行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は転職によって収入低下を繰り返すモラハラ夫との離婚を選択した女性の事例を紹介します。(前編)

※写真はイメージ

「内助の功」をおカネに換算すると

「あいつはわかっているのかな? 私が頑張るのは当たり前じゃないんだからね! 今日だけじゃない。明日も明後日もずっとやらなきゃいけないのに。今まで『ありがとう』のひと言もないし、やってられませんよ!? 一度は自分でやってみろって……私がいなくなって家政婦さんを雇ったら、いくらかかるかわかっているのかな?」

 そんな専業主婦の不満や愚痴のはけ口として、湧いては消えるのが「内助の功の金銭換算」という話題。例えば、現在の東京都の最低賃金、時給1013円で働いてくれる家政婦を見つけたとして、1日3時間、家事を代行してもらった場合、1か月で9万円です。さらに育児をベビーシッターに任せた場合、1日4時間なら1か月で12万円です。

 とはいえ彼女たちは、家事の対価として毎月21万円の小遣いが欲しいというわけではありません。ただ、夫に反省を促したいだけ。内助の功のありがたみを感じ、感謝の言葉をかけ、ときには協力してほしいのが本音でしょう。

 しかし、今回の相談者・龍造寺奈美さん(仮名・44歳)は違います。無償の妻より有償の家政婦のほうがいい。赤の他人として夫の衣服を洗濯し、夫の部屋を掃除し、夫の食事を用意するのなら、しかるべき対価を得るのは当然。このような理由で離婚に踏み切ったのですが、これは17年間、夫という存在に悩まされ、苦しめられ、傷つけられてきた奈美さんなりの復讐だったのです。一体、どういうことなのでしょうか?

<登場人物(すべて仮名、年齢は相談時点)>
夫:龍造寺春樹(46歳・会社員)
妻:龍造寺奈美(44歳・専業主婦)☆相談者
子ども:龍造寺玲央(16歳・春樹と奈美の長男)

夫の勝手な転職で収入が激減

「婚姻届を出しに行ったのは17年前の今日なんです。長年、主人の束縛やそれに伴う暴言やモラルハラスメントに悩まされてきました。私はあの人の家政婦じゃないんですよ!」

 奈美さんは18回目の結婚記念日を目前にして筆者のところへ相談しに来ました。奈美さんの最大の悩みは夫の“転職貧乏”。夫の転職歴は2回。「俺にもヘッドハンティングが来た」と豪語するのですが、真っ赤な嘘。

「9年前、主人から『会社を辞めてきた』と打ち明けられたとき、あまりの収入の落差に青ざめました。天と地がひっくり返るくらいのショックを受けたのを昨日のことのように覚えています。」

 奈美さんは当時の心境を振り返りますが、最初、1800万円だった年収は1回目の転職で1100万円へ下がったそうなのです。それなのに夫は「渡された給料の中でやれよ! 決して少なくない給料のはずだ」の一点張り。大変なのは家計の管理を任されていた奈美さんです。夫は日に日に締め付けを強めており、例えば、夫が毎月、家計簿をチェックし、節約の余地がある項目にバツ印を書き入れ、自宅のテーブルに置いておくのです。奈美さんがよかれと思い、夫のコートをクリーニングに出したところ、クリーニング店のレシートに「頼んだ覚えはない!」と書かれる始末。奈美さんは給料日の翌日はビクビクして動悸が止まらなかったそうです。

 ところで夫が自由に使うことができる金額は毎月10万円。収入が減っても、小遣いを減らさずに済んだのは奈美さんのやりくりのおかげなのですが、夫は気づいていなかった模様。

「あのときに離婚していれば、こんなに苦しむこともなかったと後悔しています。当時は息子の玲央(仮名・7歳)も大きくなかったし、こんなことは最初で最後だと思っていました」

東大卒の夫はプライドが高いだけ

 奈美さんは「同じこと(転職)を起こさない」という夫の言葉を信じて今まで結婚生活を続けてきたのですが……残念ながら、夫は大して反省していなかったのでしょう。一度あることは二度ある。夫は恩を仇で返してきたのです。

「最初の転職でどれだけ大変だったか……私が出費を削れるだけ削ることで何とか家計を回したんです。それなのに主人が『また』会社を辞めてきたときは気が狂いそうでした。また主人の尻ぬぐいで家族を振り回すのかって!」

