「毒親」という言葉を聞いたことがありますか?これは暴力、暴言、ネグレクト、過干渉などによって、子どもに毒のような悪影響を及ぼす親のことです。特に自覚がないのが過干渉な親です。

 読者の中には、「自分が毒親だなんて。そんなはずはない」と思っている人が多いと思います。確かに「毒親」とは強い言葉で、まさか自分のことだとは思いにくいでしょう。でも、毒親のほとんどは自覚がないままそうなっているのです。

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 筆者は小学校教師として、そしてその後は教育評論家としていろいろな例を見てきましたが、今回は微妙な過干渉によって子どもを傷つけてしまった例を紹介します。ここから、お子さんとの接し方を考えていただくきっかけになればと思います。

母親の期待に従い続けた優等生のケース

 出版社で働きながら、2人の子どもを育てている30代の佐藤さん(仮名)。親の過干渉に長い間苦しんできたひとりです。

 彼女の母親は、子どもの頃ピアノとダンスをやりたかったけれど、できませんでした。それで、娘である佐藤さんを幼稚園の年長の頃からピアノ教室とダンス教室に通わせました。

 佐藤さん自身は絵を描いたりお話を作ったりするのが好きだったので、気乗りがしませんでした。でも、根っからまじめな性格なので、ほとんど休むことなく中学3年生まで通い続けました。そして、小学4年生の頃に、母親との何気ない会話の中で、「お母さんはピアノとダンスをやりたかったけどできなかった。だから、私にやらせたんだ」と気づきました。

 佐藤さんが小学5年生の頃、母親は中学受験の話をし始めました。自分は○○中学に行ったけど、本当は□□学園に行きたかった。街中で□□学園に合格した友達に会うと何となくみじめな気持ちになった。あなたなら□□学園も受かるかも……。だいたいこのような話だったそうです。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 佐藤さんが母親の気持ちを察し、ある日「私、□□学園に行きたい」と言うと、母親はとても喜びました。もともと勉強はかなりできたほうでしたし、持ち前のまじめさから塾にも休むことなく通い、□□学園に合格することができました。

 いよいよ小学校を卒業して□□学園の中学に入るというとき、母親はこう言いました。

 「お母さんは中学のときに体操部に入ってすごくよかった。体も柔らかくなったし、姿勢もよくなった」。それを聞いた佐藤さんは、「お母さんは私に体操部に入って欲しいんだ」と気がつきました。実は、佐藤さんは漠然と「美術部に入ろうかな」と思っていたのですが、絶対にというほどでもなかったので、体操部に入ることにしました。そして、高校を卒業するまで6年間も体操部を続けたのです。