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 3歳年上の夫と別居の末に62歳で離婚したという榊さん(仮名)。定年退職後、貯金もないのに働きに出ず、家でいばりちらす夫にほとほと愛想が尽き、家を出てから1年で離婚が成立したという。子どもはすでに独立し、自身もパートで介護の仕事を続けていたので、もう少し働く時間を増やせば大丈夫だとふんだのだ。ところが─。

コロナ禍も拍車か、年々増加する熟年離婚

「離婚して、ほどなくしてコロナが始まり、介護の仕事を減らさなければならなくなりました」

 家で長く過ごすこととなった榊さんは貯金が目減りしていくことに相当な不安を覚えたという。

「離婚前に住んでいたのは持ち家でしたが、夫が相続した土地だったので、共有財産とならず、思ったより財産分与が少なかったのです」

 実家は遠方で、あまり仲の良くない姉が同居しており戻りたくない。

「今のアパートは急いで決めたので、すごく使い勝手が悪いんです。ただ、引っ越したくても、その費用で数十万円飛ぶと思うともったいないし。ここで老後を過ごすのかと思うとなんだか気が滅入ります。こんなことなら家庭内別居で頑張ったほうがよかったかも。夫の介護ができたかはわかりませんが(苦笑)」と、ため息交じりに語った。

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 厚生労働省によると、結婚した夫婦のうち、離婚に至るのは3分の1。中でも目立つのが、20年以上連れ添った夫婦が別れる「熟年離婚」だ。その割合は増加傾向にあり、2020年には、離婚した夫婦のうち熟年離婚の割合が21・5%と過去最高となった。

 若い人と比べて、一般的に、再婚や再就職が難しい熟年女性。不安も大きいはずなのに、なぜ離婚に踏み切るのか……? 数多くの離婚事案を手がけてきた弁護士の原口さんに事情を聞いた。

熟年夫婦の場合、子どもが独立しているので、身軽になっていて別れやすいという面があります。そしてもうひとつ、金銭面でゆとりがあることが大きいですね。特に夫が大手企業に長年勤めた会社員なら、預貯金や持ち家などの資産をしっかり築いていて、退職金もあるので、それなりの額の財産分与が見込めます。

 年金分割によってもらえる厚生年金の存在も大きい。経済的に不自由がないなら、離婚して解放されたいと考える方は多いです」(原口さん、以下同)

 もうひとつ、コロナ禍で目立つようになったのが夫のモラハラ、精神的な暴力を理由とした離婚だ。

特に相談が多いのが、昭和40年前後生まれのバブル世代ですね。男性側が昭和の男尊女卑的な価値観のまま、妻を怒鳴りつける、あるいは理詰めで小言を言う。お金を自由に使わせない。そんな夫がコロナ禍でずっと家にいるようになって、耐えられなくなったというパターンです」

 ただし、忘れてはならないのが、離婚後の生活費問題。住居費に光熱費は今までの生活費を人数割りにした以上の額がかかるし、60歳未満なら国民年金保険料も払わなくてはならない。これらをどうするかが重要なのだ。

婚姻費用、財産分与、年金分割を知っておこう

「すでにフルタイムで働いていれば、離婚に踏み切りやすいでしょう。ただ、熟年女性は専業主婦が当たり前という世代。再就職できても、50代以降につける仕事は給料などの条件がよくない。そのため、別居や離婚にあたっては、夫側からどんな費用が受け取れるか見積もっておくことが必須になります

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 離婚で受け取るお金といえば、まず思いつくのが慰謝料だ。ただ、この慰謝料が、実はあまりあてにできない。

「不倫や身体的な暴力など、相手に明らかな非があっても、200万~300万円くらいにしかなりません」

 ただし、別に受け取れるお金があるという。例えば、別居した場合に受け取る、離婚が成立するまでの生活費=「婚姻費用」もそのひとつ。

「金額は、家庭裁判所が示している算定表をもとに、夫婦の年収、子どもや住宅ローンの有無などで決めます。夫が年収500万円、妻が年収ゼロ、子どもなしなら、月額6万円程度です」

 なお、夫側が婚姻費用の支払いを拒むことはできないが、例外はある。

「妻が不倫をして家出をするなど、婚姻関係を破綻させる原因をつくっている場合は、受け取れません」

 そして離婚が成立すれば、それまでに築いた資産を分け合う「財産分与」を行うことになる。専業主婦も、「家事や育児を通じて財産形成に役立った」という観点から、夫婦で築いた財産の半分を受け取ることができる。また、夫の年金のうち、結婚期間中の厚生年金部分の半分にあたる権利を「年金分割」で得ることもできる。

「別居や離婚に際しては、こうした知識をもったうえで相手側と交渉しましょう。弁護士を立てて交渉する方法もありますし、その費用がない場合は家庭裁判所での調停に持ち込む方法も。調停では、第三者がそれぞれの言い分を聞いたうえで中立的な立場でアドバイスをしてくれますよ」

