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 刑務所に入る受刑者は全体的には減ってきているものの、高齢女性の受刑者は増えている。しかも、介護が必要なレベルの受刑者も増えつつあるという―。社会保障を専門に取材を続けてきた猪熊律子さんに、その実態と今後の課題を伺いました。

 日本の人口減少などに比例するかのように、刑務所に入る受刑者数も、最近大きく減ってきているという統計がある。ただ、受刑者全体における女性受刑者の割合は増え続けており、中でも増加率が著しいのが、65歳以上の女性なのだという─。

 2023年3月に、そんな高齢女性受刑者の実態に迫ったルポ『塀の中のおばあさん』(KADOKAWA刊)が出版された。著者は社会保障を専門に取材を続けてきた、読売新聞東京本社編集委員の猪熊律子さんだ。女性受刑者の取材を始めて10年以上になるが、なぜ女性受刑者に注目したのだろうか。

「もともとは刑務官全員が認知症サポーターの講習を受けた刑務所(福島刑務支所)があると知り、取材したことがきっかけです。そこは女性受刑者が入る刑務所で、高齢者が多いことに驚きました。部屋の入り口には『軟』『副食きざみ』といった札があって、かたいものが食べられない受刑者に向けて食べやすい食事が用意されていました」

 高齢受刑者への配慮があるとはいえ、刑務所では自由な行動が制限され、高齢でも懲役刑であれば刑務作業をこなさなければならない。暑さ寒さも厳しく、決して居心地のいい場所とはいえない。それでも「社会に復帰しても家がなく、出迎えてくれる人もいないので刑務所のほうがいい」「屋根つき、3食つき。決められたことを指示どおりにやっていればよいので、ある意味、楽」などといった理由で刑務所に戻ってきてしまう受刑者も多いという。

トマトやキュウリを100円分ほど盗んで

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「高齢女性受刑者の罪名の9割は窃盗で、凶悪な犯罪で収容されるというより、微罪とされる万引きで何度も捕まる人が多い。繰り返し罪を犯し、刑務所に戻ってくる女性が多い背景を知りたくて、女性刑務所の取材を続けることにしたのです」(猪熊さん)

 実際に高齢女性受刑者に会って話を聞いた猪熊さんの著書の中には、刑務所への入所は7度目という70代の受刑者の次のような語りがある。

《ここに入って2年近くになります。罪名は窃盗です。お店のものを、100円かそこら盗んじゃったんですよ。トマトやキュウリ1本ぐらいでここに来ちゃった。主人がね、といっても、私にとっては二度目の亭主で、それも数年前に離婚したんですが、その人が酒乱でね。飲んで、殴る、蹴るをするんで。その腹いせっていうわけでもないんだけど、私もばかでやんなきゃいいのに、窃盗をしてしまって》(『塀の中のおばあさん』より)

 80代で入所3度目の女性は、夫に先立たれた寂しさで万引きをしたと語る。

《なぜ万引きをしてしまったのか。ここに入ってから、部屋で、ずうっとそんなことばっか考えているんですけど、やっぱり、寂しさがあったのかなと思う。時間が余り過ぎていて、孤独が中心にあったんじゃないかと思います》(『塀の中のおばあさん』より)

 多くの受刑者は「寂しい」という言葉を口に出し、70代の受刑者のように「犯罪の加害者ではあるが、DV(配偶者や恋人からの暴力)や虐待の被害者でもある」というケースも多い。

特異な人ではなく、どこいにでもいるおばあさん

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「話を聞いた受刑者は、特異な人というよりは、どこにでもいるおばあさんという感じでした。窃盗をする背景には、困窮以外に、孤独や寂しさ、ストレスなどが挙げられます。取材では、若い年代の受刑者にも話を聞きましたが、総じて、厳しい成育環境によって、感情統制が苦手、自己承認欲求が強い、自己肯定感が低いといった傾向があるように感じられました。刑務官は『生活に張りがあって、家や社会に居場所がある人はここには来ない』『家族関係が悪かったり、社会とのつながりがなかったりして、孤立している人が目立つ』と話していました。社会のなかで生きづらさを抱えた人たちが何度も罪を犯し、刑務所に戻ってきてしまうのでしょう」(前出・猪熊さん、以下同)

