ヘアスタイルも型にハマらずトライ(写真提供/地曳いく子さん)

「今、64歳。還暦を機に始まった、人生の新たなステージを楽しんでいます」

 そう話すのは、数々の有名ファッション誌で40年にわたって活躍するスタイリストの地曳いく子さん(64)。

60歳を過ぎたら体力・気力の衰えがリアルに

 現役で仕事を続ける傍ら、63歳を過ぎてスイミングを始めるなど、プライベートもエンジョイしている彼女。

 しかし60代をポジティブに受け入れて過ごせるようになったのは、ここ1年ほど。還暦を迎えた頃は悩みの連続だったと振り返る。

「50代は、多少の身体の変化はありましたが、まだ思いどおりに過ごせました。むしろ、60歳を迎えることが楽しみだったほど“年齢はただの数字”という感覚でした。でも、実際に60歳を過ぎたら、体力や気力の衰えがリアルになりました」(地曳さん、以下同)

 還暦とともに訪れたコロナ禍もダブルパンチだった。人と会わない日々が続いたことで、気力が低下。外出の機会が減って、足腰が弱くなり、ペットボトルのふたが開けづらくなるほど体力が落ちた。

「指の関節も少し曲がってしまって。祖母も同じように曲がっていたことを思い出して、ショックを受けました。加齢は白髪だけじゃないんだなと」

季節の衣替えと同じく人生には衣替えが必要

 50代から女性ホルモンが減少し、精神的に不安になることも。“これまでと同じではうまくいかない”と気づくことが増えたと話す。

「季節が自然と移ろうように、人生の季節も秋から冬に変わったのかなって」

 あるとき、そう思えるようになったことが気持ちを切り替える転機となった。季節が変われば、過ごし方が変わるのは当たり前だと思え、年齢による衰えも受け入れられるようになってきた。

「スマホやスマートウォッチが普及し、幼いころにアニメで見たようなデジタルで近未来的な世界が現実になる時代。自分だけ“アップデートされていない”ではいられません。ファッションだって同じ。

 年齢とともに体形が変わったり、お出かけ先が変わったりして、“テッパン”だと思っていたワンピースが似合わなくなるのは当然です。

 それを受け入れずに“あのころはよかった”なんて昔の考えやファッションを引きずっていたら、若作りならぬ“老け作り”になってしまいます!(笑)

 季節の衣替えがあるように、“人生の衣替え”も必要だなと痛感しました」

 自分の場合は還暦というタイミングだったが、例えば退職や子どもの独立、親の介護のスタートなど、人生の節目を迎えたときも、“季節”に合った生き方にシフトする機会だと語る。

「多様性が重視されるようになり、昔のように“60歳だから、こう生きるべき”という視点は減りました。こんな時代にBBA(ババア)になれたのはラッキーだと感じます。

 周りの目を気にせず、自分が心地よく年を重ねられるような生活や装いに変えて、今を軽やかに生き抜いていきましょう!」

ハイブランドの服も今の自分を素敵に見せなければ意味がない

 還暦後のオシャレは“自分のご機嫌を取るためにしてほしい”と地曳さん。

「仕事や子ども関係の人付き合いなどが少なくなる60代は、より自由に自分の好きな洋服が着られる“よい季節”だと思います。自分が心地よいと思えたり、気分がアガるファッションを選んでほしいですね」

 そのために、まず地曳さんがおすすめするのはクローゼットの整理。人生の節目に行い、これからの生き方を考えるきっかけにするのはもちろん、ホルモンの影響で気持ちがふさいでしまったときのカンフル剤としても役立つと提案する。

 では、60代を心地よく生きるための“衣替え”はどのように行えばよいのか? また“若かりしころ”にとらわれず、“今の生活”を大切にした地曳流の衣替えのコツとは?

