帯状疱疹ワクチンを接種したほうがいいのでしょうか、専門家が解説します

 外来診療で、「帯状疱疹ワクチンは打っておいたほうがいいですか」と質問されることが増えた。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 さまざまなメディアでの宣伝が増えているからだろう。

 このように聞かれると、私は「接種を強くお勧めします。私も打っています」と答えることにしている。なぜ、私が帯状疱疹ワクチンを推奨するのか。本稿で解説したい。

ストレスや疲労をきっかけに発症

 まずは、帯状疱疹の説明からだ。

 帯状疱疹は水痘ウイルスによって引き起こされる。幼少期に水痘(水ぼうそう)にかかると、通常は1週間程度で治癒するが、その後も微量の水痘ウイルスが体内で生き残り、神経の中に潜伏する。加齢とともに免疫力が低下すると、ストレスや疲労、風邪などささいな病気などをきっかけにウイルスが増殖し、帯状疱疹を発症する。

 初発症状は知覚神経の走行(神経の通り道)に一致した 違和感だ。体幹の神経は、背骨(脊髄)から左右に出て、水平方向に半周して胸側に通っている。このため、違和感はこの神経の通り道に沿って広がっていく。

 そして、これが数日間続いたあと、赤いブツブツや赤み、さらに水ぶくれが表れる。この際、かゆみや軽い疼痛を伴うことが多い。

 帯状疱疹の特徴は、体の左右どちらか一方の神経に沿って症状が表れることだ(写真1)。ときに顔面に生じることもあり、その場合には角膜炎や結膜炎、難聴、顔面神経まひを引き起こす。『四谷怪談』に登場するお岩さんは片側のひたいとまぶたが腫れ上がっている。多くの皮膚科医は、顔面の帯状疱疹がモデルではないかと考えている。

 水痘ウイルスはウイルスの中では珍しく薬が効く。アシクロビルやバラシクロビルなどの抗ウイルス薬を服用すれば、完全に殺すことはできないまでも、増殖を抑制し、自らの免疫でコントロールできるレベルまで抑えられる。

つらいのは「後遺症の激痛」

 帯状疱疹が厄介なのは、皮膚症状が消えたあとも長期間にわたり痛みが続くことだ。これを「帯状疱疹後疼痛」と呼ぶ。

 帯状疱疹後疼痛は、水痘ウイルス感染が神経を傷つけるために起こる。神経には再生能力がほとんどないため、痛みは長期間にわたって続く。患者は「針に刺されたような痛みがいつまでも消えない」「風が吹いても痛い」「服が触れると痛む」などと訴える。

 疼痛に対しては早期にペインクリニックを受診し、麻酔薬などを用いて神経を麻痺させる神経ブロックなどの治療を行うことが推奨されているが、それでも痛みは完全にはコントロールできない。

 さらに、帯状疱疹の後遺症は疼痛だけではない。

 近年のイギリスや韓国の観察研究から、脳卒中や心筋梗塞など多くの疾患リスクを上げることも知られるようになった。発症後の最初の半年が特に危険らしい。その正確なメカニズムは今のところ解明されていないが、帯状疱疹は患者のQOL(生活の質)だけでなく、生命予後にも影響するということだ。

 では、どのような人が帯状疱疹を発症しやすいのだろうか。

 糖尿病やがん、臓器移植など、病気や薬の影響で免疫力が低下した人は特にハイリスクだが、基本的に誰でも発症しうる。若年者でも疲労が蓄積したり、ストレスにさらされたりすると発症することもある。大相撲の逸ノ城関は、2014年の九州場所を帯状疱疹で欠場したが、これなどその典型だ。

 ただ、疫学的に帯状疱疹の発症リスクは加齢とともに高まる。特に50歳を超えるとリスクは急上昇する。

 外山望医師(宮崎県皮膚科医会)らが、宮崎県内で1997年から2006年に発症した帯状疱疹患者を調査したところ、50代の発症率は1年で1000人あたり約5.4人、60代で約7.0人、70代で約8.0人と上昇していた。50代から80代までに、およそ2割の人が発症する。

 この研究によると、帯状疱疹の患者数は増加傾向を示しており、1997年から2006年にかけて発症率は約2割高まったという。高齢化が進むわが国で帯状疱疹は重大な疾患だ。

 この帯状疱疹に対し、世界では予防法が研究されてきた。その中核は予防接種だ。試みられたのは、子どもの頃に接種した水痘ワクチンを再接種することだ。

ワクチン接種で痛みが7割減少

 1999年にはアメリカ・メルク社が主導し、大規模な臨床研究が始まった。60歳以上の約3万9000人を対象とした水痘ワクチンとプラセボ(偽薬)を接種する臨床試験を実施したところ、ワクチン接種群では帯状疱疹が61%、帯状疱疹後疼痛が67%減少していた。

 注目したいのは、このときに使った水痘ワクチンの力価(強さ)だ。平均して2万4600PFU(プラーク・フォーミング・ユニット:ワクチンの力価の単位)で、アメリカでの乳幼児用の水痘ワクチンの約14倍にものぼる。

