杉下さんにも忘れられない顧客がいる。

「お子さんのためにドレスを選びに来た方は今まで3人。オープン間もないころ、お子さんの思い出話を語ってくれた女性がいました」

 女性の娘は杉下さんと同世代。結婚もせず、バリバリのキャリアウーマンで、年2回はイタリア旅行に……そんななか病に倒れる。“充実した日々を送ってたし、とても幸せだったと思うの”と女性は語った。

「“ただあの子、ウエディングドレスだけは着られなかったのよね。亡くなる前に着せてあげたいわ”と寂しそうに言ってらっしゃいました」

 ドレスを作ったことで、人生観が変わる顧客も。

「昨年の夏、70代半ばの方がドレス作りに来られました」(三隅さん)

 大きな屋敷にひとりで住むこの女性は夫に先立たれていた。完成したドレスをボディーに飾り、毎日それを眺めては“これを着て、主人のもとへ行くのよ”と、素敵な笑顔で語っていたという。

 また、男兄弟に囲まれて育ち、1度もドレスを着た経験がない92歳女性のドレスも作った。白地に薄い紫を施した、高貴なデザイン。製作中に女性が肺炎にかかり、急いで仕上げたものを家族に渡した。

 家族が病院に持っていくと、女性より先に周囲の人が反応。“すごくきれいなドレス!”という声に女性はとても喜んだそう。

「親孝行ができた、とご家族に言っていただいてうれしかったです。その方はその後、3年間お元気で。95歳で寿命をまっとうされました。完成したドレスを見て、ご危篤だった方がメキメキよくなることって、すごく多いんです。不思議ですよね」

 と三隅さんもうれしそうだ。身近な人が亡くなるのはとてもつらく悲しい。だが意外にも、覚悟を決めた家族たちは明るい表情で来店するという。ドレスを着る本人も、それを見て安らかな気持ちになれる。

「ラストドレスをご準備したお客様の100%が“これでもう死ぬのが怖くない”“死への恐怖がやわらいだ”とおっしゃいます。死に装束としてのドレスがどこまで世の中に浸透していくかわかりませんが、みんな生きている以上、いつかは死んでいくもの。

 死に装束にも選択肢があることを知っていれば、自分の最期について考えるきっかけになるかなぁ、と。逝く人も見送る人も、最期を幸せな気持ちで迎えられるように、このドレスが文化になったらいいな、と願っています」(三隅さん)