行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は“コロナ離婚”を決意した妻の事例を紹介します。(後編)

※写真はイメージ

 相談者の馬場萌子さんは夫と結婚9年目で夫婦二人暮らし。共働きだが家事はすべて萌子さんが担っており、夫は小遣いをパチンコ、キャバクラに投じる典型的な“ダメ夫”。夫婦の関係が冷え始めていたころ、新型コロナウイルスの感染拡大に直面。禁煙を夫にお願いしても「俺はコロナにうつらないから関係ない!」と無視され、医療事務で仕事の負担が増えた萌子さんを気遣うそぶりも見せず、夫は相変わらず家事を一切手伝わない。萌子さんが追い詰められていく中、夫が発したのは萌子さんへの感謝ではなく、金銭の心配だった──。

<登場人物、属性(すべて仮名)>
妻・馬場萌子(42歳)医療事務 ☆相談者
夫・馬場 武(46歳)住宅販売営業

(前編はこちら)

マスク転売で生活費を稼ごうとする夫

 2月下旬、萌子さんは身慣れない段ボール箱や袋がリビングの端に置かれているのを発見。外側の表示を見るとカップラーメン(24個入りの段ボール)、トイレットペーパー(1箱24ロール×3袋)、そしてマスク(10枚入り×3袋)。大量の品は自宅の常備ではないので、夫がドラックストア等で買い占めたのは明らかでした。

「何なの、これは? うち(勤務先のクリニック)だって医療用マスクが不足していて大変なのに!」

 萌子さんは夫をたしなめたのですが、夫は「売って金にするんだよ。前にミスチルのチケットも2倍で売れただろ? メルカリやヤフオクは無理でも、ツイッターで募集すればいい」と平然と言い放ったのです。なぜ、夫は品薄の物品を転売するほど、お金に困っているのでしょうか?

「残業できないから今月は給料が2万円も減りそうなんだ。このまま感染が拡大したら店が営業できなくなるのも時間の問題。休業手当だけじゃ元の6割だよ。補填しないと生活できないだろ?」

 萌子さん夫婦は毎月12万円の賃貸物件に住んでおり、今まで萌子さんの手取りは毎月26万円、夫も毎月26万円。家賃は折半、それ以外の生活費は萌子さんが負担、食費はその都度、決める。それが夫婦のルール。もし本当に夫の収入が4割減ったとしても、まだ赤字にはならないので、転売を正当化するのは無理です。夫は週末しか乗らない車のローン(毎月5万円)を返済中。そんなに苦しいなら車を手放すことを考えるべきです。

 萌子さんは「マスクや備蓄品をたくさん欲しいのは誰だって一緒。でも我慢しているの。なぜなのかわかる? 必要なものが必要な人に届かなくなるでしょう」と夫を諭したのですが、「俺だけじゃないだろ! みんな並んでいたぞ?」と相変わらずの悪態。この手の夫は素直にコロナ対策に従うたちではありません。

夫婦の接点を断ち切った“オンライン飲み会”

 土日休みの萌子さんと平日休みの夫。お互いに休みが合わなくても、すれ違わないよう、朝食だけは一緒にとる。それは萌子さん夫婦の約束事でした。かろうじて夫婦としての形を保つことができたのは、萌子さんだけでなく夫も休日でも早起きをして、約束を守り続けてきたから。そんな夫婦の接点を断ち切ったのは“オンライン飲み会”でした。

 直接会えない人同士が、ビデオ会議システムなどを使って家でお酒を飲みながら会話をするのがオンライン飲み会です。夫は大学の友達、地元の旧友から誘われて参加したのですが、場所は自室。リアルの飲み会と違い、家の門限、店の閉店、電車の終電がないので、どんどん時間は遅くなり、酒の量は増え、記憶は薄れていきます。深酒の結果、夫が起床するのは翌日のお昼ごろで、萌子さんは寂しく1人で朝食を食べる日もありました。

 そのうち、キャバクラ店から有料のオンライン飲み会の誘いが届くように。キャバクラ嬢にそそのかされ、飲酒の量はますます増加。直近では500ミリリットルの缶ビール3本と2リットルのウイスキーを1本空けるようになり、ますます家飲みにハマっていったのです。4月の中旬になると夫が休日の朝に目を覚ますことはなくなり、萌子さんと同じ時間を共有することもなく、夫の存在は単なる同居人に成り下がろうとしていたのです。

感染予防をお願いすると「何様のつもりだよ!」

「最近、感染経路が分からない人が増えているみたい。だから外から帰ってきたら、ちゃんとしてね」

 都道府県は感染者の情報を公表しています。萌子さんはスマートフォンを開くたびに最新の情報を確認していました。感染経路が不明ということは誰がいつどこで感染してもおかしくない状況です。そのため、萌子さんは帰宅すると手を洗い、うがいをし、衣服を着替えるだけでなく、在宅中もマスクを着用していました。「夫にうつしてはいけない」と気を遣ったのですが、萌子さんは夫も同じだと──萌子さんにうつしてはいけないと思っていると信じていました。だから、夫にも同じことをしてほしいと頼んだのです。