 水痘ウイルスは高齢者では持続感染している。それは宿主(ヒト)の免疫を逃れるメカニズムが存在しているからだ。したがって、初感染を予防するための乳幼児ワクチンを高齢者に流用しても、その効果は十分ではない。メルクは力価を強めることで、この問題を克服した。

 余談だが、わが国の小児用の水痘ワクチンの力価は3万PFU以上とされている。理論的にはこのワクチンをそのまま使える。

 話を戻すが、メルクは、このワクチンをゾスタバックスと命名し、2006年にアメリカ、EU、カナダ、オーストラリアで使用認可を得た。

 さらに対象を拡大したメルクは、2010年10月に50代の成人を対象とした臨床試験を実施し、その結果を発表した。この試験では、帯状疱疹の発症率が70%低下した。これ受けて2011年3月には50~59歳への使用もアメリカで承認された。これにより、帯状疱疹の世界的な予防の基準は50歳以上となった。ゾスタバックスの接種は急増し、2011年の売り上げは約3億3200万ドルに達した。

 ゾスタバックスは大型医薬品に成長したが、ほどなくライバルが現れる。イギリスのグラクソ・スミスクライン社(GSK)が開発したシングリックスだ。

 GSKはワクチンの免疫効果を高めるため、アメリカのアジェナス社が開発した「QS-21スティミュロン」という化合物を添加した。このような添加物はアジュバントと呼ばれ、ワクチンの効果を高めるために、しばしば用いられる。近年のワクチン開発競争は、アジュバントの開発にかかっているといっても過言ではない。

 シングリックスは2017年10月にアメリカで承認された。50歳以上の成人約1万6000人が参加した臨床試験で、帯状疱疹の発症頻度を97%低下させた。ワクチンの効果が期待しにくい高齢者にも有効だった。70歳以上の高齢者に限定して解析しても、90%もリスクを減らしていた。

 2018年1月、アメリカ疾病対策センター(CDC)は免疫が正常な50歳以上への2回接種を推奨。ゾスタバックスの接種歴がある人にも、今後はシングリックスを接種するよう勧めた。

 前述したようにシングリックスにはアジュバントが含まれている。アジュバントは免疫を活性化させる。つまり、無理に強い炎症を引き起こすため、接種部の腫れや疼痛はゾスタバックスより強い。だが、重大な副作用は少なかった。GSKが実施した市販後調査では、約320万回の接種で入院を必要するような重篤な有害事象は4件だけだった。

 このような研究報告を受けて、シングリックスの使用は急増した。発売からわずか5カ月で、アメリカでの帯状疱疹ワクチン市場の90%以上のシェアを確保し、発売初年度の売り上げは10億ドルを超えた。

 わが国ではゾスタバックスは未承認で、シングリックスは2018年3月に承認されている。

 残念なのは、わが国ではシングリックスは予防接種法上の法定接種になっていない。このため、原則として費用は自己負担だ。私が外来診療しているナビタスクリニック新宿の場合、ワクチン接種の費用は2万5000円だ。2回接種が必要だからあわせると5万円となり、負担は大きい。

 ただその一方で、接種費用を負担する自治体も出始めている。新宿区の場合、1回あたり1万円、最大2回の接種費用が助成される。接種をご検討の方は、ぜひ住んでいる地域の自治体の情報をご確認いただきたい。

ワクチンで認知症リスクが低下?

 確かに、帯状疱疹ワクチンの接種費用は高額だ。それでも、私は接種をお勧めしたい。なぜなら帯状疱疹ワクチンは、発症の予防以外にもさまざまな効能がありそうだからだ。

 その可能性の1つが認知症予防だ。

 今年6月、イギリスの『ネイチャー』誌は、「帯状疱疹ワクチンは認知症のリスクを減らすか。大規模研究がその関連を示唆している」というニュース記事を掲載した。この記事で紹介されたのは、イギリス・ウェールズ地方の約30万人の健康記録を分析したところ、ワクチン接種者では、認知症のリスクが約20%低下していたという疫学研究だ。

 認知症の1つ、アルツハイマー病の発症には、アミロイドβの蓄積以外に、ヘルペスウイルス属の持続感染が関与することが示唆されている。その1つが帯状疱疹を引き起こす水痘ウイルスだ。もちろん、この可能性はまだ十分に実証されてはおらず、今後の検証が必要だ。ただ、それでも認知症を予防できる可能性というのは魅力的だ。

 帯状疱疹ワクチン接種は自分だけでなく、周囲の人にも有益だ。それは、水ぼうそうにかかったときほどではないが、帯状疱疹も周囲に水痘ウイルスを拡散するからだ。帯状疱疹を予防することは、病気に対する抵抗力が弱い子どもや免疫力の落ちた病人、さらに妊婦を水痘感染から守ることになる。

 これが帯状疱疹ワクチンの現状だ。接種されることをお勧めしたい。


上 昌広(かみ まさひろ)Masahiro Kami
医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。