地曳いく子流クローゼット整理6か条
□5年前のホメられ服、今も似合うと思うな
□ハンガーにかけたままでジャッジするのはNG
□「1000円出してクリーニングしてまで着たい?」と自問自答を
□「捨てるに惜しい」と思うときこそ処分しどき
□「あったら便利」はなくていいモノ
□自分の手に負える量以上の服は持たない

60代に“一生もの”なんて不要です!

 まず重要なのは、“過去のテッパン服”を今までの感謝を込めて手放すこと。5年前に「似合うね」と褒められた服だとしても、今は着る気分ではない、ピンとこないと思ったら潔く処分する。

「輝かしい思い出が詰まっている洋服かもしれませんが、今の自分をときめかせてくれるものでなければ意味がありません」

 見ただけで判断がつかない場合は、必ず試着を。“太って見える”“老けて見える”といった感覚で判断がつきやすくなる。

 体重は変わらずとも、加齢とともにバストの位置や肉付きが変化しているので、購入時のようなシルエットにはならないことが多いからだ。また、クリーニングに出してでも着たいかどうかもジャッジする際の基準に。

遊び心があり“大人にも似合う”愛用の白スニーカーはY-3のもの(写真提供/地曳いく子さん)

「持っているだけで気持ちが高まるという服なら、置き場に困っていなければ無理に処分しなくてもいいと思います。でも、“思い出服”が多いと、今似合う服を置く場所を圧迫してしまうので、できるだけ減らしましょう」

 先々を考えて洋服を取っておくのもナンセンス。

「“数年後でも似合うかどうか”なんて、考えても仕方ありません。気候変動で夏がどんどん暑くなり、着られる服が変わるかもしれませんし、何よりこの先の自分に似合うだろう服を今着たところで、素敵だなとは思えないはず。

 今日の自分がいいなと思える服を優先しなければ、気分を落ち込ませてしまう」

 一気に捨てるのが忍びないなら、フリマサイトなどで売って、欲しい誰かに“譲った”つもりになるのもよし。

ジムのプールには“推し”のインストラクターを目当てに楽しんで通う(写真提供/地曳いく子さん)

「“惜しいな”と思うときが手放しどきです。今なら数千円で売れるものが、1年後には数百円になることも。高価なアクセサリーも“一生もの”などと思わず、今の自分に合うものだけを残して売却してよいと思います。

 だって、60代の今の時点で一生ものと言っているということは、80歳や90歳まで使うということ。現実的ではないですよね」

 手持ちの洋服は1シーズンで大きなスーツケース2個分を目安に減らしていくこと。

「機会があれば着るといった“あったら便利”という程度の服もなくて大丈夫です。今は、ネットであらゆるものがすぐに入手できる時代ですから、予防策的に持っておく必要はありません。

 それに、年齢を重ねると把握できる持ち物の量に限度が出てきますから。多すぎると手に負えなくなります」

 手始めに下着や靴下から手をつけると、要・不要の選別がしやすく、整理の勢いがつくのでおすすめだ。

ユニクロもサイゼリヤも大好き。頑張りすぎない今が最高です

「60代になって、気張らず、心地よい洋服を選ぶようにしてからは、より楽しく過ごせるようになりました。それは、この年代になった自分と生活を愛し、認めることにもつながっていると感じています」

 と地曳さん。この選択ができるのは時代の波も大きかったと考えている。

想像していた60代と違うからこそ楽しい

「若いころ、私のなかで60代の女性は、絽(ろ)の着物を着て、花を生けて、桟敷席でお弁当をいただきながら歌舞伎を見るというイメージでした。でも、今の時代はまったく違いますよね。

 良くも悪くも、こんなにイージーでカジュアルな60代になるとは想像もしていませんでした。でも、せっかく昭和、平成、令和と3つの時代を生きているのだから、昔の常識を引きずらず、時代の流れに乗らないともったいないなと

愛用のプチプラコスメでトレンドを取り入れている(写真提供/地曳いく子さん)

