87歳のユーチュー婆・多良美智子さん(写真/林ひろし)

 美智子さんがYouTubeデビューしたのは今から2年前、なんと85歳のとき。

85歳のユーチューバーの世界観

「趣味の絵手紙や手芸などを映像に残せたら、私が死んだ後、子どもたちが見て思い出してくれるかも……とYouTubeに興味を持ったんです。当時中学生でパソコンが得意な孫に相談したら“手伝うよ”と言ってくれ、始めることができました」(美智子さん、以下同)

 最初は親族が見る程度だったが、スタートして2か月後、部屋紹介の動画をアップすると再生回数が160万回を突破。いちやく人気“ユーチュー婆”に。

 美智子さんの住まいは55年前から住んでいる団地。子どもたちはみな独立し、夫は7年前に他界。現在はひとり暮らしだ。

「団地は家賃も安く、管理もラク。半世紀以上を過ごしてだいぶ古ぼけていますが、居心地のいいように整え、愛着があり、私にとってはすてきな“城”なのです」

 部屋だけでなく、YouTubeでは日々の食事や編み物や針仕事、絵手紙、花壇の手入れなど、生活にまつわるさまざまなことを紹介している。おひとり様となると時間を持て余す人も少なくない中、美智子さんはやることがいっぱいだ。

「夫は9歳年上でしたから、いずれひとりになるのは覚悟していました。だから夫が生きているころから、自分が楽しめることはいろいろとやっていたんですよ」

 多趣味なうえに習い事もしているが、美智子さんのすごいのは、ほとんどお金をかけていないこと。

「戦中派で食べ物がない時代に育ったし、結婚してからも余裕はなかったので、ムダなお金は使わないことが染みついています。習い事は市民センターが開催しているものなので格安。読書も好きなのですが、読書仲間から本が回ってくるので、みんなで楽しんでますね」

 健康管理にも特別お金をかけず、終活も少しの予算で充分だという。美智子さんの暮らしには、豊かな人生を送るためのヒントがたくさん詰まっていそうだ。

節制(1)住まい 〜狭くて古いが心地いい〜

 間取りは3DK、50平方メートルほど。5人家族で住んでいたときは狭いと感じることもあったが、その「目の届く」狭さがよかったと美智子さん。

子どもが小さかったころもみんなの顔が見えるこの広さが好きだったという美智子さん。今では自分好みの空間に(写真/林ひろし)

「家族がいたころはなかなか自分好みとはいきません。でもひとりになってから不要な物を整理し、骨董の箪笥や古布などを取り入れて、少しずつ自分の理想のインテリアにしました。花も好きなので、リビングの飾り棚やトイレにはいつも飾っています

 大好きな花は、散歩の途中で摘んだ野花や、花壇で育てたもの。小さな空き瓶に入れて、部屋に彩りを添えている。

 昔、夫に「家を建てようか?」と言われたとき、「ここがいい」と応えたそう。

「夫はサラリーマンでしたから贅沢はできません。使うなら食べ物や子どもたちの教育にかけたかったんです。今となっては大正解」

 団地は家賃も安く、水まわりの設備など壊れたら修理もしてくれるので管理がラク。

「長年住み続け、どこになにがあるか目をつぶっていてもわかる自分好みのこの部屋で、のんびり暮らしたい。最期となる日もここで迎えられたら最高です」

 夫が亡くなったあとは「1日1品捨て」と決めて、家の中を断捨離。その分、自分の好きな物をそろえていった。

「食器が好きなのですが、お気に入りだけを残して、娘やお嫁さんにもらってもらいました。茶棚にゆとりができて、今では飾るように収納しています」

 手作りの布小物や絵手紙は、愛着があるので、飾って、見て楽しむ。ベッドカバーなど大物も残り糸で編んだもの。

「お気に入りに囲まれていると幸せで、さみしさも感じません。そんな空間であることを心がけています」

節制(2)健康管理 〜体操と階段で自然と丈夫に〜

 毎朝5時に起床して、6時には団地の広場でやっている体操に参加する。

手すりはしっかり持って、バッグは斜め掛けに両手はあけるようにして上る階段。下りはいまだに駆け下りるという健脚ぶり(写真/林ひろし)

