'13年『日本アカデミー賞』で最優秀主演女優賞をとったときも、遠藤さんが仕立てた衣装で

 9月15日、自宅で家族に見守られ、75年の人生を終えた樹木希林さん。17日の午後には、自宅前で長女・内田也哉子とその夫の本木雅弘、今年モデルデビューしたUTAこと雅樂など3人の孫らに見送られて出棺した。

 火葬に立ち会った夫の内田裕也は、20日に希林さんの本名にあてたコメントを発表。

《最期は穏やかで綺麗な顔でした。啓子 今までありがとう。人を助け 人のために祈り 人に尽くしてきたので 天国に召されると思う。おつかれ様。安らかに眠ってください。見事な女性でした》

「樹木さんは'04年に乳がんが見つかって右乳房を全摘出したものの、全身13か所に転移したそうです。'13年の『日本アカデミー賞』の最優秀主演女優賞に輝いた壇上で、“私は全身がん”と告白し、鹿児島県のクリニックで“ピンポイント照射”という治療を続けていました」(スポーツ紙記者)

 8月13日には左大腿骨を骨折して手術するも、一時は危篤状態に。その約1か月後に天国へと旅立った─。

妊娠中にコントでトランポリン

 生前は、『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』(ともにTBS系)など、数々のドラマや映画、舞台に出演して個性派女優として名を馳せた希林さん。

 昭和時代の彼女を知る東京・渋谷区にある飲食店『魚力』の鈴木佳子さんは、こんな思い出を語る。

ウチが鮮魚店だった時代の昭和40年代後半くらいには、樹木さんは毎日、顔を出してくれていました。

 よくナマコを買ってくれるのですが、内臓をとってあげると、それを、顔を上げてそのまま食べちゃうんですよ。普通、内臓は塩漬けにしたり、酢漬けにして切り込んでから食べるものなので、驚きましたね

 昔から大胆さを兼ね備えていた希林さんだが、プロ意識も高かったという。

裕也さんと結婚して妊娠された際、だいぶお腹が大きくなったときもウチに来て、“ドリフに出てコントでトランポリンをやったのよ”と、話しだしたのでビックリしちゃいましたよ。赤ちゃんのことを考えたら断ると思いますが、それをしないのが樹木さんでした」(鈴木さん)

 女優だということを周囲に意識させず、常に飾らない様子だったという希林さん。20年以上、通い続けていたのが西麻布にあるヘアサロン『カットアンドカットヒラタ』。8月中旬に入院する数日前にも来店していたそうで、同店の従業員が、こんなエピソードを明かしてくれた。

「中学生くらいの也哉子ちゃんがウチに来たことがキッカケで、希林さんも来てくれるようになったんです。也哉子ちゃんが結婚して来なくなってからも、月に1~2回は通っていただきました。

 普段はテレビで流れているようなニュースの話題が多かったですね。『寺内貫太郎一家』で共演した西城秀樹さんが亡くなった話題になると、希林さんがこのドラマにちなんで、“ジュリ~!!”と、この劇中の有名なシーンを再現してくれました(笑)