判決の日、自宅からタクシーで東京地裁に向かう飯塚受刑者

「飯塚さんは控訴しないと決めたときから、収監される覚悟はできていた。潔かったですね」

 飯塚幸三受刑者(90)の今について語るのは、『NPO法人World Open Heart』の阿部恭子さん。犯罪加害者家族を対象とした支援組織の理事長を務めている彼女は、飯塚受刑者とその家族をサポートし続けてきた。

移送された“特別”な刑務所

 一昨年の4月、東京・池袋で飯塚受刑者が運転する車が暴走して次々と人を轢いた。松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(当時3)が死亡したほか、9人の重軽傷者を生む大事故に。

 そして今年9月2日、飯塚受刑者に対して自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)を問う公判で、東京地裁は禁錮5年の判決を言い渡した。10月12日、控訴しなかった飯塚受刑者は東京地検に出頭して、収監の手続きをしたという。

「飯塚さんの場合、高齢や健康面を考えると検察官に刑の執行を停止する申し立てもできたはず。ですが、飯塚さんはそれもしなかった。刑に服して、罪を償うんだと決めていたのだと思います」(阿部さん、以下同)

 飯塚受刑者は1か月ほど東京拘置所で過ごし、その後はある刑務所に移送されたようだ。収容先は、親族にも伝えられることはなく、収容後、本人からの手紙を待つしかない。

「おそらく介護設備のある刑務所でしょう。飯塚さんは足が悪く、今では車椅子生活に。それに、指定難病である大脳皮質基底核変性症も患っています。

 しかも年齢は90歳。この年齢で初めて刑務所に入るというのは前例がないのではないでしょうか」

 刑務所で新しい生活を迎えた飯塚受刑者の心境はどうなのか。

軟禁状態だった自宅での生活

「もちろん自宅よりは不自由だと思います。ですが、自宅での生活は、近所の目もあるし、マスコミも押し寄せるし、嫌がらせもあったので、ほとんど軟禁状態でした。だから、刑務所での生活はかえってホッとしているかもしれません」

実際に被告の自宅に送られてきた、嫌がらせの手紙

 飯塚受刑者は過失事件だったため、一般的に懲役刑より軽いと言われる禁錮刑となったが、

「強制労働がないため、ほとんどの時間を1人で過ごすことになり、心細いでしょうね。健康状態もいま以上によくなることは考えにくいですし」

 刑務所の面会は、親族であれば月に2回は可能だ。しかし、親族にとって単純に喜べることではなく、

「刑務所は結構、辺鄙(へんぴ)な場所にあってアクセスが悪いんです。それに毎回、手続きも大変ですからね。飯塚さんの奥さまもかなりの高齢ですし、この状況はかなりキツイのではないでしょうか……」

 刑務所では基本的に、親族以外の面会はできないことになっている。また、手紙のやりとりは可能だが、発信や受信には制限が多い。

「他人の面会については、しばらくは無理でしょう。手紙についても、例えば“扱いが悪い”“施設がひどい”など刑務所の不備などをもし書いたとします。それがメディアに漏れたら、あれだけ有名になった方なので多くに報じられてしまい、問題になってしまう。だから、法務省も慎重になっているのではないかと思います」

 順調にいけば、3〜4年で出所できる可能性もある。だが、90代の受刑者にとっては一日一日がサバイバルだ、と阿部さん。

「たとえ3年だとしても、飯塚さんは93歳になっている。生きているうちに出てこられるのでしょうか……」

 最晩年を刑務所で過ごすことになった飯塚受刑者の胸中はいかに。