 3年前の2回目の転職で夫の年収は900万円に。結婚当初と比べると半減した格好です。東京大学卒業の夫は輝かしい履歴書の力で大手企業に採用されるのですが、蓋を開けてみると高いのはプライドだけ。最高学府出身にふさわしい結果を残せず、次第に居場所を失い、最後には「周りはバカばっかりだ! 話にならないよ!!」と捨て台詞を吐く。そして退職願いを突き出すのですが、お払い箱になった現実を直視しようとせず、何度も同じ失敗を繰り返したのでしょう。外資系コンサルティングファーム、国内銀行、そして国内信販会社という職歴はキャリアアップではなく「ダウン」と言えますが、奈美さんのせいではありません。

 奈美さんは高学歴、高収入の夫を手に入れ、順風満帆な人生が待っているはずでした。年収が上がることはあっても下がることはないと。しかし、夫は年々、成り下がり続け、今ではうだつの上がらない平凡な男。「こんなはずじゃなかった!」と忸怩(じくじ)たる気持ちがくすぶり続ける日々でしたが、夫の前では隠し続けてきました。

 例えば、結婚当初の夫の勤務先は過酷で、終電で帰宅するのは当たり前。奈美さんは温かい食事と風呂を用意するため、どんなに遅くとも起きていたのですが、夫の反応は感謝ではなく激怒。「余計なお世話だ。お前が待っていると思うと仕事に集中できないじゃないか!」と吐き捨てたのですが、夫の自己中な性格は長男(現在16歳)が産まれても変わらず。仕事の鬱憤を家庭で晴らすかのように夫の八つ当たりは日増しにエスカレート。

 夫が家庭に見向きもせず、家事や育児を一手に背負う奈美さんに向かって「俺は頼んだ覚えはない。家のことはお前が勝手にやってるんだろ!」と逆上。さらに「お前の気が強すぎるから、今まで何もできなかったんだ!」と攻撃するありさま。それでも「稼ぎを半分に減らしておきながら何様なの?」と言いたいのをぐっと堪えたそうです。

年収の半減で住宅ローンの支払いが危機に

 年収の半減によって危機に陥ったのは住宅ローンの返済です。夫婦の自宅は結婚7年目、最初の転職をする2年前に8000万円で購入した文京区の高級住宅街の物件。当時の手取り額は月82万円だったので、月25万円の住宅ローンの返済は余裕でした。

 しかし、現在の手取り額(月46万円)では住宅ローンを返済し、生活費(11万円)、夫の小遣い(10万円)に充当すると手元には何も残りません。それ以外の保険料(2万円)や携帯代(2万円)、自動車維持費(2万円)、固定資産税(4万円)の分だけ赤字の状態。賞与(60万円×2回)で補填するというぎりぎりの生活。

 そのため、奈美さんは「もう限界です。(自宅を)売りに出してほしい。今の会社に勤めて家を維持するのは無理だとわかってください」と訴えたのです。奈美さんが不動産屋に無料査定を頼んだところ、売却予定価格は6600万円。住宅ローン(5900万円)や諸費用(200万円程度)を差し引いても500万円の利益が出る計算です。しかし、プライドだけ高い夫は耳を貸そうとしません。「バカにするな! 今さらほかのところに住めるかよ。俺の人生を否定する気か?」と激しく抵抗。奈美さんが「なんで?」と尋ねても「どうしてもだ!」の一点張り。夫は家計の苦しさに見向きもしなかったのです。

 もし、夫が少しでも悪いと思っていたのなら、今年のシルバーウィークは静かにし、出費を増やさず、小遣いの一部を自主返納したはず。しかし、夫は9月の4連休に性懲りもなく旅行に出かけたのです。結局、夫は1回目の転職から何も変わっていないのでしょう。

大学の学費は払わないと言ってのける夫

 ほとんど貯金がない現状に、奈美さんが危機感を持つのは当然です。そのため、奈美さんは「玲央の大学の準備金はどうするの? 今から蓄えないと間に合わないよ」と投げかけたのですが、夫は知らぬ存ぜぬという感じ。「特待生なら1円も払わないだろ。特待生を目指せよ! 特待生になれないなら自分で払って自分で行きゃいいじゃないか?」と言い放ったのです。