夫の年収が低ければ経済的困窮が待つ

 ただ、いくら財産分与や年金分割を受ける権利があっても、それはベースとなる夫の収入や資産があればこそ。

「離婚後も生活レベルを維持するには、借金である家のローンがなく、さらに夫の年収が1000万円程度ないと難しいでしょう。財産分与を求めても、貯金がないことにはすぐにはもらえません」

安易に熟年離婚を選んでしまうと、離婚後の人生が困窮するかも……

 給与所得者の平均年収は436万円。働き盛りの50代であったとしても年収が600万円を超える層はわずかだ。

「平均所得からみると、9割の人は生活レベルを落とさざるをえないと考えられます。その後の長い人生を考えると、経済力も重要ですから、相談に来た方にも、まずはその認識を持っていただくようにしています」

 夫の収入や資産が少ない、自分に稼ぐ手段がない、身を寄せる実家もない、ないない尽くしの場合は、「安アパートで困窮生活を送る」覚悟が必要になる。

「夫との生活がつらくてどうしたらいいのか迷ったら、まずは無料の法律相談や離婚カウンセリングを受けて、経済面も見通しながら冷静に考えるといいですね」

【熟年離婚を決めたら始めたい5つのこと】

〈1〉1人暮らしでかかる費用を計算しつつ、仕事を探す
〈2〉預貯金、住宅ローンの残高など資産の状況を把握し、無料法律相談や離婚カウンセリングへ
〈3〉暴力、不倫など、夫に非がある場合は証拠集めを
〈4〉実家に住まわせてもらえるか、保証人になってもらえるか、住まいを確保するため親族に相談
〈5〉夫婦の間に入ってくれる第三者を見つける。家庭裁判所の調停で夫婦関係を修復するための話し合いも可能

熟年離婚の3つのケースを原口先生がアドバイス

【A子さん(62)のケース】

【相談内容】
 性格の不一致で離婚を希望。持ち家があるが、まだローンが残っている。売ってもトントン、もしくはマイナスも考えられる。その他の財産といえば夫が相続した土地があるくらいで、預貯金はあまりない。

【原口先生のアドバイス】
 夫が相続した財産は、夫婦の共有財産には含まれないので、財産分与の対象にはなりません。そして、夫婦の共有財産である持ち家は、売ってもローンの残債を払ってトントン……となると、財産分与はなし。

 夫がサラリーマンで退職金がもらえる場合は、結婚期間に応じてその半分がもらえますが、離婚後の長い人生をまかなえるほどの額にはならないでしょう。もちろん、精神的苦痛からの解放のために、自活する覚悟があるなら、離婚しましょう。

【B子さん(55)のケース】

【相談内容】
 夫の不倫で離婚を希望。夫は自営業で借金もある。国民年金基金や民間の個人年金保険には入っているが夫名義でしか入っていない。自身は結婚後、パート勤務で厚生年金期間は短い。

【原口先生のアドバイス】
 自営業の場合、財産を会社名義にしていたり、蓄えるよりも事業に投資している場合が多いので、財産分与は期待できないケースがほとんど。年金もサラリーマンの方に比べて少ない傾向に。

 慰謝料は多くても200万〜300万円程度。慰謝料、財産分与、年金分割、いずれも期待はできないということです。離婚後、自活が難しいと考える場合は、夫の不倫を許すかわりに、妻名義での貯蓄性の保険に入ってもらう、生活費を増やしてもらうなど、妻の財産を残すような工夫をするというのもひとつの手です。

【C子さん(55)のケース】

【相談内容】
 夫にDV傾向があり、離婚を希望。家に成人した子が一緒に住んでいるが、独立する様子もなく、食費、光熱費など家計は親が負担。分譲マンションをもらえたとしても、共益費、固定資産税などを払っていくのは難しいのではとも思う。

【原口先生のアドバイス】
 子どもは、もう成人しているのですから、まずは自分の身の安全優先で考えましょう。DVの状況が急を要する場合は、被害を受けたらすぐに警察に連絡しましょう。シェルター(DV被害者の避難先)で相談にのってもらうという方法も。自分でなんとかしたい場合は、まずは仕事を探しながら、親族や専門家に相談を。仕事に就いていない場合は、賃貸で部屋を借りること自体が難しいのが現実です。

教えてくれたのは……

円満離婚弁護士 原口未緒さん
10年におよぶ両親の離婚問題、自身の4回の離婚経験をふまえ、離婚に悩む女性に寄り添い、女性を応援する法律事務所を開設。著書『こじらせない離婚』(ダイヤモンド社)にて、前向きに離婚するためのプロセスを紹介している。

取材・文/吉田きんぎょ