「俺のことを馬鹿にしているだろ? 何様のつもりだよ、上から目線で気に入らない!!」

 長年連れ添った夫婦は空気のような存在。気持ちを伝えるのは恥ずかしくて素直になれないのは筆者もわかりますが、新型コロナウイルスという人生最大級の危機……しかも最悪の場合、命を失う危機に遭遇してなお、夫は強がり、意地を張り、強情に振る舞ったので、萌子さんは呆れ返ってしまったそう。

 さらに右手を前後に揺らし、「煙たい」のポーズをとり、「お前、感染しているんじゃないか? こっちに来るなよ!」と差別的な言葉を投げつけてきたので、萌子さんは言葉を失いました。在宅勤務で人と接しない夫より、病院勤務で人と接する萌子さんのほうが感染リスクが高いのは確かですが、あまりにも無神経です。

 筆者は「残念ながら、本質的に旦那さんはそういう人間なのでしょう。結婚前の優しかった時期は猫を被っていたのかもしれません。子どものころに形成された性格が大人になって変わるケースは少ないので」と助言しましたが、「私は親から『自分さえ良ければいいという考え方はいけないと教わりました。主人は違うみたいです。主人といると私まで自己中な人間になりそうで怖いんです!」と萌子さんは答えました。

パチンコを止める妻を“自粛警察”呼ばわり

「もしかしてパチンコに行ってきたの?」

 3月中旬、タバコのにおいにまみれて帰宅した夫に対して萌子さんは疑いの目を向けたのです。「まだ営業しているところを見つけたから」とあっけらかんとする夫。

「あんたの行動はおかしくない? みんなが自粛しているのに! 他のお店は自粛しているんだから、そこのお店がおかしいのよ! 今、パチンコに行くなんて感染しに行くようなものでしょ? うちにウイルスを持ち込んで、私はどうなってもいいの?」

 萌子さんは夫をとがめたのですが、夫は悪びれずに「自粛、自粛って何なんだよ? うつるかどうかなんて運だろ!? 俺はうつらない自信があるから(パチンコへ)行くんじゃないか。お前はクリニックへ行くけれど、こっちは(自宅待機で)息が詰まるんだよ。息抜きして何が悪い!」と反論。さらに「お前みたいなやつをなんて言うか知っているか? “自粛警察”だよ」と夫は小馬鹿にした感じで怒りをぶつけてきたのです。

「もう終わりだと思いました。コロナが落ち着いたら離婚しようと思っています」

 萌子さんは涙声で言います。話を聞き終わった筆者は「旦那さんは萌子さんを都合のいい存在としか思っていなかったのでは」と言いました。生活費を多めに払い、家事を全部やり、余計なことを言わない妻だと萌子さんは自分で薄々、勘づいていたでしょう。コロナ危機で確信に変わったのですが、それだけではありません。

 いつどこでウイルスに感染し、重症化し、命を落としてもおかしくない状況下です。筆者が「限られた人生をどのようにしたいですか?」と投げかけると萌子さんは「自分らしく生きたいです!」と言い、夫がいない人生……離婚を選択したのです。4月下旬、萌子さんが家庭裁判所から調停の申立書を取り寄せたのが、筆者の把握している萌子さんの近況です。

二人で話し合い結論を出せたら離婚は防げた

 萌子さん夫婦は今まで辛うじて細い糸でつながっていました。しかし、コロナによってその糸を断ち切られた格好です。例年通りなら、致命的な傷を負わず、無理に離婚せず、のらりくらりと結婚生活を続けていたのでは。そう思うと萌子さんのケースは「コロナ離婚」だと言えるでしょう。

 コロナ発生から夫婦間にさまざまな問題が起こりました。二人で話し合い、意見を言い、結論を出すことができたのなら最悪の結果に至らなかったでしょう。しかし、夫とは話が通じず、何を考えているか分からず、喧嘩してばかりでした。まだコロナウイルスは終息に至っておらず、今後も想像だにしなかった別の問題が次々と発生することが予想されます。新しい問題に直面したとき、萌子さんは夫が足手まといだと感じ、自分ひとりでやったほうがいいと思ったのです。

 そして老若男女を問わず、コロナウイルスには死亡リスクがあります。感染経路が不明な患者が増えているので、もはや完全に安全な場所はなく、どこで感染してもおかしくありません。思わぬ形で命を落とす可能性があることを踏まえ、今後の人生をどのように過ごしたいのか、そして限りある人生で夫は最良のパートナーなのかを再考したとき、答えはノーだったのでしょう。

 萌子さんのケースは決して他人事ではなく、現在の感染の広がりを考えれば、コロナ離婚の予備軍は多いでしょう。配偶者が暴走し、萌子さんと同じような場面に遭遇した場合、自分ならどうするのかを前もってシミュレーションしておくのが賢明です。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/