※画像はイメージです

 厚生労働省によれば、日本国内の患者は約600万人といわれる認知症。そのうちおよそ5割を占めるのがアルツハイマー病だ。発症する仕組みは正確にはわかっていないが、脳内にタンパク質の「アミロイドβ」や「タウタンパク質」がたまることが原因のひとつだといわれている。

認知症と生活習慣には深い関係

アルツハイマー病は脳の神経細胞が徐々に死んでいく病気です。薬によって病状の進行を遅らせたり、記憶力を改善させることが可能です。現在、日本では4種類の治療薬が認可されています」と話すのは、大手製薬会社エーザイ在職中にアルツハイマーの進行抑制薬「アリセプト」を開発した同志社大学の客員教授、杉本八郎さん。

認知症は脳の病気だと思われていますが、すべてがそうとは限りません。脳に異常なタンパク質がたまったり、『脳血管性認知症』の原因となる脳の血管が詰まったり、脳出血を引き起こすのは生活習慣が影響しています。認知症はいわば生活習慣病の一種だといっても過言ではありません」(以下、杉本さん)

 糖尿病や高血圧、肥満などが認知症のリスクを高める。イギリスでは生活習慣病の予防に取り組んだところ、認知症の有病率も減少した。

早めに生活習慣を改善すれば、認知症も予防できます。アルツハイマー病の要因となるアミロイドβは40代から、タウタンパク質は50代からたまり始めます。その年齢を過ぎていたとしても、今からでも『いい生活習慣』を身につけておきましょう

良い生活習慣を続けることが大事

認知症の3分の1は生活習慣を改善することで予防できるという研究もあります。認知症を引き起こす要因となるのは糖尿病や高血圧、肥満、運動不足、うつ病や高齢期の難聴、社会的孤立、喫煙などが挙げられます

 典型的なダメ習慣は、テレビの前に座って眺めているような生活だ。テレビの視聴は受け身になりがちで脳も働かない。そのうえ運動不足になり、外出しないので他人と会うことも減る。

カギとなるのは自分らしくいられる場所“第三の居場所”をつくること。女性の場合は子どもがいるならママ友、犬を飼っているなら犬友などもいいですね

 第三の居場所とは居心地がいい、役に立っているという感情を持てる人間関係のこと。

「他人が喜んでいる顔を見て喜ぶのは人間だけ。嫌いな人に無理に会う必要はありませんが、人や地域の役に立つことは生きがいにもなります」

 1日30分ほどの有酸素運動もおすすめ。血流がよくなり生活習慣病の予防に役立つ。

「私は昔から剣道をやっているのですが、コロナ禍の今は自宅で素振りをしています」

 近年の研究で良質な睡眠にはアミロイドβなど脳中で悪さをする物質を取り除く役割があることがわかった。日中は積極的に身体を動かし、睡眠は1日7時間を目指そう。

常にポジティブに!

 現在80歳の杉本さんが認知症予防のために心がけていることを教えてもらった。

私が実践しているのは規則正しい生活。朝は5時に起きて読書をし、午前中は勉強、よく歩くと認知症になりにくいので、午後は2時間散歩をする。食事はバランスよく、量は控えめに。肥満はよくないので日ごろから体重維持に気をつけていますね

 特に女性の場合、肥満だと認知症のリスクが高まる。食べすぎたり、偏った食事は避け、ポリフェノールや青魚、大豆食品、「ノビレチン」を含むみかんやシークワーサーを積極的にとろう。

生きがいを持つことは欠かせません。私は今も認知症の根本治療のため、アミロイドβの産生を阻害する薬の開発を目指しています。世界中でも研究は進んでいますので、たとえ認知症になっても諦めないで。ポジティブでいれば脳細胞も活発に働きます

《1》日中、ぼーっとしていることが多い

〜知的好奇心を持つと脳が活性化する〜

日中、ぼーっとしていることが多い(イラスト/アサミナオ)