「自治体がやっている健康体操を2つ、ラジオ体操第一第二とやります。ほぼ毎日、15年以上続けています」

 このおかげで身体の柔軟性が保てていると感じるそう。その後は、家の近くを10~15分ほどウォーキング。

「お友達と一緒に歩くことも。たわいない会話が楽しいです。本の話になることが多くて、お互いに読んだ本を交換し合ったりしています」

 80歳を越えるとひざや腰に不調をかかえる人も多いが、美智子さんは「特別痛いところはない」と言う。

「自宅は4階で、団地だからエレベーターなどありません。50年以上1日に2~4回は上り下りをしているので、それがいいトレーニングになっているのかも」

 無料でできる体操だと思えば、苦にもならないとか。

「駅でもほとんどエスカレーターは使いません。だから足腰は丈夫ですよ」

 とはいえ、87歳になりケガもある。しかしこれまで大病もせず身体は健康そのもの。日々習慣化された運動で、ムダな医療費などはかからずに済んでいる。

節制(3)食事バランス 〜ムダを出さずにすべていただく〜

 戦中戦後の食べ物のない時代に育ったことから“食べ物は捨てたくない、ムダを出したくない”という思いが強い。

「野菜の皮は玉ねぎとジャガイモ以外はほとんどむきません。ムダも出ないし、手間も省ける。皮の栄養分もとれるので良い点ばかり」

 大根や野菜の切れっ端、キャベツの芯などがあったら、全部刻んでスープにする。たくさん作って冷蔵しておき、食べるときにカレー粉を入れたり、トマトを加えたりして味に変化をつけているそう。

キャベツはせん切りにして600Wのレンジで3分ほど加熱。飲み込みやすい状態にして冷蔵庫にストックしておくと、サラダや付け合わせに便利(写真/林ひろし)

「捨てるものがないから、ゴミ捨ても一番小さな袋にちょっとで済んでいます」

 家計簿は独身時代からの習慣。お金を使ったらその日のうちに現金出納帳にメモをし、半月ごとに家計簿にまとめている。

「翌日になったら何を買ったか思い出せなくなるので、その日のうちに記帳します。これのおかげで“何に使ったかわからないのにお金が減っている”という漠然とした不安もありません」

 食費の目安は1日1000円。まとめ買いはあまりせず、必要なものだけその都度買うスタイルだ。

「食費は月3万円もあれば充分。ただ子どもたちが来たときは、外食などで奮発するので、もう少しかかります」

 食が細くなってきたことで栄養不足が気になり、始めたのが朝のスムージー。ミキサーに、プロテイン、牛乳、小松菜、ごま、おからパウダー、アマニ油などを入れて作る。これに加えてゆで卵1個、りんご半分が朝食メニュー。

「栄養満点なのでサプリメントいらず。タンパク質不足も気になっていましたが、これを飲んでいるから大丈夫と思えるように。あとの食事はいいかげんでも安心です」

 朝食を考える手間もなくし、ルーティン化することで栄養も、心の余裕も手に入れたそう。

スムージーに入れるもの。全部をミキサーに入れるだけなので、あっという間にできあがり。「どんな味?」とよく聞かれるそうだが、癖もなく毎日でも飽きない味だという(写真/林ひろし)

節制(4)趣味や娯楽 〜おひとり様時間を豊かに〜

 習い事は地域で開催しているワンコインで習えるものばかり。

「パナマ手芸のモラや、編み物、洋裁などいろいろ習いました。絵手紙は僭越ながら教える側に回っています。寂しい思いは誰にでもあると思うけど、好きなものを作っていると、1人でも充実した時間が過ごせるんです」

ミシンは得意ではなく、なんでも手縫い。捨てられない端切れを使ってコースターなどに。コロナ禍では、手ぬぐいやハンカチをリメイクしてマスクも手作りしたそう(写真/林ひろし)

 夜になると針仕事をして時間を過ごす。

「今よく作っているのはコースター。古い布を小さく切って刺し子の糸でちくちく縫うだけ。コンパクトなのですぐ完成して楽しいのです」

 コップや、花瓶の下に敷くとちょっといい雰囲気に。

「私の好きな野花と、素朴なコースターの雰囲気がぴったりなんですよ」

 ミステリー小説が好きでアガサ・クリスティはほとんど読んでしまったほど。

「習いごとの仲間に、やはり読書好きな方がいて、読み終わった文庫本を回してくれることも。ありがたく頂戴し、より好みせずに読ませてもらいます」

 それにより石田衣良など新たに好きな作家もできた。

「私も読み終わったらラジオ体操で一緒になる方に回して。本が循環しているのはうれしいことです。寝る前にベッドで本を読む時間は至福のひとときです」

 若いときからおしゃれは大好き。生前整理の中でも、服がいちばん減らせない。でも、今手元にあるのは本当にお気に入りのものばかり。

「以前からイッセイミヤケさんの服に憧れていて、ある日セールをやっていたので思いい切って、ズボンを買って帰ったんです。そのズボンだと何を合わせても決まる。大好きで、10年以上はきました。ひざがすり切れてしまい、泣く泣く手放しましたが」

