事故が目立つ高齢ドライバーに「免許返納」を促す動きが広まりつつある。本人の尊厳を傷つけることなく運転を辞めるよう促すにはどうしたら良いのか、また運転することが危険か否かの判断基準はどこにあるのか。高齢ドライバーの「免許返納」問題との向き合い方を徹底解説!

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「大人を動かすのって本当に難しい。特に車の運転は本人の尊厳にも関わることみたいで、苦労しました」

 80歳になる父親に運転をやめるよう数か月かけて説得。今年8月にようやく免許証の自主返納にこぎつけたアユミさんは、しみじみ振り返る。

 父親はアユミさんの妹一家と広島で同居中。免許証更新時、『認知機能検査』をクリアできなかった。「認知症ではない」という医師の診断書を提出すれば、更新は可能。しかし、これを機に免許証を自主返納したほうがいい……家族はそう考えていた。

 本人はまだ運転したい。一方、父の衰えを目の当たりにしている妹は、1日も早くやめてほしい。父親と妹は同居で距離が近いぶん、意見が対立すると気持ちがこじれやすかった。

「父さんのコントロールができん!」

 妹からのSOSを受け取ったアユミさんは、遠く離れた関東から、電話で父親と妹の気持ちを聞きつつ、関係各所に問い合わせ、故郷の友人たちにも相談した。

「相手は大人だから、強制はできません。本人を納得させることが大切。判断力の衰えを自覚してもらうために介護認定を受けてもらったり、心療内科の先生に車を運転するデメリットを伝えてもらったりするよう手配しました。実際にそれに付き添った妹は大変だったと思います」(アユミさん)

 そのかいあって、7月末には車を手放すことを決意。

 ところが、当日になると、父がまた「お盆にお寺やお墓に行くのに車がいるで? なんで車を返すんかいのぉ」などと言い始めた。

 そんな紆余曲折がありつつも、家族の粘り強い説得で父親はなんとか車に別れを告げたという。

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 高齢ドライバーによる重大事故のニュースが相次いでいる。うちの親にはいつ車の運転をやめてもらうべきか──報道を耳にするたび“明日はわが親”と、アユミさんのように気をもむ家族は少なくないだろう。

「高速道路の逆走」「アクセルとブレーキの踏み間違えによる歩道や店舗への暴走」など派手な事故が目立つこともあり、「免許の自主返納」を促す風潮が広がる。

 今年3月には道路交通法が改正され、75歳以上のドライバーの『認知機能検査』が強化されたばかり。

 どんな点が変わったのか。交通ジャーナリストの今井亮一氏に話を聞いた。

「従来までは“認知症のおそれあり”と診断された人のうち一定の交通違反をしている人だけが医師の診断を受けていました。改正法では認知症のおそれがあるすべての人を診断対象としたうえで、たとえ認知検査がセーフでも、逆走など特定の違反18種のいずれかをした人は臨時の検査を受けるようになった。検査のチャンスが増えたんですね

 昨年末時点で75歳以上の免許所有者は約513万人。うち、改正前後の今年1月~9月で18万4897人が免許を返納。すでに昨年1年間の16万2341人を上回った。

「一定の効果は出ている」と今井氏。

 しかし一方で、返納後の支援に課題が残る。

「返納率が高いのは、東京や大阪などの大都市ですよ。

 地方ではバスが1日、朝昼晩の3本、スーパーまで徒歩1時間なんて場所もあって、車を手放してしまったら生活の足がない」

 全国の自治体も自主返納後の特典として「タクシーの回数券」や「交通ICカード5000円分」などを掲げるが、申請時の1回きり、長くて3年限定など、車にかわる継続的な支援にはつながっていない。

「報道イメージに左右される人が多いようですが、実は高齢ドライバーによる事故件数は増えていません。ただ、全死亡事故において高齢者の占める割合が拡大している。2025年には団塊世代が75歳以上となる超高齢社会に突入しますから当然といえば当然。返納した人への特典を強化するのではなく、もともと免許を持たない高齢者の生活も含めて、交通手段や環境整備を考えていかなければいけません」(今井氏)