 例えば、かつて若者のファストファッションのイメージがあったユニクロやGUも、「いいな」と思えば取り入れている。友人とサイゼリヤへ行き、グラスワインで乾杯するのも楽しみの1つだ。

「最近のヒットはDAISOで330円だったクッションファンデーション。薄づきですが、今風の仕上がりになるからデイリーにぴったりなんです。

 気兼ねなく使えるのもいいなと。バブル期を過ごした20~30代の自分からは考えられないけれど、時代が変わったのだから、変わらないと」

 “60代はこうあるべき”というイメージや他人の目に縛られず、今のトレンドも取り入れながらオシャレや生活を“自分軸”で楽しむこと。そこには、63歳から始めたスイミングで出会った先輩マダムたちからの学びもあった。

「63歳になってすぐ、歩けないほど腰を悪くしてしまいました。還暦を迎えるってこういうことかと落ち込んだ気持ちで、改善のためにプールに通ったら、そこには競泳水着で力強くバタフライを泳ぐ70代、80代の先輩方がたくさんいて。

 服装もカジュアルで、すごくカッコよかったんです。こういう年の重ね方が素敵だと思いました」

ユニクロ×マルニのワンピで小粋に(写真提供/地曳いく子さん)

先のことにとらわれず50代は50代を謳歌して

 そんな60代を謳歌する地曳さんが、これから還暦を迎える世代に伝えたいのは“まずは今を楽しんで”ということ。

「秋は秋、冬は冬の楽しみがあるように、年齢を重ねてもその年代ごとに自由に生きられます。そうはいっても、還暦を過ぎると、少なからず気力・体力・財力が落ちるのは避けられません。

 やっぱり身体的にも60代より50代のほうができるオシャレの幅も広いと感じます。人生は短いですから、不確定な先のことにとらわれず、素敵だなと思うものは今着てほしいし、今トライしてほしい。

 それを続けることで、どの“人生の季節”も自分らしく過ごしていけるはずだと思います」

ヘアスタイルも型にハマらずトライ(写真提供/地曳いく子さん)

 一方、先を見据えて備えるなら「体力づくり、歯の治療は早めに」とアドバイスする。

「ウォーキングだけでもよいので、50代のうちに始めておけば、年齢を重ねたときに身体がラクです。歯も60歳を過ぎると一気に不具合が出てくるので、早めにメンテナンスを。あとは、肌の保湿も。

 見た目年齢を大きく左右します(笑)。それ以外は、備えすぎなくて大丈夫。その時々に快適な過ごし方を選んで、人生を楽しみましょう!」

地曳さんからアドバイス「50代にしておきたいこと」
・体力をつけておく
・歯のメンテナンスをする
・肌の保湿を怠らない
・ヘアスタイルもファッションもチャレンジしてみる

じびき・いくこ スタイリスト。1959年生まれ。『non-no』『MORE』『SPUR』など、数々のファッション誌で活躍。現在は、ファッションアイテムのプロデュースからトークショーなど幅広く活動する。『60歳は人生の衣替え』など著書多数。(写真提供/地曳いく子さん)
じびき・いくこ スタイリスト。1959年生まれ。『non-no』『MORE』『SPUR』など、数々のファッション誌で活躍。現在は、ファッションアイテムのプロデュースからトークショーなど幅広く活動する。『60歳は人生の衣替え』など著書多数。

(取材・文/河端直子)

 

ヘアスタイルも型にハマらずトライ(写真提供/地曳いく子さん)

 

ユニクロ×マルニのワンピで小粋に(写真提供/地曳いく子さん)

 

遊び心があり“大人にも似合う”愛用の白スニーカーはY-3のもの(写真提供/地曳いく子さん)

 

ジムのプールには“推し”のインストラクターを目当てに楽しんで通う(写真提供/地曳いく子さん)

 

愛用のプチプラコスメでトレンドを取り入れている(写真提供/地曳いく子さん)

 

服も季節も衣替え