 日常生活が単調だと脳への刺激も少ない。アート制作や鑑賞、映画鑑賞、旅行など「感動」できるような趣味を持つことで認知症発症のリスクを減らすことができる。また、読書や書き物、知人との対話など、脳に刺激を与える活動をすると高齢になっても認知能力の低下が抑えられるという調査結果も。趣味があると生活が主体的になるので、無趣味な人はまず若いころに好きだったことに再度挑戦してみては。

《2》自分の話ばかりをしている

〜他人を思いやることが認知症予防につながる〜

 私たちがストレスを感じるのは他人と自分を無意識に比べているから。まずは人と比べることをやめて。そして、「周りを幸せにする」言動をできることから始めてみましょう。人間は他人の役に立てたとき、最も幸福を感じる。自分に自信を持て、自然と社交的になれるので、まずは自分本位の考え方にならないよう注意しよう。さらに人との交流が多いと、認知機能の低下を抑えられる。気の合う仲間や家族とともに、自分が楽しいと思えるコミュニケーションの機会を増やそう。

《3》人をけなしたり悪口をよく言う

〜いつも笑顔で人を褒める習慣を〜

人をけなしたり悪口をよく言う(イラスト/アサミナオ)

 心身の健康を維持するにはまず心の健康を保つことから。思うようにいかないとき、文句や悪口を言っていると、だんだんと人が離れていく。社会的な孤立や閉じこもりは、認知症を引き起こす要因のひとつでもある。社交性を保つことも認知症予防には大切。できるだけ人を褒めたり、いつも笑顔でいることを心がけて。特に笑う機会がほとんどない人は、毎日笑う人と比べて認知機能が低下するリスクが高い。

《4》菓子パンが好きでよく食べる

〜糖尿病になると認知症リスクが高まる〜

菓子パンが好きでよく食べる(イラスト/アサミナオ)

 糖尿病の人は健常な人と比べて2~3倍、アルツハイマー病になりやすい。さらに糖尿病による糖代謝異常が主な原因で、軽いアルツハイマー病でも認知症を発症しやすいことがわかってきた。また、高血圧は脳血管性認知症のリスクを高め、肥満体形の人は認知症発症リスクが2.44倍になることが明らかに。甘いものを控えてバランスのいい食事をとるとともに、1日30分の有酸素運動を週3~5回行うなど、体形維持を心がけて。

《5》不平不満を口にする

〜「できないこと」ではなく「できること」を楽しむ〜

 ストレスがたまるとつい不平不満を言いたくなるもの。しかし敵意を抱きやすい、自意識が強いといった「神経症傾向」がある人はそうでない人に比べ、認知症になるリスクが高いことがわかっている。これは周囲とのコミュニケーションの妨げになりやすく、結果的に社会的な孤立につながるのではと推測される。性格はすぐに変わらないが、うまくいかないときは「できないこと」を嘆くのではなく、「足るを知る」考え方に切り替えて。

《6》歯磨きをおろそかにしがち

〜こまめな口腔ケアでアルツハイマー病を予防〜

 アルツハイマー病のマウスの口腔に歯周病菌を感染させる実験を行ったところ、脳内に沈着するアミロイドβが歯周病のないマウスの約1.5倍になった。因果関係はわかっていないが、歯周病菌などが脳内に流れ、影響を与えると考えられている。さらに歯周病で歯を失い、噛めなくなることもアルツハイマー病の要因に。起床後と食後は念入りに歯磨きを。ただ、食事の直後は歯が傷つく可能性があるので食事の20分後に。できれば歯間ケアも行おう。

教えてくれたのは……杉本八郎さん●薬学者、脳科学者。同志社大学生命医科学研究科客員教授。グリーン・テック株式会社代表取締役。著書に『世界初・認知症薬開発博士が教える 認知症予防 最高の教科書』(講談社)がある。