1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、70歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。

妻に先立たれた夫は……(写真はイメージです)

第9回「おしゃれな有料老人ホームに行ってきました」

 終(つい)のすみかに関心のある人は多い。特に女性は、夫がいても夫が先に逝く予定でいるので、ひとりになったあとの住まいについて関心が深い。一方、男性はといえば、呑気な人が多いようで、妻より先に死ぬと信じて疑わない。だから、逆転したときは、見るも無残な姿になる。

 冗談抜きで、男性は妻より早く死ぬに限りますよ。男性の皆さんは、ただちに、スクワットや青汁を飲むのをやめて、暴飲暴食をお勧めしたい。そうしないと、ひとり残されてしまい大変だ。

 先日、関東地方に新しくできた有料老人ホームを見学してきた。最新の施設はどうなっているのか、関心があったからだ。某有料老人ホームのHPの情報だけを頼りに先入観なく伺った。

 最寄り駅からバスで約15分。地面師事件ではないが、昨今は駅の近くに大きな空地はないようで、緑は多いがかなり不便なところにあり、少しがっかりしながら向かう。

 ところが、有料老人ホームの建物らしき前に着くや、わたしたちは目を見張った。

「何? これ? ハワイの会員制リゾートホテル?」

 高齢者施設を想像させるものは何ひとつない。おしゃれで開放感あるロビー、中央のテーブルにはドカンとカラフルな生花がいけられている。インテリアも素敵だ。目に入るものは、すべてが美しいものばかり。いつもは辛口のわたしでさえ、批判するところを見つけるのに困った。広い。日本とは思えぬ開放感。すべてが外国サイズだ。思わず、「ここに住みたい!」と叫んでしまった。

 1階は共有ルームが占め、2階から上が居住部分。四角い建物ではなく、入り組んだ形に建っている。水や緑をふんだんに使っているので、以前、泊まったことのあるマウイ島のホテルを思い出した。

 何十年も前のことだが、成城にできた入居金1億円の最高級の有料老人ホームを見学したとき、ホールや食堂にある猫足の金色の家具に驚かされたが、正直、そこよりも100倍センスがいい。

「でも、きっと値段が高いわね」と同行した仲間と目くばせしたが、値段を聞いて更にびっくりした。決して安くはないが、持ち家を売却したら手の届く値段だ。自立型なので元気なうちに入居し、死ぬまでいられる施設になっている。

 わたしが主宰しているSSSネットワークにはひとり者が多いので、最後は施設を考えている人が大半だ。彼女たちは口をそろえて「ひとり暮らしは何かあったとき心配、家で倒れたら誰にも発見されないのが不安だ。孤独死だけは避けたい」と言う。

 彼女たちの気持ちはわかるが、わたしは違う考え方だ。還暦を過ぎたらいつ死んでもいいお年頃。ひとり身の特権は、誰にも発見されないで死ねること。その特権を不安に思うのはもったいないことだ。

 わたしは、誰にも気づかれずに静かに死んだ会員を見てきている。ひとりだから静かにあの世に逝けたのだ。ひとり身の人には、誰にも発見されない幸せがある。

 でも、いくら他人に言われても不安症な人は耳をかさないので、最後は施設に入るのが最善の選択かもしれない。

「ここを終のすみかにできる人はいいわね。世の中、どこまでいってもお金次第なのかしらね」と、ため息をつきあう。

ホテルのような食堂に集っていた入居者はどんな人?

 施設見学が終わり、ランチをいただくために食堂に向かうと、いえ、食堂という言葉はふさわしくない。ホテルのレストランと表現したほうがいいだろう。大げさではなくここは、ヒルトンホテルかシェラトンか?

 入居者の方がすでに明るい席を埋めていたので、わたしたちは奥まった席に座っていると、あることに気づく。まずは、入居者の皆さんが、まだ70代ぐらいでいわゆる“老人”ではないこと。元気でないと入居できないので、もちろんのことだが、車いすの方はいない。

 皆さん、きちんとした身なりの方たちばかりだ。おばちゃん風の人はいない。こういう施設を選ぶ方は、やはりそれにふさわしい方たちなのかもしれない。

 ここには、わたしが普段から批判している茶系やくすんだ色の服を着た人はいないが、かといってカラフルな色の服を着ている人もいない。ほとんどの方が、生成りの白か、白っぽいグレーか、黒白だ。つまり無彩色だ。これが高級好みの方のシックなファッションなのだろうか。でも、あまり楽しそうに見えない。

 しかも、もっと驚いたのは、ひとりの人はもちろんだが、夫婦の人までもが、中庭が見えるガラスに向かって座っていたことだ。皆さんが同じ方向に座って黙々とランチを食べている。夫婦も対面ではなく横並びだ。奥まった席から見ていると、まるで、シアターのように見えた。これには、正直、違和感を覚えた。これまでに、いろいろな施設を見てきたが、この光景は初めてだったからだ。

 特に、ひとりで入居している男性は、身なりがいい分、寂しく感じられた。表情がとても悲しそう。誰ともあいさつもしなければ話していない。黙って食べ、黙って席を離れる。

 館内を案内されているときは、はしゃいでいたわたしたちだったが、だんだん重い気持ちになり無口になった。お金で安心は買えても、幸せは買えないのだ。

 高齢者の幸せって何なのだろうか。わたしの最終地点はどこなのだろうか。施設を見学するたびに考えさせられる。


<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP文庫)、『老後ひとりぼっち』(SB新書)など多数。