 上質で気に入ったものを大事に何年も着る。これこそが、無理せずムダ遣いを防ぐ神髄だ。

節制(5)終活とお金 〜伝えるべきことは伝えて〜

 夫のお葬式は、自宅で行った家族葬。

「私と子どもたち家族だけ。夫の思い出話を楽しみながら、にぎやかなお葬式でした。まるで寝ている夫の横でおしゃべりしているようで穏やかに送り出せました」

 祭壇はつくらず、お坊さんも呼ばず、戒名もなし。花や写真は自分たちで用意した。

「精進落としも家でやろうって、デパートで食品を買ってきてやったので、かかった費用は22万円ほど。でも送り出す気持ちがちゃんとあれば十分。そのようなお葬式を私もしてほしいと思っています」

手元に分骨し、毎日仏壇に手を合わせる。「仏壇が小さいかわりに、夫の写真を大きく飾っています。狭いわが家にぴったりです」(写真/林ひろし)

 エンディングノートではなくメモを残す。

「“死んだらここからお金を請求して”“お金はここにあるから、一周忌まではここから使って”など、自分が死んだときのために、気になることはその都度メモして引き出しに入れているんです」

 思いがその都度更新されるので、まとまってノートに書くよりも、メモにするのが便利。

読書は脳を活発にし、教室で習う歌は誤嚥予防などにもなる。身体にも心にもよい時間を多く過ごし、死ぬまで元気でいたいという美智子さん(写真/林ひろし)

「遺産は、不動産もなく投資信託などは解約してあるので、純粋に現金だけ。

 死んだ後にお金でもめたら寂しいので、使い道はすべてメモに残しています」

 生きてるうちに使い切りたい。

「子どもたちが小さいときは、ぎりぎりの生活だったのでお小遣いはほとんどあげられませんでした。

 そのことで我慢をさせたこともあったんじゃないかと思います。だから今は孫にお金を使っています」

 お金を残して死ぬより、自分が生きているときに渡してあげれば「ありがとう」と言われて、お互いに幸せな気持ちになれる。

「自分が贅沢したいと思わないけど、孫や子どもたちに使うのはひとつも惜しくないですね。

 イベント時に使ったり、みんなが来たら外食をするのが楽しみのひとつです」

YouTubeでも人気! 美智子さんのササッとおかず

 ひとり暮らしでも、栄養バランスを考え、3度の食事は自分で用意し、きちんととるようにしているという。かんたんシンプルでも、好きな器を使って、心も満たされる食事に。毎日続けるにはかんたんが一番という、美智子さんの定番をご紹介。

●さつま揚げのチャーハン

さつま揚げのチャーハン(写真/林ひろし)

 卵1個をフライパンで炒り卵にし、取り出す。次にみじん切りにした玉ねぎ1/2個分、細く切ったさつま揚げ2枚分、温めたごはん2杯を入れて塩こしょうで味を調えると、2人分が完成する。タンパク質不足を解消するために、さつま揚げ、ちくわ、笹かまぼこなど練り物を多用するそう。

●大根ときゅうりのしょうゆ漬け

大根ときゅうりのしょうゆ漬け(写真/林ひろし)

 大根ときゅうりを1cm角に切り、器に入れたらしょうゆをひと回しかける。時々まぜて数時間おく。大根ときゅうりから水分が出て、ちょうどいい味に。カレーの福神漬け代わりにも。使う調味料もなるべく少なく「混ぜるだけ」「漬けるだけ」が料理のモットー。

『87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』(すばる舎)著者=多良美智子 ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

【好評発売中】「今が一番幸せ」と言いきる美智子さんの、生き方の秘訣を大公開。希望に満ちた「ひとり老後」指南。『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(すばる舎)

多良美智子さん 昭和9年、長崎生まれ。昔からお金をかけずに家を心地よくする工夫が大好き。中学生だった孫と始めたYouTube「Earthおばあちゃんねる」は登録者数6万人を超える人気チャンネル。「こんなふうに年をとりたい!」の声が殺到している。

(取材・文/樫野早苗)