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 TPPの大筋合意が報じられた昨年11月から、テレビや新聞は歓迎ムード一色。生活への影響は大。何がどう変わって、いったい誰がトクしてソンするのか? そこで識者にTPPによる変化について教えてもらった。

 近い将来、TPPが発効すると、アメリカ医産複合体は日本の医療制度に必ず食いこんでくると『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』(集英社新書)などの著書で知られるジャーナリスト・堤未果さんは警告する。具体的な始まりは“薬価の高騰”だ。

「日本の薬価は現在、厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会で約4000人の医療関係者が決めています。でもTPPが発効すれば“フェアに自由競争をさせろ”と外資製薬企業が介入してくるでしょう。さらにいろいろな方向から薬価は値上がりする。これらはすでに公開されているTPP文書に書いてあり、各国の医療関係者が強く批判しています」

 しかし、自由競争であれば、薬価は下がるのでは?

「逆です。例えばアメリカでは半数以上の州がわずか1、2社に独占されている。製薬業界は世界的に大手の寡占化が進み、自由競争はむしろ消えつつあるのです」(堤さん)

 確かに今年9月も、アメリカのあるベンチャー企業が、HIV治療薬の企業を買収した後、価格を1錠1620円から9万円へと一気に55倍に値上げした。

 そんな高い薬は日本政府が拒否すればいいのでは?

「TPPの合意事項は参加国の国内法よりも上にくる。日本政府の一存で翻すことはできません。日本政府は、保険の適用薬と適用外薬を同時に処方する『混合診療』を拡大する法律も今春に通しましたが、これがTPPで固定化されれば、日本の医療は確実にアメリカ型になっていきます」(堤さん)

 混合診療とは、ひとつの治療に、保険診療と保険外診療を組み合わせることだが、国が認めた一部の例外(差額ベッド代や医療機器の治験など)を除き原則禁止されている。もし混合診療を行った場合、治療すべてが保険外診療とみなされ、患者は医療費10割を負担する。

 例えば、ひとつの治療で2種類の薬が必要な場合、保険薬Aが2000円、保険外の薬Bも2000円とする。混合診療禁止の現状では、Aは保険外薬品とみなされるから、患者は全額自己負担の4000円を払う。だが、もし混合診療が解禁されると、薬Aは3割負担の600円となり、A+Bの支払合計は2600円となる。

 となると、全額負担よりは安いから、混合診療解禁をとの声は当然あがる。だが、多くの医療団体は混合診療には反対だ。

 国が現在認めている「保険外療養制度」は、全額自己負担部分の治療はその後「保険適用すること」が前提で、上記の薬Bもやがては600円になる。ところが、混合診療を固定化させてしまうと、自由診療分の診療費を決めるのは国ではなく医療機関になるため、医療費の高騰が始まるからだ。

 整理しよう。

 薬価が上がると医療費も上がる。すると、日本政府も医療費の7割負担が難しくなり、患者の窓口負担または毎月の保険料を値上げするか、医療機関への診療報酬を下げる。

 最後の選択肢が最も患者負担がないように見えるが、それは甘い。診療報酬を下げられると医療機関は赤字倒産を避けるため、保険点数の低い小児科や産婦人科などの治療をメニューからはずしたり保険のきかない自由診療を増やすしかなくなるからだ。

「すると国民は、公的な健康保険証1枚だけでは足りなくなる。そこでアメリカのような民間医療保険が登場します。“医療費で困らないために、民間保険にも加入しておきましょう”と。そして毎月の保険料が増えていくのです」(堤さん)

取材・文/樫田秀樹(ジャーナリスト)