日本最高齢入居者がいる老人ホームの施設長に聞いた「認知症の家族にやってはいけないこと」(写真はイメージです)

 全国の100歳以上の高齢者が、今年初めて9万人(2022年9月1日時点)を超え、過去最多を更新した。でも、寿命が長いからといって幸せとは限らない。健康で楽しく長生きしたいもの。

認知症との向き合い方

「寝たきりや認知症にならないためにどうすればいいの?」「認知症ってどんな症状?」「家族が認知症になったらどう接すればいいんだろう?」、そんな疑問や悩みを抱くことも。

『施設長たいへんです、すぐ来てください!』(飛鳥新社)を執筆した柴谷匡哉さんは現在、大阪府柏原市で特別養護老人ホーム、ケアハウス、グループホームを運営。こちらの特別養護老人ホーム『はくとう』には、国内最高齢、世界では3番目の長寿、巽フサさん(115歳)が入居している。

 運営している施設の中には認知症の入居者も多く、さまざまな事例を見てきた柴谷さん。今回は、そんな事例を交えながら認知症との向き合い方を語ってくれた。

「認知症の方やまわりに認知症の人がいらっしゃる方に知っていただきたいのはもちろんなんですが、何よりも認知症のことを知らない人に認知症にはこういう症状があるということを知ってもらいたいんです。

 なので、気軽に読んでいただけるように、できるだけわかりやすく、おもしろくということを意識しました」(柴谷さん)

 認知症とひと言でいっても「物盗られ妄想」や「徘徊」「過食」「記憶障害」「収集癖」など症状はさまざま。

「認知症は治すことはできないですが、早めに発見すればゆるやかに進行させることができるし、かかりにくくすることだってできます」と柴谷さん。同居している家族が早期発見できるサインは“言動”だそう。

「加齢による物忘れは誰でも起こることなんですが、われわれの施設では入居者が『物がない、お金がない、ごはんを食べていない』と言い始めたら、認知症の初期症状の危険サインとして注意を払うようにしています」(柴谷さん、以下同)

 家族はまさかという思いから見て見ぬふりをしてしまい、その結果、認知症の進行を速めてしまう可能性があるのだとか。そのためにもコミュニケーションが大切だという。

「最近、言動がおかしいと気づけるのは、その方とちゃんとコミュニケーションが取れているかどうかなんです。ここで紹介するエピソードは、ケアハウスといって自立した生活に不安のある方が入居している施設での出来事なんですが、介護職員と毎日、顔を合わせているからこそ少しの変化に気づいてあげることができるわけです」

 とは言いつつも、家族は認知症の初期症状が出ただけでパニックになることも。そのときは、どうすればいいのだろうか。

認知症の初期症状が出たら?

「僕がよくお話しするのは、自分だけで抱え込まずプロに任せてくださいということです。家族だけで介護するのは限界があります。中には認知症のご両親と息子さんが共倒れになったケースもあります」

 いきなり老人ホームに入居させるのは、介護放棄したような後ろめたさと罪悪感が生まれることも……。そういうときは、ショートステイから始めて様子を見るのがおすすめだそう。

「自分の親が粗相をしてしまうと、元気だった姿を知っているだけに『なんでできないの!』とつらくあたってしまうこともありますが、施設に預けて週に何回か面会に行くようにすれば、お互いの気持ちも安定しているので、笑顔で会うことができます。やっぱり身内に怒鳴られたら、おじいちゃんおばあちゃんも不安になってしまいますから」

施設長は見た!「介護現場」の事件簿

「あの人たち付き合っている!」と嘘のゴシップ話を言いふらすおばあちゃん

 当時35歳の僕が80歳の入居女性と付き合っているという噂が施設で流れました。もちろんそんな事実はないのですが、噂を言いふらしている女性患者のAさん(86歳)は自慢げに“あんた知ってる?”と僕の話をしています。

 Aさんは大のおしゃべり好きで以前からあることないこと話されているタイプ。このような症状は「作話」といって、本人は嘘をついているつもりはなく認知機能が衰えているために起こること。

 このとき大事なのは相手を否定したり責めたりしてはいけません。否定されると周囲に敵意を持ち始め、どんどん症状が悪化してしまうのです。僕もやんわりと否定も入れながらAさんの話に耳を傾け、納得してもらうことで事なきをえました。

大音量でAVを流す、元校長先生

 ある日、入居者の娘さんが僕に相談をしてきました。「父が昼から大音量でAVを流している」と。このお父さんはもともと厳格なタイプで現役時代は校長先生をされていた方でした。

 娘さんは大変ショックを受けたのですが、これは「性的逸脱行為」といって認知症の問題行動のひとつ。卑猥なことを言う、性器を見せる、性行為を迫るといった行動が目立ってきたらもう中期の認知症であると考えられます。

 このような行動は「自尊心を保つため」ともいわれていて、大きな声で叱ったり、怖がったりすると逆効果です。笑顔でかわしたり、落ち着いた言葉で嫌と伝えましょう。日中の活動量を増やしてもらい、エネルギーを性的な方向からそらすのもおすすめです。

「認知症にならないためにできること」

 現在、65歳以上の6人に1人が認知症で、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれています。でも、おびえないでください。認知症にならないために、今日からできることを柴谷さんが教えてくれました。

「認知症の発症や進行を遅らせる可能性がある習慣は、『30分程度の昼寝』『過剰飲酒を控える』『腸内環境を整える』『よく笑う』『喫煙はNG』『肉を食べる』『脳骨筋トレーニング』です。

 僕がいちばんお伝えしたいのは、脳骨筋トレーニング。このトレーニングは骨、筋肉、血管、脳を一度に鍛えることができます。3分ゆっくり歩いて、普段の早歩きより少し速いペースで3分歩くを繰り返すインターバルウォーキングです。

 このセットを1日5回やれば30分歩くことになります。できれば背筋を伸ばして腕を振って太ももを高く上げて歩きましょう。

 さらに友人や家族と一緒におしゃべりしながら歩くと、さらに脳に刺激を与えることができます。

 簡単だと思った方も多いと思いますが、毎日やることが大事。習慣化するためにいちばん大切なのは、すぐにできる簡単なことなんです。1週間、2週間やっただけでは何の効果もありません。簡単なことを長く続けてください。習慣化すれば認知症になりにくくなります。

 ただ生きるのではなく、元気に生きていただくのが僕の願いです。100歳でも寝たきりじゃなくて100歳でも元気でいることを目指して、ぜひ習慣化してほしいと思います」

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柴谷匡哉(しばたに・まさや)1968年、大阪府八尾市生まれ。神戸大学大学院経済学研究科修了。元大阪府議会議員、税理士、行政書士。大学生のときに選択科目で社会福祉の授業を取り、実習のため老人ホームでボランティアを経験。税理士を目指しながらも社会福祉にも興味を持つように。27歳のときに福祉の世界へ。

(取材・文/花村扶美)