毎日テーブルに食事代として200円が置かれていたんです。食事代を100円に抑えて、残りの100円を貯金してクリフ・リチャードといった洋楽やザ・スパイダース、ザ・タイガースなど当時、流行(はや)っていたGS(グループサウンズ)のレコードを買っていましたね」

中村雅俊 撮影/伊藤和幸

 そんな音楽を愛する青年だっただけに、歌手デビューの話は夢のようだったと語る。

「青春学園シリーズの主役は歌を出すっていうルールがあったみたいなんですが、俺はそれを知らなくて。大学時代に自分で曲とか作っていたので、レコードも出せると聞いたときは本当にうれしかったですね」

 遠い夢だと思っていた歌手デビューを果たすと、オリコンチャート10週連続1位を記録するなど、ミリオンヒット。

「発売してチャートが上がってくると、レコード会社の人に“すごいことになっているよ”と言われたり、街で耳にすることも増えていったけど、こんな状態は長く続かないだろうなとどこかで思っていましたね

 かといって、不安を抱えていたわけでもなかったという。

「それまで貧乏大学生をしていたから、芝居をしたり歌えることだけで満足で。だから不安よりも楽しさのほうが勝っていましたね」

 周囲からの重圧を感じない肝っ玉な青年は、人気絶頂の26歳のときにある大きな決断をする。ドラマで共演した女優の五十嵐淳子と電撃結婚を発表し、世間を騒がせることになる。