ZoomやSNSの活用など、オンライン化も起業チャンスに

 人生100年時代。シニア世代に入ってからも、まだまだ元気で自由な時間は長い。そんな老後の生きがいと経済的な支えを求めて、起業する人が年々増えている。スキルや経験、コネがなくても成功した人たちの、「うまくいった」背景とは?

 60歳といえば以前は老後の始まりだった。しかし現在は定年が後ろ倒しになり、働く期間が長引いている。また最新の発表によると、日本人女性の平均寿命は87・74歳と前年よりも長寿に。老後資金がより多くかかる「長生きリスク」が、シニア世代を悩ませる不安材料のひとつだ。

起業家の4人に1人が「50歳以上」に

 そんなシニア世代やその前年代の50代は、起業する人が多い年代でもある。バブル崩壊後の'91年、起業家の平均年齢は38・9歳だったが、長い時間をかけてこの平均年齢は徐々に上昇。2020年の起業家平均年齢は43・7歳、50代以上の起業家は全体の26・3%を占める

 シニア起業は今後も増えるのか?  その実態を、起業支援の第一人者である銀座セカンドライフ代表取締役の片桐実央さんに聞いた。

「シニア層の起業は、コロナ禍で非常に増えた体感があります。女性の起業も多いです」

 同社では起業相談やオンラインでの起業セミナー実施等を行っているが、シニア層からの問い合わせや利用も多い。シニア層の起業が増えている理由を聞いた。

「人生100年時代になり、老後資金に不安のある方や、働き続けたい意欲のある方が増えました。リモートワークができるようになったので、より副業しやすくなったという環境の変化も影響しています」(片桐さん、以下同)

 現在の定年制度は65歳まで延長。60歳を超えると再雇用の対象になる人が増えるが、正社員ではなくなったことで副業が解禁され、会社勤務+起業のWワークに取り組むケースも増加している。

日本の開業率は先進国の中でも低水準

 さらに日本政府が開業率を上昇させる方針を打ち出していることも影響している。

「日本の開業率は世界的に低く、'18年時点で4・4%、現在は5%前後です。イギリスは約13%、アメリカやフランスは約10%。経済産業省は開業率を10%にする目標を掲げ、起業を後押ししています」

 地方自治体などはさまざまな起業を支援する制度を作り、起業する人を増やそうとしているのだ。

スローでも長く続ける「ゆる起業」のすすめ

 起業というと、女性にはハードルが高いイメージだが、実際はそうでもない。

「弊社に相談に来られる方は、元管理職やキャリアウーマンよりも、ごく普通の主婦が多いです。子育てが一段落したタイミングで自分の人生を取り戻したくなるのでは」

 片桐さんはそんなごく普通のシニアでも起業できる「ゆる起業」を提唱している。ゆる起業のポイントは5つ。(1)本当にしたいと思えること、(2)やりがいを感じること、(3)経験を活かせること、(4)利益をあまり追求しないこと、(5)健康がいちばんであること。

「ゆるく始めても長く続ければ、これからの老後に頼れる収入源になります」

 そのメリットや具体的な方法を聞いてみよう。

金銭的なリスクは避け「小さく起業」を目指す

 シニアから起業するメリットはなんだろうか。

「生きがいや収入が増えること。これまでの人生経験を活かしてサービスを提供し、人から直接感謝を伝えられるのがうれしいという方が多いです」(片桐さん、以下同)

 大企業で働くほど消費者の顔は見えなくなり、家事や育児に奮闘しても感謝を伝えられることは少ない。そんなジレンマを起業で解消できたという人も。逆にデメリットも聞いた。

「金融機関からお金を借りた場合、事業に失敗すると資産が減ってしまうケースがあります。老後の経済破綻は避けるべき。まずは少ない資金で開業するのがおすすめです」

 バブル期のころには、数百万円程度のお金を借りて起業するのが一般的だった。しかし現在はインターネットの発達により、自己資金ゼロで開業できる仕事も増えている。さらに日本政策金融公庫や自治体の創業支援制度を活用すれば、低金利で融資が受けられることも。起業のハードルは現在、そうとう低くなっているのだ。