車の運転で認知症のリスクが半減

「地方では車が必需品」「車がないと外出ができなくなる。奪わないで」そんな切実な声を後押しする研究も進められている。

『国立長寿医療研究センター』予防老年学研究部の堀田亮氏はこう指摘する。

車の運転をやめると、運転をする人に比べて要介護を発症するリスクが約8倍高くなることが報告されています。また、運転を続けていると認知症の発症リスクが半減する可能性も指摘されています。運転は、認知、判断、操作の3つの繰り返しで脳の活性にもつながる。認知症予防の観点から“いかに安全に運転を続けてもらうか”を考えることはひとつの方法ではないでしょうか」

 高齢でも、現役でドライバーを続けられる境界線をどう判断すればいいのか。

「基本的に医師の判断で“認知症”と診断されたら運転すべきでないと思います。ですが、軽度認知障害といって、日常生活に何ら問題はないけれど同年代と比較したときに少し認知機能の低下がみられる方がいる。そういう方も含めて一概に運転をやめることが正解かというと、もう少し検討すべきです」(堀田氏)

 同センターは「高齢者でもトレーニングで運転技能が向上する」という仮説を実証すべく、自動車メーカーなどと共同で、独自の『教習プログラム』を開発。軽度認知障害と診断された高齢者を対象に安全運転を学ぶ実車教習を計10回、動体視力トレーニングと、シミュレーターを用いた危険予測トレーニングを計10回行ったところ、トレーニングの前後で仮免許時に行う技能試験の点数に明らかな差が見られたという。

 堀田氏はこう分析する。

「運転技能が上がったという以上に、安全運転への意識が高まったことが重要です。いずれにしても、現状の認知機能検査だけでは運転が危ないかどうか判断がつきません。実車による検査や教習プログラムを受けられる“再教育の場”が必要だと思います

 高齢になったら自動車教習所で「免許取得時」と同等の講習をもう1度、受け直す──そんな再教育のカタチが今、模索されている。

「運転したい」をどこまで尊重するか

 では、親が「運転を続けたい」と主張する場合、どこまで尊重すべきなのか。

 高齢者の運転で、危険性を疑うための基準は2つ。

「まず交差点で左折をするとき、巻き込みをしないように左に寄せて曲がっていた人が大回りをするようになっていないか。もうひとつは一時停止しているか。止まったつもりでも完全に停止していない、ブレーキ操作が遅れて停止線を過ぎる、そもそも停止線が見えていないなど理由はさまざまですが、この2点に注目してください」(堀田氏)

 また、運転を続けるうえでは“視覚機能”が重要な役割を占める。

「視力の低下を感じたら医師の診察を受け、運転継続の可否を相談してください」

 と堀田氏。スマホのゲームアプリを活用して、動体視力の衰えを予防するのも、家でできる対策のひとつだ。

「ちなみに同センターでは、9分割したマスに現れる絵をタッチする、画面上を動く円の色が変わったらタッチするなどの訓練で鍛えました」(堀田氏)

現役ドライバーを続けるための支援

“いくつになっても、自由に移動できる、自立した生活をしてほしい”そんな思いで高齢者向けの『健康安全運転講座』に取り組む企業もある。自動車メーカーの『ダイハツ工業株式会社』(以下、ダイハツ)だ。

 日本自動車連盟(JAF)や、理学療法士、自治体などとタッグを組んだ地域密着型のイベント。会場は全国にあるダイハツの販売店で、近隣に住む高齢ドライバーが参加する。

 11月下旬、東広島市のダイハツ広島販売西条店に集まったのは67歳から89歳までの地域住民21名。他社の車で会場を訪れる人や、「2度目なんです」と話すリピーターの姿も。まずは理学療法士による体力測定。握力や片足立ちで今の体力を知ることから。最高齢で杖をつきながら参加をしていた加東利子さん(83)は、日ごろから家で鍛えている、と自信をみせる。

