就職にまで口を出す母親

 母親の過干渉は、大学に入学しても続きました。高校を卒業した佐藤さんは□□学園の系列の大学に入学。そして、かねてから興味があった絵本サークルに入りました。小さい頃から絵を描いたりお話を作ったりするのが好きだったので、自然に絵本に興味を持ったのです。そして、絵本サークルで鈴木さん(仮名)という友達ができました。

 鈴木さんは、系列の中高一貫校とは別の高校の出身。すごく積極的で、やる気と行動力に満ちあふれた人です。今まで佐藤さんが接したことのないようなタイプで、非常に刺激されました。

 鈴木さんは、いつも明るく元気で、自分がやりたいことをどんどんやっていきます。授業でわからないことがあれば、先生に質問に行きます。興味を持った絵本作家には直接会いに行きます。好きな画家の展覧会があれば、たとえ遠い地方都市でも見に行きます。佐藤さんが鈴木さんに聞いたところでは、小さい頃から自分がやりたいことをどんどんやってきたそうです。そして、両親はいつもそれを応援してくれたそうです。

 鈴木さんの話を聞いて、佐藤さんは自分との違いにショックを受けました。鈴木さんは、自分がやりたいと思った習い事をやってきましたし、□□学園も自分の意思で選んだそうです。 

 また、服の買い方ひとつ取っても違いました。佐藤さんの場合は、自分が着たいと思った服があっても、母親が気に入らないと買ってもらえませんでした。佐藤さんが欲しがっても、母親が「黄色かあ……。それより緑のほうが似合うと思うよ」というように干渉してくることが多かったのです。それに対して、鈴木さんの場合は、自分が着たいと思った服があれば親は買ってくれたそうです。

 佐藤さんは、今までの自分の生活や母親との関係について考え始めました。そんな中、佐藤さんが大学2年生になる頃、母親は大学卒業後のことを口にするようになりました。「やっぱり、公務員っていいわよね。お給料もいいし、安定してるし」「今日、区役所に行ってきたんだけど、冷暖房が完備で快適だわ。ああいう所で働けたら最高だよね」。

 それを聞く度に佐藤さんはイライラして、気持ちが悪くなりました。そして、とうとうある日、「もういい加減にして!私は私なの。私の仕事は私が決めるから」と母親に言ってしまいました。

 その3日後に、佐藤さんは1人でアパートを借りて住むことにしました。母親はいろいろ言ってきたそうですが、佐藤さんは固い決意で実行しました。「お母さんから離れないと私はダメになる」という思いが強かったそうです。

 その後、卒業するまでの約3年間、1人で生活しました。1人で住むことで、解き放たれたような気持ちよさを味わい、同時に自由のありがたさを実感しました。就職活動で自分が興味を持った会社を訪問したり、自分の将来のことを自由に考えたりすることがとても楽しかったそうです。そして、かねてから興味のあった出版関係の仕事に就くことができました。

 佐藤さんは最後に次のように言いました。

 「子どもの頃はいつも心から楽しめない毎日で、暗い気持ちでいたように思います。ピアノも弾けるようにはなりましたが、弾きたいとは思いません。大学生のときに爆発してよかったです。それがなかったら私はどうなっていたかわかりません。

 それにしても、子どもの頃に絵を習いたかったなあ。もし習っていれば絵本作家になれたかも……。自分の子どもを育てるに当たっては、最大限、子どもの意思を尊重したいと思っています。自分がやりたいことをどんどんやっていける、そういう人になってほしいからです」。