3つの円で自己分析、重なる部分が成功のカギ

3つの円で自分を知る

 起業してみたい。でもやりたい仕事が見つからないときはどうしたらいいのだろうか。

(1)自分がやりたいこと、(2)自分ができること、(3)お金になること、の3つを兼ね備えた事業で起業するのがおすすめです。どれか1つだけでは、事業が長続きしにくい」

 また女性が起業しやすい事業は、女性ならではの経験を活かしたものともいえる。マナー講座やまつげサロン経営、母子家庭の就職支援サービスなど。また趣味を活かした手芸教室や書道教室、小物の受注販売なども多い。

「男女ともに開業しやすいのは、コンサルタントなど資金がかからないビジネスです」

 過去の経験を活かせることを探せば、自分ならではの起業スタイルが見えてくる。

知っておきたい! 起業までのプロセス

(1)事業内容を考える
(やりたいこと・できること・収益が得られることをすべて満たしているとよい)
(2)事業計画書の作成
(自治体の創業支援サービスでサポートを受けられる)
(3)開業場所・費用・開業形態の検討
(女性は自宅で個人事業主として起業する方が多め。法人化しなくても起業はできる)
(4)テストマーケティング
(お試しでサービスを提供し、ユーザーの反応をうかがう)
(5)開業届の提出
(税務署に用紙を提出すれば完了)
(6)創業融資などの活用
(資金が必要なら、国や自治体の創業支援制度を使おう)
(7)営業活動、事業を軌道に乗せる
(SNSを使えば営業コストは0円)

起業するなら利用したい! サポート制度

●全国共通
日本政策金融公庫「女性、若者/シニア起業家支援資金」
女性、35歳未満、55歳以上が対象。最大7200万円まで低金利で融資を受けられる。

●地方自治体が提供(一例)
東京都「女性・若者・シニア創業サポート事業」
女性、39歳以下、55歳以上が対象。1500万円以内の低金利融資や経営サポートなどが受けられる。
大阪府「開業サポート資金」
女性、35歳未満、55歳以上が対象。場合によって1500万円〜3500万円を限度とした低金利の融資が受けられる。

※開業する場所の都道府県や市区町村が扱っている制度は、重複して利用することも可能。条件などは開業する地域の創業支援窓口で問い合わせを。

あれもこれもと手を出すのは失敗のもと

 では、シニア起業を成功させるコツは何だろうか。

「女性の中には、事業内容に関してコロコロ気が変わる方がいます。やりたいことが多いあまり、関連性のない事業を2〜3立ち上げても、うまくいきません」

 事業をやるなら『移り気』は禁物。公的機関や民間の企業支援サービスを利用すれば、事業計画のサポートなど、起業までに必要な支援が受けられる。プロの手を借りてしっかりプランを立てよう。

「女性は周囲を巻き込んで協力を得る力のある方が多いです。シニア世代の女性起業家の中には、年収数百万円という方もいますよ

 人生の後半戦に一花咲かせてみてはどうだろうか。

 次では、主婦から夢を叶えた2人のシニア女性起業家に話を聞いた。

主婦から起業! お金をかけずに成功したシニア女性起業家たち

元主婦&50代後半から起業し、お金と生きがいを手に入れた人たち。その仕事を選んだきっかけや、普通の主婦でも成功できた理由とは?

看護師経験と趣味が形になって

ユニバーサルかぎ針「あみ〜ちぇ」を製造・販売

100回以上試作をした「あみ〜ちぇ」6380円(税込み)

