私たちはいったいいつまで働けばいいのか(写真はイメージ)

「65歳で引退したあとは家庭菜園を作ったり、1日中、読書をしたり、年金をもらって第2の人生を謳歌(おうか)したい」

 そんな夢が5年遠のくかもしれない。

 政府は10月22日、官民が連携して成長戦略を議論する「未来投資会議」(議長=安倍晋三首相)を開き、企業に雇用継続を義務づけている年齢を現行の65歳から70歳に引き上げる方針を示した。2020年の通常国会への同法改正案の提出を目指す。

 3日に始動した第4次安倍内閣が最大の課題として位置づける「少子高齢化対策」の柱のひとつ。安倍首相は「生涯現役社会の実現に向け、意欲ある高齢者に働く場を準備する」と、その意義を強調している。

 企業は2013年の高年齢者雇用安定法の改正に伴い「継続雇用制度の導入」「定年延長」「定年制廃止」のどれかを選択することが義務づけられた。多くの企業は継続雇用制度を導入、希望者は定年後65歳まで再雇用されるようになった。それをもう5年延ばそうというのだ。勤労意欲の高い人は歓迎するかもしれないが、70歳で20代の若い社員と机を並べてバリバリ働く社会など、誰が想像しただろうか。

年金受給年齢を引き上げるための安易な手段

「2040年には1500万人の働き手が消えることがわかっています。そのため定年で労働者が一気に辞めてしまうと企業がもちません。働ける高齢者を増やすことは将来の人手不足解消のためには不可欠です

 とジャーナリストの大谷昭宏氏は指摘する。

 昭和女子大学グローバルビジネス学部長の八代尚宏氏は、

「政府は明確にはしていませんが、年金受給年齢を引き上げるための安易な手段です」と言い切る。

 前出・大谷氏も、

「元気で働いてもらおう、というのは表向き。“年金を払うのが惜しいから働いてくれ”と政府は言えない、だから“一億総活躍”とか言葉を言い換えているのです」

 法改正の本当の狙いは、労働力の確保と社会保障費の抑制ということになる。

「政府は70歳超で受給が開始されるよう年金受給開始年齢の引き上げを目的とした制度改革も検討中です」(全国紙政治部記者)

 年金の受給開始年齢は原則65歳で死ぬまで受給することができる。60歳からの繰り上げ受給、70歳からの繰り下げ受給も選択可能だ。ただし、受給を1か月早めると0.5%減額され、生涯減額となる。反対に遅くすると1か月ごとに0.7%増える仕組みとなっている。

 受給をガマンするほど配当単価が増える仕組みだが、年金をもらう前に死んでしまったら全く意味がない。

若手社員が不満をくすぶらせるおそれが

 アメリカやイギリスなどでは受給開始年齢を67歳まで段階的に引き上げていくことが決まっており、他国では受給期間はだいたい10年ほどだという。日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳。65歳から87歳まで年金をもらうとなると最低でも22年。

「年金受給時期を遅らせないと制度自体がもたないところまできています。だから働けるうちはいくつになっても働いてもらおうというのが政府の考えです。大切なのは金額ではなく“いつまでもらえるか”なのです。男性より寿命が長い女性にとっては切実な問題です」(前出・八代氏)

 少子高齢化が進み続ければ誰が年金を下支えすることになるのか─。先細りする社会で高齢者頼みになることは目に見えている。

 社会福祉士の稲垣暁氏は、

「70歳まで働くメリットがあるのは、安定した大企業のサラリーマンやOL、公務員の定年退職者だけになる可能性があります。彼らは比較的いい労働条件で働き続けることができるかもしれない。しかし、中小・零細企業にそこまでの体力があるか。まして、定年前に退職した労働者や、非正規で働かざるをえない労働者は、玉突きで仕事にあぶれることも考えられます」と話す。

 稲垣氏によると、60歳や65歳定年制の企業で退職した人が別の企業に就職する場合は非正規雇用が多く、大企業や公務員の継続雇用者よりはるかに低賃金になる可能性が高いという。

「高齢になっても格差が続くような差別的な制度ならば、やめてほしい。その人の能力を正当に評価したうえで待遇もきちんとしなければいけません」(同)

 前出・八代氏は言う。

「人手不足が深刻な中小企業では大手企業で管理職を経験した人材を必要としています。ただし、継続雇用を義務づけてしまうと、大企業に勤めている人はそこにとどまってしまうため中小企業には流れてきません。そうなれば中小企業で活躍するチャンスが抑制されてしまうのです」

 別の副作用も心配される。例えば「年功序列型企業」で高い給料をもらいながら働かない高齢の従業員に対し、若手社員が不満をくすぶらせるおそれがある。途中で解雇されることなく70歳まで職場にとどまることになるからだ。

「高齢者は衰えから比較的やりやすい仕事に回されることが多い。そうなると、若者やシングルマザーなどで働き始めの人が仕事を奪われてしまう」(前出・稲垣氏)

 若手が育たなくなれば企業にとっては致命的だ。

家でゴロゴロより働くほうが健康的

 前出の八代氏は、

「本当は欧米のように定年制自体を廃止すべきです。そのためには同一労働同一賃金の考え方で例えば40歳以降は給料をフラットにする。また、海外では、一部の社員に十分な補償金を出して解雇する“解雇の金銭解決ルール”も導入されています。こうした事例を取り入れつつ、貴重な高齢人材を活用できる環境を整備することが必要です

 と提案する。

 いったい、何歳まで働くことがベストなのだろうか。

「年齢で線引きすることはできません。働きたい人は、働けるうちはなるべく働いてほしい。それが生きがいになり、健康や充実した老後にもつながると思うんです」

 と前出・大谷氏。

 内閣府の'18年版「高齢社会白書」で、現在仕事をしている8割が高齢期にも高い就業意欲を持っていることがわかった(上表参照)。

「高齢者に働く理由を聞くとトップは『金銭』で、次に挙げられるのは『健康維持』です。金銭は世界各国共通ですが、健康のために働くというのはほかの国にはない日本の特徴です」(前出・八代氏)

 1日中、家でゴロゴロして妻に嫌みを言われたり、動かない夫にイライラするより、身体が動く限り働くことは健康面でも精神衛生面でもいいだろう。働けなくなったときに年金に頼れればいいのだが、「最悪のシナリオが用意されている」と前出・大谷氏は言う。

「年金が破綻(はたん)すれば際限なく働くことになります。70歳までの雇用継続どころじゃなくなります」(同) 都合の悪いことから国民の目をそらそうとするのは安倍政治の“お得意パターン”。とはいえ、元気な高齢者が増えている昨今、まだまだ続く長い人生のためと考えて、無理のない範囲で働くほうが幸せなのかもしれない。