生活保護のリアルな実態を描き、話題となった吉岡里帆主演のテレビドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』。ここで焦点を少しだけずらしてみてほしい。“最低限度の生活”の一歩手前で医療を受けられず、手遅れ死する人が昨年は62人いたーー。
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「“年金が入るまで薬代をなんとか待ってほしい”。ほかに数人の患者がいる中、自分より何十歳も年上の男性がカウンターに額がつくくらい深々と頭を下げる。彼を目の前にし、どうしてよいのかわからなかった」

 そう語るのは、調剤薬局に勤務する20代の薬剤師のTさんだ。

薬剤師Tさんが見た、最低限度の一歩手前の生活

 Tさんに支払いの猶予を求めてきたのは山田良雄さん(60代、仮名)。心疾患で通院を続けている。昨年まで生活保護を受給していたが、年金が支給されるようになったのを機に自立した。

 生活保護を受けていたときから“人様のお世話になるのは申し訳ない”というのが口癖の、自立心が強い患者だ。Tさんの薬局との付き合いはかれこれ2年ほどになる。

「山田さんの人となりは、それまでのやりとりでわかっていました。決して薬代を未払いにしたまま放置するような方ではありません。でも私がそのとき、とっさに口にしたのは“代金と引き換えでないと薬をお渡しできないんです”という言葉でした」

 そのあとは、ちょっとした押し問答に。「年金が入ったら必ず払います」「でも……」「今まで何年も通ってるから俺ん家(ち)も電話番号もわかるだろ? 必ず払う。薬ないと困るんだ」「でも、会社の決まりで……」。「どうしてわかってくれないんだ!!」と山田さんは激高したという。

 結局、Tさんが本社に確認をとり代金を後日、支払ってもらうことを約束して薬を渡した。山田さんは約束どおり、年金受給日に代金を支払いに来た。

 山田さんは妻とふたり暮らし。妻は足腰が悪いため自宅にこもりがちだ。エレベーターつきの物件を借りることができればいいのだが家賃が高く、あきらめざるをえなかった。現在は、階段しかないアパートの2階で暮らしている。ダウンコートとブーツが欠かせないような冬の寒い日でも、いわゆる“便所サンダル”のようなビニールのつっかけを素足にはいて自転車に乗り、薬局にやってくる。羽織っているのは半纏(はんてん)だ。生活が苦しい様子は薬局で交わされる会話や本人の様子からにじみ出ていた。

 経済的な理由で医療費の支払いが厳しくても、山田さんのように通院を続ける人ばかりではない。受診を控える患者もいる。

 生活保護を抜けて自立をした飯島光江さん(50代、仮名)は、ある日ふらふらしながら倒れ込むように薬局に処方箋を持ってきた。飯島さんは糖尿病の治療中だが、経済的な理由で1か月ほど通院を控えていた。ところが具合が悪くなってやむをえずクリニックを受診した帰りだった。血糖値が著しく高くなり、命の危険もあるような状態だったと医師に指摘されたという。

「糖尿病の治療に使うインスリンの注射は高い。1か月分のお薬代と病院での診察費を合わせると自己負担が1万円を超えてしまう。医療費の支払いが厳しいので通院を控えていた」(飯島さん)

 治療の大切さを飯島さんは理解していたが、家計に余裕がなく医療費を削らざるをえない状況だった。

他者支配により、医療を受けられなかった例

「暴力をふるわれ、アパートの階段から突き落とされて動けず倒れていたところを近所の人が発見。救急車で運ばれ、受診したのをきっかけに支援が必要だとわかり、生活保護を受けられるようになった方がいます。それまではギリギリの生活をしていました」

 この当事者、鈴木聡史さん(40代、仮名)の見守りを行っているのは介護施設の運営などを行う特定非営利活動法人のYさんだ。

 鈴木さんは東京都内で日雇いの工事現場の仕事をしていたが、手の指の切断とひざのケガがきっかけで働けなくなった。そんな鈴木さんに「一緒に食事をしよう。飲みに行こう」と親切そうに声をかけてきたのは同じアパートに住む男女だった。この出会いが、暴力と借金の犠牲になるきっかけとなったという。

 男女は仕事を失い孤独な鈴木さんの心細さ、寂しさにつけこみ、一緒に食事をと言いつつ飲食代をたかった。鈴木さんの少ない蓄えはたちまち底をつく。すると「住むところがないなら家に来ていい。1泊3000円で泊めてやる」と鈴木さんに持ちかけた。もちろん、鈴木さんにお金はない。飲食代と家賃を払えないなら借りてこいと、暴力をふるうようになった。

 明らかにカモにされている鈴木さんに助言をしてくれた人もいた。鈴木さんらが通っていた飲食店の店主だ。

「あいつらとは距離を置いたほうがいい」と心配され、声をかけられたが、そのころの鈴木さんは暴力への恐怖から正常な判断はできなくなっていた。逃げることなどできず、男女に言われるがまま複数の金融業者から金を借りた。ふくれ上がった借金は数百万円にのぼっていた。

「お金がありませんから、その生活から抜け出すために通院してひざを治し、仕事に復帰しようとは当初、思い至らなかったそうです」

 現在、鈴木さんは生活保護を受けて通院している。健康状態も暮らし向きも改善してきた。まだ40代と若いので再び働き、自立したいと考えている。

生活困難者でも無料で医療が受けられる

 生活保護の一歩手前にいる人たちの中には経済的にも精神的にもギリギリの生活のため、必要な医療を受けられずにいる場合がある。全日本民主医療機関連合会によると、昨年、経済的な理由で受診が遅れたり、受診を控えて病状が悪化するなどして死亡した人のうち、生活保護を受けていない人は62人にのぼった('16年は55人、'15年は62人)。

 懸命に働いているのにもかかわらず医療を受けたらたちまち生活が困窮するおそれがある人や、失業などにより収入が絶えて医療費に充てる余裕がない人たちは病気やケガをしたらどうすればよいのだろうか。医療をあきらめなければならないのだろうか。

 そうではない。経済的に困っている人が、医療費の減免を受けられる仕組みがある。「無料低額診療」の制度だ。対象となるのは山田さん、飯島さんのような低所得者、鈴木さんのように病気やケガ、失業などで収入が減少したり、なくなったりして医療費に困っている人。また、ホームレスやDV被害者などの生計困難者だ。

 無料低額診療を利用するには社会福祉協議会、福祉事務所、無料低額診療を実施している医療機関で、現在の経済状況などをまず相談する。制度の利用が認められた場合、交付された無料(低額)診療券を持参して無料低額診療を実施する医療機関を受診すれば、低額もしくは無料で医療を受けることができる。

 援助につながる場所は住まいの近くにたくさんある。例えば、地域包括支援センターや地域の民生委員、いつも通っているクリニックなどの医療機関、薬局などだ。

 当事者にとって、とても勇気のいる一歩。だが、声をあげさえすれば、それがきっかけとなって支援に結びつく。経済的な理由で適切な医療を受けられずに命を縮めるという悲しい事態を避けることにつながるだろう。

(取材・文/高垣育)