 平田さんは埼玉県在住、看護師の経験もある元専業主婦、転機は45歳を過ぎたころ。

「子どもが中学生になって、ふと自分の人生について考えました。趣味だった編み物を本格的に学ぼうと、家族を説得して専門学校に通学したんです」

 その後は自宅で編み物教室を開き、日本手芸普及協会の手編み師範資格も取得した。

平田のぶ子さん

自由に手が動かなくても編み物を楽しんでほしい

 そんなとき友人から「昔編み物を楽しんだ高齢者に編み物を教えてほしい」と依頼される。

「脳卒中後に麻痺が残った方や認知症の方など、片手しか使えないけれど編み物をしたいという方が意外と多かった」

 でも編み物は片手ではできない。補助器具も売っていなかった。

「看護師だった経験も活かして私が作ろう!  と。これが起業のきっかけです」

 しかし事業の立て方はわからないしお金もない……。そこでさいたま市の創業支援窓口に行き、ゼロから教えてもらった。県が開催する創業スクールや各種ものづくりフェアに参加して情報収集。国の創業補助金を活用して、試作メーカーとともに試作・モニタリングを開始、「ユニバーサルかぎ針」が完成する。'15年に56歳で起業に成功。ゼロスタートだったから踏み出せた、と平田さんは言う。

夫を失った悲しみとその言葉が起業の原動力に

 この奮闘の陰には、最愛の夫との悲しい別れもあった。

「私が54歳のときに夫が病気で他界。『おまえしかできない事業を世の中に役立てて』という言葉に背中を押されました」

 平均年商は180万〜200万円。年金の足しになるのがうれしい、と平田さん。最後にこれからシニア起業する方へのアドバイスを聞いた。

「やりたいことを言葉にすれば応援してくれる人が現れる。自治体の支援機関を活用して足を踏み出しては」

手編みサロンあみ〜ちぇ代表……平田のぶ子さん(62歳)■DATA起業時期:2015年(56歳)開業資金:約180万円(国の創業補助金を利用)事業内容:オリジナルの「ユニバーサルかぎ針」製造・販売、手編み講師 公式サイト:https://ciao-amiche.jimdo.com/

身体ひとつとパソコンで事業スタート!

「資金ゼロからの開業」が生きがいに

ZoomやSNSを活用して精力的に活動

 からかわさんは埼玉県在住、パート主婦として子どもを育てながら、40代後半〜50代前半を両親の介護に費やした。

 '18年に子どもが社会人になって家を出たときに、今後の人生を考える。

「育児も介護も終え、自分の人生をどうしようかなと。好きだったアパレル関係で人のために仕事がしたいと思いました」

からかわまりさん

開業後コロナ禍に! オンライン化で売り上げ増

 '18年に日本パーソナルコーディネーター協会で資格を取り、'19年からパーソナルスタイリストとして57歳のときに開業、'20年にはパートを辞めて事業に集中するように。

「専業になった瞬間、コロナ禍に!  でもオンライン化によって環境に左右されず売り上げが上がりました」

 逆風をチャンスに変え、なんと最高月商は50万円に。50代女性の平均年収を超えたのがうれしかった、というからかわさん。

 事業立ち上げの基礎は資格取得講座で学び、その後も民間の起業塾などに所属してビジネス知識や営業スキルを磨く。

「コンサルタントは資金ゼロで自宅開業できるのが強みです。しかし1人だと事業を続けるのは難しい。起業仲間をつくるのがおすすめです」

「人生で頑張ったこと」を活かして起業

 現在ではパーソナルコーディネーター育成と、シニア起業の方法についてもレクチャーするように。周りには意欲的なシニア層が集まっている。家事・育児や介護の経験が事業を成長させる力になる、とからかわさん。

「人生で頑張ってきたことは誰にでも必ずあると思います。心の奥にある小さな願望に気づいたら一歩踏み出してほしい」

 InstagramなどのSNSも積極的に活用。ますます充実する人生を突き進む。

パーソナルスタイリスト+生きがい起業コンサルタント……からかわまりさん(59歳)■DATA 起業時期:2019年(57歳)開業資金:ほぼ0円事業内容:パーソナルスタイリスト、シニア起業コンサルタント 
公式SNS:https://www.instagram.com/mari.karakawa/

教えてくれたのは……銀座セカンドライフ 片桐実央さん●学習院大学法学部卒業後、花王株式会社 法務・コンプライアンス部門法務部に配属。その後大和証券SMBC株式会社に転職しIPO支援を経験。祖母の介護をきっかけに、'08年7月銀座セカンドライフ株式会社を設立。

(取材・文/金指歩)