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 横浜市戸塚区にあるJR戸塚駅西口には、イタリアの美しい観光地トスカーナをもじった広大なショッピング施設「トツカーナモール」が5年前にオープンして、日夜、活況を呈している。

 5月18日の午後1時ごろ、そんなモールからすぐの人通りの多い交番に、ひとりの大柄な高校1年生(15)がふと現れた。そして─。

「朝8時ごろ、自宅で母親と祖母を殺しました」

 と自首。警察官は一瞬、自分の耳を疑ったが、驚くことにその少年は、持参したバッグの中から凶器と思われる刃渡り約17センチの包丁と、返り血を浴びた学校の制服を取り出して見せたのである。

 神奈川県警戸塚署の捜査員は少年の自宅へ直行した。1階には祖母(81)、2階には母親(50)が血まみれで倒れていて、2人とも背中と胸をメッタ刺しにされていた。

 同県警は殺人容疑でこの少年Aを緊急逮捕。Aの家族はほかに父親(50)と中学1年の妹(12)がいるが、父親は単身赴任中。妹は登校したあとでいずれも不在だった。

 この日は中間テストの2日目で、起床して1階に水を飲みに下りてきたときに祖母を殺害。次に2階に上がって母親を殺害したとみられる。犯行の理由について少年は、

「日ごろから母親と祖母に勉強しないことや家の手伝いをしないこと、ゲームを夜中までやっていることで叱られていて、当日の朝も叱られたので、衝動的にやってしまった。大変なことをしてしまった」

 と自供しているという。近所の主婦も驚きを隠さない。

「朝7時40分ごろ、私が仕事に出るとき、お母さまが生け垣の花に水をやっていて“行ってらっしゃい”と声をかけてくれました。それが最後の姿になってしまいました」

 続けて、一家の様子を次のように話す。

「お母さまは非常に優しい方で、よく花を分けてくださいました。おばあちゃまも優しい方でね。お子さんは2人とも足が速くて、町の運動会にそろって出ていて、それを家族みんなで応援する典型的な仲のいい家族でした。なのに、どうしてという思いでいっぱいです。やはり息子さんが難しい年ごろなのでしょうか」

 Aは身長180センチ前後、体重約70キロと体格がいい。4月に県立高校に入学したばかりで中学時代は柔道部の主将。横浜市内大会の個人戦でベスト16に残ったこともある。足も学校でいちばん速く野球などの球技も抜群に上手だった。柔道部の後輩は、

「柔道は本当に強かった。足を骨折したせいで段はとってなくて3級の白帯だったけど、団体戦で黒帯ばかりの強豪校相手にひとりだけ勝っていましたから。部内ではリーダーでムードメーカーでしたね」

 と語る。怖い先輩ではなかったという。

「後輩にはとても優しい人で、技なんかを丁寧に教えてくれました。僕らは“変態部長”って呼んでいたぐらいだから(笑い)卵型の顔で目が細くて、ふざけて部員のズボンを脱がしたりするんです」(同)

 という。ただ一点、

「先輩の同級生からは“キレやすくて怖いところがある”と聞いていましたけど……」

 と言葉を詰まらせた。中学の3年間、柔道部の顧問だった先生は、次のように首をかしげる。

「本当にごく普通の子どもさんといった感じでした。不登校など問題のある子ではなかったし、家庭的に変わったところや問題もなかった。ですから、いったい何が起きたのかと、ただただ驚いているというか、言葉が出ませんよ」

 成績は“中の上”といったところだろうか。進学先は第2希望の高校だった。

「A先輩は“第1希望は面倒クセーから願書を出さなかった”と言っていました」(前出の柔道部後輩)

 Aはゲームとアニメが好きで、『ソードアート・オンライン』といったライトノベル(またはオンラインノベル)をよく読んでいたという。何がAを狂わせたのか。ある全国紙の記者は、

「将来の夢はゲームのプログラマーだったようですが、通っていた県立高校はそっち系とはまったく違いますからね。それから、学校がかなり遠いせいか、部活動もやっていません。目標がなくなってしまい、ゲームばかりの毎日になってしまったようです」

 と分析する。勉強ができなかったわけではない。しかし、Aの父親は学生時代から相当優秀だったという。父親の評判について、町内会の会長はこう説明する。

「3年前、370世帯の町内会の会計役をすすんで引き受けてくれましてね。1年後には立派な報告書をあげてくれたし、その後の1年も監査役を務めてくれました。行事のもちつきや、夏祭りの焼きそば屋さんも積極的にやってくれてね。まじめで、紳士的で、いかにも模範的なサラリーマンといった感じでした」

 母親については、

「非常に寡黙な方です。近くの公園の花壇で、夏などにはよく黙々とひとりで草むしりや、手入れをやってくれた人なんです。旦那さん(Aの父親)は“うちのカミさんは農家出身だから”と言っていましたけど、本当に頭が下がる思いです」

 と感謝しきり。昨年の町内会の運動会では、妹がリレー選手で出場し、母親が応援するという微笑ましいひとコマがあったとも。祖母については、近所の知人がこう言及した。

「もともとは隣町出身で、九州出身のおじいちゃんと一緒になられて、そのまま隣町に住んでいらっしゃった」

 Aの父親もそこで育ったようだ。結婚後は所帯を別に構え、事件が起きたこの町でアパート暮らしを始めた。やがてAと妹が生まれた。そして11年ほど前、新築一戸建ての家を購入。祖父母を呼び寄せて、3世代同居の生活がスタートしたのだった。

「おばあちゃんがかなりお金を出したとか。だから、家では幅をきかせていたのでしょう。だけど、おじいちゃんの晩年は20年近く寝たきりで、それをずっと介護されて、5年前に見送られた優しい方ですよ。お孫さんもとても可愛がっておられて、たい焼きなどをよく買ってあげていたのに」(前出の知人)

 Aの祖母は、出来のいい息子と孫を比べて、孫に厳しく接していたとも言われる。優秀な父親と比べられるのがイヤだったのか、Aは、

「自分のおばあちゃんのことを“ウゼえ”って言っていました」(前出の柔道部後輩)

 高校受験でつまずき、得意の柔道に打ち込むこともできなくなったA。一方、中学校に入学したての妹は、柔道部に入り、

「明るくて友達が多くて1年女子ではいちばん強い」(妹の同級生)

 と兄譲りの強さをみせていたという。この同級生が妹を思いやる。

「かわいそう。家にはもう住んでいられないだろうし、転校しちゃうんだろうなぁ」

 思春期は劣等感にさいなまれやすい。しかし、Aはそれほど追い込まれてはいなかった。人生をどうやり直すか。

取材・文/山嵜信明(フリーライター)