 日本学生支援機構に代表される奨学金には返済が必要な貸与型と不要な給付型があります。夫の言う特待生とは給付型ですが、もちろん、上位の成績でなければならないので狭き門です。実際には給付型には所得制限があり、奈美さんの家の場合、年収は下がったとはいえ3人世帯で900万円という条件は対象となる基準値を超えているため、奨学金を得るのは難しいでしょう。

 常識的に考えれば、夫は自分の親から受けたのと同じ水準の教育を息子さんにも受けさせるべきでしょうが、残念ながら夫には「常識」が抜け落ちていました。夫は自分が学費を支払うことはないから前もって準備する必要はないと信じているのです。すべては転職の連続で収入が下がっても今の生活水準を維持したいがため。しかも東大出身の夫は東大以外、大学ではないと思っている節があります。そのため、「他の大学だったら(入学の書類)ハンコを押さないからな!」と言い出す始末。

 一方、奈美さんは甲状腺機能低下症という持病持ち。結婚6年目に診断されたのですが、食欲や発汗、記憶力の低下は酷くなるいっぽう。例えば、食が細いので頬がこけており、夏に弱いので熱中症で倒れたことも。1日の予定を忘れてしまうので冷蔵庫に張り付けたホワイトボード上のTo doリスト(何時に何をするのか)に頼らざるを得ない日々。

 ただでさえ身体が強いほうではない奈美さんを、夫は経済的、肉体的に追い詰めたのですが、奈美さんが「このままじゃ壊れちゃう!」と緊張の糸がプツリと切れたのは右耳の上あたりに見つかった10円玉ほどの脱毛斑がきっかけ。結婚17年間で積み重なった我慢や緊張、そして心労が一気に現れたのでしょう。

「絶対にストレスと関係あると思うんです! 主人に振り回されたせいだって!!」

 と奈美さんは語気を強めました。

 奈美さんは夫の転職の1回目(結婚8年目)も、2回目(結婚14年目)も「次はないから」とお灸をすえました。それなのに夫が何もしないまま今日という日をむかえたのは自業自得としか言いようがありません。

奈美さんは“同居離婚”を拒否

 ついに奈美さんは離婚を決断したのですが、第一に考えなければならないのは息子さんへの影響です。筆者は「影響を最小限にとどめるには、離婚の事実を子どもが成人するまで隠しとおして子どもの前では“仲良し夫婦”を演じ、一緒に住み続ける……“同居離婚”という選択肢はどうでしょうか?」と提案しました。これは夫と妻の関係はやめるけれど、子の父、母の関係は続けるという意味です。

 しかし、奈美さんは「仮面夫婦なんて無理です。息子の前だけだとしても……」と言い切ります。なぜなら、最大のストレスが家計管理だったからです。夫と一緒に住んでいる限り、家計管理を押し付けられ、夫の罵詈雑言(ばりぞうごん)に怯え続ける日々を余儀なくされるのですが、これは離婚しても変わらないでしょう。

 つまり、同居結婚でも同居離婚でも奈美さんにとって大差なく、離婚するのなら別居しなければ意味がないのです。もちろん、夫が出て行き、奈美さんと息子さんが残るのが理想的ですが、結婚生活で一度たりとも稼ぎが増えなかったダメ亭主。そんな夫の心の傷を癒してくれるのは、かろうじて維持してきたマイホームの存在。給与明細の数字が悲惨でも、親戚、友人、近所から羨望の眼差しで見られれば、ボロ雑巾のような自尊心も輝きを取り戻すのでしょう。鼻っ柱だけ強い夫が自宅を手放そうとはしないはず。

 そして夫にとって息子さんは「かすがい」ではなく、わが子の将来より自分の小遣いを優先するような毒親です。それなのにプライドの高さが邪魔をし、妻の言いなりになりたくない一心で、息子さんも手放そうとはしないでしょう。

 息子さんの世話を続けながら夫と離婚、そして別居するために、奈美さんが考え出した作戦とは──?

【東大卒モラハラ夫との離婚】親権を放棄して“家政婦”に転身した妻の復讐《後編》に続く
(後編は10月11日21時30分に公開します)


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/