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 この20年、“重い母”に人生を支配され、生きづらさを抱える娘をテーマにした本やドラマが増え、共感が広がっている。

親と無理に和解しなくてもいい

 暴力やネグレクト、親自身の依存症などわかりやすい虐待だけでなく、過干渉や言葉の暴力など複雑でわかりにくい虐待を母から受け続けたことで苦しむ娘は少なくない。

母との間に確執や断絶を抱え、成人後は距離を置いて暮らしてきても、母に介護が必要になれば、当然のように娘に介護者役が期待される。

 そんな苦しい娘たちの心情を取材し、「きらいな母の介護はしなくてもいい」と伝えてくれたのは、フリーライター・寺田和代さんだ。

「私は子ども時代に父が自死し、その後、母と養父から暴力や暴言を受けて育ちました。30代半ばで深刻なうつ病で倒れたことを機に、自分の生きづらさの原因は親との関係にあったことに気づき、カウンセリングや自助グループに通うように。母ががんで余命いくばくもないと聞かされたときも会いに行くことを選ばず、ただ1度だけ、自分の気持ちを長い手紙に書いて送りましたが、最後まで返信はありませんでした」

 母親が亡くなったときは、和解か断絶かで揺れ続けた長年の葛藤から自由になれたそう。

「母をゆるし、和解しなければという、自他から課せられた見えない枷(かせ)が消え、“ものわかれ”という境地に。思いがけない解放の地点でした」

 寺田さんは、仕事で介護現場を取材する機会も多く、介護職の人たちの“親子愛”信仰にも違和感を感じてきたという。

「『仲が悪い親子でも最期は和解で終わるもの』『過去がどうあれ老いた親には優しくすべき』と押しつける人が多く、そんな風潮に苦しむ人がいることも、この本で知ってもらえればと思ったのです」

 今年の春に出版した『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』(主婦の友社)は、重い母に苦しめられてきた6人に取材し、それぞれの人生と介護への向き合い方を描いた。

 不機嫌な父親と過干渉な母の間でひとり娘として育ち、進学先から就職まで、すべて母が口を出し、従わざるをえなかったというエリコさん(53歳)。ギャンブル依存症の父とアルコール依存症の母の怒声と暴力が絶えない家庭で育ったアユミさん(48歳)など、ハードな生育環境を生き延びた人たちが登場する。

母娘問題これまでの流れ

心の回復は現実を直視し語ることから

「どの方も当事者の自助グループにつながり、カウンセラーや弁護士など専門家の助けを得て母との関係を整理し、距離を取るという選択に至っています。母娘間の確執は、時間がたてば自然と解消されるものではなく、娘に支配的な母は多くの場合、最後まで現実を直視することはありません。平均寿命が延びて、母娘関係も長くなる時代です。母との関係が苦しい人は、介護で追い詰められる前に、1度立ち止まって母娘関係を見つめてみることが大切です

 寺田さん自身も、自助グループに長年通うなかで「母をあきらめる」ことができた。

「どんなに母にひどいことをされても、娘はどこかで愛を信じたくて、『私のためを思って殴っていたのでは』『私が優しくすれば母も変わるかも』という希望を捨てきれないもの。でも、自分の感情を押し殺していると、いつかコントロールできなくなり、そのしわ寄せが、子どもや自分より弱い立場の人への支配的な振る舞い、自傷行為といった形で出ることもあります。

 母との関係を直視するのは勇気がいりますが、心の回復には経験と感情を言葉にし、自他から免責される過程が不可欠です。適切な自助グループなら当事者同士で安心して心のうちを分かち合えるでしょう。自分の苦しさが何に起因するかを知ることは、人生を前に進めるために大切なことです

 読者がこういった自助グループへ参加したいときは、どうすればよいのだろうか。

「カウンセリングなどの支援機関から紹介されるほか、ネット検索でもグループの情報がヒットします。市区町村の家族問題の相談窓口で情報を得られることも。お試し参加を重ね、自分に合うグループを見つけてほしいと思います」

 母との問題を整理できても、「親の介護はしない」のは人間として失格なのでは……、と自責感を深める人は多い。寺田さんは、取材した信田さよ子さん(原宿カウンセリングセンター所長)の言葉にハッとさせられたという。

「長年、母娘関係のカウンセリングに携わる信田さんは『人は自分がしたことの責任をとる必要がある。母も同じ。娘に嫌われることは、母が自分のしたことの責任をとることであり、それは母を人として尊重することでもある』と。娘は自分の人生と子どもたちを守るために、手放さざるをえないものもあるという指摘はとても大事だと思いました」

 読者からは、「同じ悩みを抱えてきた。よくぞ書いてくれた」「複雑な母娘関係があると知り、介護現場で自分の価値観を押しつけないようにしたい」などの声が届いている。

「娘にとって母は、多かれ少なかれ“重い”ものですが、人によっては命や人生を脅かされるほどに重い場合があることを知ってほしい。そして、拙著で紹介した当事者の経験や専門家の知恵が、孤立無援で苦しむ当事者の方々に届けば、と願っています」

番外編:心理カウンセラーはこう語る

「母から虐待や支配を受けてきた娘は、母が要介護の状態になったときに、小突くなどの復讐をするケースも見られます」

 と言うのは、心理カウンセラーの石原加受子さんだ。

「そんな場面を家族や介護士の人が見たら、娘に向かって『やめなさい』と注意するでしょう。確かに人道的ではありませんが、私は『あなたは今まで我慢してきたのよね。小突きたくなるのも無理ないわね』と伝えます。でも復讐しながら介護をするのは疲れるので、介護をしないという選択をしたり、介護に対してお金をもらうといった割り切り方ができないか、アドバイスしています」

 母娘の関係が悪いのは、親の夫婦関係に問題がある場合が多いのも特徴だ。

「夫に頼れないから、娘にしがみつき、病気を盾にして娘に面倒をみさせようとする母もいます。しかし、世間がどう言おうが、母の介護で、娘が自分の生活を犠牲にしたり、大きな負担を感じる必要はまったくないんです。母が困っているのは、娘の責任ではなく、夫婦の問題であり、母自身の問題です。『私の問題ではない』と母と心の距離を置くだけでも、罪悪感が減るでしょう。

 なかには母を諭して変えようとする人がいますが、それは母に積極的に関わろうとしていることにほかなりません。介護に限らず、母からの要求に対して、できないこと、負担に思うことを無理に行わず、少しずつノーと言って、母に自分ひとりで頑張ってもらう状況をつくることが大切です

(取材・文/紀和静)


《PROFILE》
寺田和代(てらだ・かずよ) ◎立命館大学卒業後、会社員を経てフリーライター・エディター。女性誌、文芸誌、総合誌でのインタビュー・執筆、単行本の企画・制作に携わる一方、2000年に社会福祉士資格を取得し、高齢者介護・医療・暮らしの分野でも活動。

石原加受子(いしはら・かずこ) ◎心理カウンセラー。「自分中心心理学」を提唱する心理相談研究所オールイズワン代表。独自の心理学で、問題解決、生き方、対人関係、親子関係などのセミナー、グループ・ワーク、カウンセリングを25年以上続けている。著書多数。最新刊は『感情はコントロールしなくていい』(日本実業出版社)。

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