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「定年後に自宅売却」の悲惨な末路 定年後の暮らしは年金が頼り、現金収入が少ないなかで貯金を切り崩す生活は不安がつきまとう。

持ち慣れぬ大金に老後計画破綻……

 ならば、持ち家を売って現金化し、田舎や小さめのマンションにでも移り住めばいい……。

 そんな考えがよぎったことのある人も少なくないだろう。

「でも、実際に実行している人は多くない。それほど、60代以降の住み替えは難しいのです。私どもに相談に来た方たちも、思ったとおりにならないことがわかって考えを改める人がほとんど。安易に持ち家を売ればいい、と考えるのはおすすめできません

 と言うのは、数多くの家計の相談にのってきたファイナンシャルプランナーの藤川太さん。頭では理想的な住み替えストーリーができていても、資金面、体力面、精神面と、さまざまな局面で落とし穴が待ち受けているのだ。

晴耕雨読のはずがたったひとりの老後

 定年後、東京都内の自宅を売却し、茨城に移り住んだ佐川さん(仮名・60代男性)の失敗例を見ていこう。

 長年の田舎暮らしの夢を果たすべく計画を立て、定年後、退職金で畑のある自宅を購入することにした佐川さん。うまく進んでいると思っていたが、最後の最後にとんでもないどんでん返しが待っていた。

 なんと、一緒に来てくれると思っていた妻が猛反対。自分は東京に残るというのだ。時すでに遅し……。佐川さんはすでに自宅を売却し、移り住む物件を契約してしまっていた。

「夫は夫婦2人で晴耕雨読の生活をのんびり楽しもうと思っていたんですが、奥さまは友人のいない田舎なんて行きたくないと言い出した。あれこれ説得しましたが取りつく島もなく……。

 当然ついてきてくれるもんだと思っていましたが、勝手な思い込みだったようです」(藤川さん、以下同)

 計画を白紙に戻したくても、すでに自宅は売却済み。結局、佐川さんは田舎でひとり暮らしをし、奥さんは都内で賃貸と、夫婦別々の二重生活を続けるはめに。

 結果、以前より生活費がかかるようになってしまったそう。

「老後の穏やかな暮らしを望んでの決断だったのに、今はお金の心配ばかりがよぎるそう。人生プランがガラリと狂ってしまいました」

憧れの田舎暮らしで失敗ケース(イラスト/伊藤和人)

◆教訓◆
1.家族、特に配偶者とはよく相談すべし
 雑談レベルでは同意していても、本心は違う場合も。「特に女性は所属するコミュニティーを大事にするので、高齢での移住は気がすすまないという人も多いです」

2.田舎生活=安い・快適というわけではない
 田舎は人間関係が密で、都会から移り住むと窮屈に感じる場合もある。「また、買い物や通院には車が必須。その維持費がかかるうえ、運転できなくなったときのことも考えるべきです」

3.自宅を売ったら戻る場所はない
 自宅があれば、田舎になじめなかったら戻る選択肢もあるが、売却したら退路はない。「家は売却するにも購入するにも、さまざまな費用や税金がかかります。何度も売買をするのは現実的ではないため、熟慮するのが大切です」

駅近マンションへ転居はハードル高し

 都下の私鉄沿線の自宅を売りに出し、駅に近い利便性の高いマンションに移り住みたいと考えたのが谷口さん夫婦(仮名・70代)だ。

 自宅は、バブル当時の大ヒットドラマにも登場したニュータウンにあり、敷地面積40~50坪で120平方メートルと広く、子育て時代はよかったものの高齢となった夫婦2人の手には余っていた。