「毎日、午前中は家の中で左右の足を交差させながら前に歩いたり階段で上り下りをしたりしてトレーニングをしているんです。1度、大腿骨を骨折してから娘には“運転やめたら?”と言われています。ですけど、車がないと困るんです」

 加東さんはひとり暮らし。買い物をするにも近くに店がない。病院へは自分で車を走らせなければならない。運転しやすい靴を普段用と別に用意するなどの努力をしているという。

 それでも、この日の体力測定は予想より低い結果に。「もっと頑張らなきゃね」

 と笑顔を見せた。

 続いて理学療法士のかけ声で全員が立ち上がり、体操が始まる。コグニサイズという認知症予防の体操を簡単にアレンジしたものや、ブレーキを踏み込む力をつけるための筋トレなど、いずれも家でできるもの。

 屋外ではJAFの職員による実車講習が行われていた。みんな真剣な表情で「正しい運転姿勢」の話に耳を傾ける。実際に運転席に座り、死角に置かれた複数のコーンが見えないことを確認すると、「本当、見えない」と顔を見合わせた。

 自動ブレーキやペダル踏み間違え時加速制御装置などが搭載された車、いわゆる『サポカー(=安全運転サポートカー)』の試乗では、思いっきりアクセルを踏み込んでも、前方に障害物を検知すれば、急発進を抑制するシステムを体験。歓声があがった。「40年無事故、無違反」と胸を張る渡部俊司さん(78)は講座を終え、満足げな表情。

「楽しかったですよ。少しでも長く乗りたいから、ブレーキのことや運転姿勢のことも直していかないといけないと思いました。まともな運転を続けるためにね」

 買い物や農作業に出かけるのに車が必須だと話す加藤佐智枝さん(73)は、

家族からは“危ないからそろそろやめたら?”としょっちゅう言われます。そのたび“もうちょっと”と返事をしています。車がないと不便だし、25歳からずっと乗ってきましたから」

 と肩をすくめてみせた。同イベントがスタートしたのは昨年。ダイハツの担当者が全国の販売店と自治体を回り、話を持ちかけた。プロジェクトに賛同したのは三重県、広島県、静岡県、和歌山県などの8市町村。来年は25市町村を超える参加が見込まれ、2020年までの全国展開を目指す。

 ダイハツ広島販売株式会社の大石弘之社長は言う。

「今は警察が『サポカー』試乗会をどんどんやり始めています。でも、いくら安全支援システムが搭載されていても、そもそも運転する体力がないとか、足がうまく使えないとなれば、その段階で娘や息子から“免許を返そう”と言われてしまう。ただ、地方には車がないと生活が成り立たない地域がたくさんある。車に乗り続けたいという思いをお助けするのは、これからの自動車屋の役目だと思っています」

 現在の高齢者は、マイカーで自由に移動できる楽しみを最初に享受した世代。ドライブに生きがいを見いだす人も少なくない。

 一部海外で実施されている、車両や地域を限定した『条件付き限定免許』の導入など、今、国もあらゆる対策を模索している。免許返納の前に何かできることはないのか。今1度、家族で話し合ってみてほしい。

■リスクを減らすサービスもチェック!
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急ブレーキや急加速などの危険運転、2時間以上の長時間ドライブなどの情報を家族にメールで知らせる見守りサービス。車の助手席前にある収納BOXの裏に専用装置を取りつけるだけで、現在地や速度、目的地到着の通知が受け取れる。また、危険な運転をした場所や走行ルートを地図上に記録。いつも急ブレーキを踏む場所はどこなのか、自宅周辺の危険マップも作成され、高齢ドライバー自らが運転を客観視するきっかけにも。月額2980円(税別)。運営元=オリックス自動車株式会社
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アクセルとブレーキの踏み間違いによる誤発進を防止する装置。国産車約180車種に取りつけが可能で、クルマを買い替える必要がない。オートバックス標準価格39999円(本体、取付部品、取付工賃込み・税別)