 同じような生きづらさを抱えていても罪を犯さない人が大半だが、誰もが何らかのつまずきや過失によって犯罪者になってしまう可能性はある。

「元厚生労働省の事務次官で、冤罪により拘置所に勾留された経験を持つ村木厚子さんが『生きる上で多くの困難を抱えた人はみな逃げ場を探していて、そのひとつの形が犯罪ではないかと感じます』と話されていました。犯罪に至らないためには、困ったときにSOSを出せる場所を持っておくことが歯止めになると思います。怒りやストレスをため込んで、それを爆発させてしまい、万引きや薬物につながることも多いので、ふだんから小さなSOSを出してストレスをため込まないことが大切です。また、今の環境がすべてだと思わず、別の世界があることも知ってほしい。そのために手軽にできることのひとつは、本を読むことではないかと考えます」

高齢女性受刑者が増える社会的背景

 女性受刑者全体における高齢女性受刑者の割合は、ここ30年ほどで10倍に増えている。これからの超高齢社会では、ますます増加することが危惧される。受刑者を増やさないためには、経済的な自立を目指すことも必要だ。

「刑務所では、さまざまな職業訓練が行われていて、介護、エステ、ネイル、パソコンなどの技術や資格が取得でき、社会復帰に役立てています。中には、ハローワークが常駐して、出所後に向けた就労支援をしている刑務所もあります。女性は長生きなのに低賃金、低年金になりやすく、貧困にも陥りがちです。自立して働き続けられる社会をつくることが、女性の犯罪を減らすことにつながるのではと考えます」

 また、窃盗は摂食障害や精神疾患とも関わりがあり、病気が引き金で犯罪者になってしまうこともある。

「犯罪の種類によっては、刑罰よりも治療や教育、生活支援が必要だと考えられるケースもあります。受刑者の年齢や特性に合わせ、刑務作業と指導を柔軟に組み合わせた処遇を行えるようにする改正刑法が昨年、成立しました。再犯防止につながることが期待されています」

“刑務所は社会の縮図”という言葉があり、受刑者の実態は社会問題を映し出している。

「塀の中は経済不安や生活不安が凝縮した場所のように見えます。また、『塀の中のおばあさん』が増えることは、介護が必要な受刑者が増え、刑務所が福祉施設化することを意味しています。刑務所の運営は税金で賄われているため、『税金で犯罪者を手厚く支援するのはいかがなものか』と考える人もいるでしょう。ただ、受刑者には、成育環境によって、本来受けられたはずの教育や支援、医療などを何らかの理由で受けられなかったケースもあると思われます。社会が税金を使ってその立ち直りを支援すれば『自分は見捨てられているわけではない』と受刑者が感じ、再犯から遠のく可能性もあります」

『塀の中のおばあさん女性刑務所、刑罰とケアの狭間で』(KADOKAWA刊 税込み1034円)※書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

必要とされるのは誰かが支えてくれる社会

 高齢女性受刑者への取材を通して、社会的な課題を考える必要があるという猪熊さん。

「教育や雇用の機会、寄り添い型の支援があれば、刑務所に入らずに済んだのではと思われるケースも多く、心が弱ったときに誰かが支えてくれる社会をつくっていくことが必要だと感じました。最近は貧困家庭などの子どもたちに食事を提供する『子ども食堂』の動きが活発ですが、その高齢者バージョンや、高齢者と子どもが一緒に食事やおしゃべりができる場があると、抱えている問題に周囲が気づきやすくなり、孤独や寂しさの軽減にもつながるのではないでしょうか。最後に、社会保障制度というと『負担』の話ばかりと思う人が多いかもしれませんが、『給付』もあります。社会保障の知識が、自分の身を守ることにもつながります。ぜひ、年金、医療、介護、雇用といった社会保障にも関心を持っていただければと思います」

取材・文/紀和 静

猪熊律子さん いのくま・りつこ 読売新聞東京本社編集委員。1985年読売新聞社入社。2014年社会保障部長、'17年編集委員。専門は社会保障。'98~'99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA刊)など