「駅から遠いのもつらくなってきて、半分の広さでいいから駅近の便利なマンションをと思ったようですが……」

 結果から先に言うと、この計画は断念するしかなかった。

「それなりの価格で売却できると思い、ご相談に来たのですが、予想をはるかに下回る値段しかつかなかったんです」

 今の60~70代がこぞって購入したのは郊外の一戸建てが多く、買い手がつきにくくて高く売れないという厳しい現実がある。また、家財の処分も壁となった。

「今ある家財の半分以上を捨てないと、新居のマンションには収まらない。そこまで考えると、この年でやりきれる自信がなくなってしまったらしく、考えた末に、今の自宅に住み続ける覚悟を決めていました」

 便利なマンションでの快適な暮らしが夢の藻くずと消えたのはつらい。だが、資金や体力に不安を抱えながら自宅売却を押し進めても、もっとつらい目にあったかもしれないと思うと、踏みとどまって正解だったのかもしれない。

ダウンサイズの住み替え断捨離失敗ケース(イラスト/伊藤和人)

◆教訓◆
4.郊外の一戸建ては高く売れない
 バブル期に高く買った人は、安くなっていると覚悟をして売却に臨むものの、実際はそれを上回る安さとなるケースは多い。「敷地を分割して売るにも建ぺい率の条件などで売りにくいなど、売却がスムーズにいかない場合も多いです」

5.ダウンサイズの住み替えは家財処分も大変
 狭いマンションに住み替えるには家財の大量処分が必要。「断捨離は体力的にも精神的にもエネルギーを使う作業で、高齢者が実行するのはかなりハードと肝に銘じて」

瞬く間に消えた老後のための大金

 自宅売却を検討する理由は、手元に現金がないからというケースも。最後に残った財産である不動産を売り、現金を得ようというわけだ。

 これを実行したのがひとり暮らしの伊東さん(仮名・70代女性)。自宅を担保に資金を融資してもらう「リバースモーゲージ」という制度(詳しくは左下参照)を利用し、1000万円ほどを融資してもらった。

 金利を払いながらではあるが自宅に住み続けることもでき、老後資金も手に入り、これで安心な老後が送れるはずだったのだが……。

「お金が手元に入ったので、子どもや孫にいろいろしてあげたくなってしまったようでして。そうしたら、あっという間に貯金が減ってしまったんです。

 こんなはずではなかったんですが突然、大金を手にして浮かれてしまったと話していました。たったひとつの財産だった持ち家ももう担保に入れてしまったので、不安で仕方がないと」

 大金を持ち慣れない人が急に高額の現金を持つと、管理しきれずこうなってしまうケースも少なくないのだそう。現金がないと不安、というのもわかるが、現金にするとすぐに使うことができるのも事実。

 売却するにせよ、現金になった資金をどう運用するのか、使いすぎないように前もって準備をするのが大切だ。大金を手元に置く、心の準備もしておいたほうがいい。

自宅を大金にかえて失敗ケース(イラスト/伊藤和人)

◆教訓◆
6.リースバック、リバースモーゲージは最終手段
「手元に現金がなく、かつ自宅に住み続けたい事情がある人にしかおすすめしません」自宅を売ったり、自宅を担保に融資してもらったりする方法だが、どちらも融資額が希望に満たない場合も多いためだ。

7.大金を持ち慣れない人は要注意
 一瞬にして入ってきた大金に浮かれることなく、管理するのはかなりの自制心が必要。使いやすい形で現金を置いておくのは危険を伴う。老後の住み替えに存在する、さまざまなリスク。将来を見据えて自身の終のすみかについてプランを立てておくことが、幸せな老後への第一歩なのかもしれない。

できればやりたくない最後の手段…自宅を現金化するワザ

リースバック
 自宅などの不動産を売却し、売却先と賃貸借契約を結ぶ。所有者は売却代金を得つつ、住み慣れた自宅に住み続けることができるが、売却代金に対して一定の割合で家賃が発生する。

リバースモーゲージ
 自宅を担保にして金融機関から融資を受ける制度。融資によって現金を得られ、金利のみを支払いながら自宅に住むことができる。ただ、融資額は売却する場合の値段より少なく、半額以下となってしまうケースも。

(取材・文/野沢恭恵)