容疑者が押し入ったたばこ店は品揃えの多さで知られていた

 東京都江戸川区の街角にあるそのたばこ店は、珍しい外国産銘柄を置くなど豊富な品揃えで知られていた。昭和40年代から店を続ける男性店主(88)が襲われたのは11月24日午後6時40分すぎのこと。

「たばこ店の事務所に押し入った男は、店主に刃物を突きつけて“金を出せ”などと脅迫。顔面を複数回殴るなどの暴行を加えたほか、居合わせた72歳養女の首を絞め、“金だけ出してくれればすぐいなくなる”などと言って現金5万円を奪って逃げた。店主は顔面骨折の重傷、養女は首を捻挫する軽傷を負った」(全国紙社会部記者)

 事件から約3週間後の12月14日、警視庁小松川署が強盗致傷と住居侵入の疑いで逮捕したのは、犯行現場から約400メートルの同区西小松川町に住む職業不詳・宮哲夫容疑者(71)。前期高齢者が後期高齢者を力まかせに襲っていたことに驚いたが、もうひとつ注目を集めたのは犯行動機だ。

 宮容疑者は容疑を認め、警察の取り調べにこう供述している。

ご飯を食べたい一心から…

「約1年前に無収入となって貯蓄が底をつき、4か月くらい前から食事をまともにとれていなかった。おじいさんが店番をするたばこ店があるのを知っていて、刃物で脅せば簡単にお金を出すと思った。ご飯を食べたい一心から自暴自棄になった」

 犯行後、奪った5万円を持ってすぐ近くのスーパーへ行き、弁当やパンを購入していたという。

 容疑者宅は築約50年の木造アパートで、家賃は推定4〜5万円前後。地元住民らによると、20年ほど前に引っ越してきて以来ずっとひとり暮らし。昨年までは、朝6時ごろ自宅を出て、夕方5時すぎに帰宅する規則正しい生活を送っていた。

「静かな人で会話や挨拶を交わしたことは一度もないんです。路上ですれ違うときも、接触を避けるようにスーッと行ってしまうし、近所付き合いが苦手なんだろうと思っていました。強盗事件の発生直後は“怖いね〜”とご近所さんと話して戸締まりを厳重にしていましたが、まさかあの人が犯人だなんて思いもしませんでした」(同じアパートの女性住人)

 出勤時はいつもグレーっぽいニッカボッカ姿で職人ふう。愛用自転車のスポーツタイプのサドルをかなり高い位置まで上げてまたがり、さっそうと乗り回した。背が高くスラッとしていて、若者が好むようなツバ付き帽子をかぶったり、ジーンズを履くなどおしゃれな面があり、せいぜい60代にしか見えなかったという。

「酒もたばこもやらなかったんじゃないかな。いるか、いないかわからないほど存在感は薄かったけど、ときどき自炊はしているようだった。フライパンを返して炒め飯をつくるような音が部屋から聞こえたから」(同じアパートの男性住人)

 様子が変わったのは昨年ぐらいから。自宅前に自転車が停まりっぱなしになり、外出する姿を見かけなくなった。

 今年2月、ちょっとした騒動が起こる。宮容疑者の知人か親族筋から“ずっと連絡がとれないので部屋を見てほしい”と相談があり、アパート関係者と警察で部屋に立ち入ったという。

「なんのことはない。部屋の中でゴミに埋もれ寝ていたんだって」(前出・男性住人)

 供述が事実ならば、すでに収入がなくなり貯金を切り崩していた時期だ。室内は荒れてゴミ部屋のようになっていた。

 近所付き合いを避け、騒音やゴミ出しマナーなどのご近所トラブルも起こさず、目立たない生活を送りながら唯一、我を出した場所が地元の銭湯だった。アパート関係者によると、宮容疑者の部屋には風呂がない。スウェット上下で洗面器やタオルを手にサンダル履きで毎日のように通い、いつもこざっぱりとしていた。

うめるな。オレは熱いのが好きなんだ

 ふだんは無口なのに銭湯では違った。

「湯船のお湯が熱くて水で薄めようとする客がいたとき、“うめるな。オレは熱いのが好きなんだ”と叱っていました。あるいは脱衣場で扇風機が回っているとき、中高生ぐらいの男の子が“寒いので止めていいですか”と尋ねると、“ダメだ。オレは暑いんだ”と突っぱねた。頑固というか、変わっているという印象を受けました」(銭湯の常連客)

 その銭湯は昨年閉業したため、また別の銭湯で見かけるようになったという。

 やがて貯蓄は底をつき、銭湯通いどころではなくなったのだろう。毎年、冬季直前になると、ストーブ用の灯油購入代金を封筒に入れて玄関にぶら下げていたというが、今年はその封筒が出なかった。

 アパート周辺が騒然としたのは逮捕前日のこと。十数人の私服刑事らが容疑者の部屋を取り囲み、「開けろー!」とドンドン玄関の扉を叩いた。やがてひとりの刑事が「なにしてんだー!」と怒鳴ったという。

「宮容疑者が座布団にオイルライターで火をつけたらしい。すぐに警察官が座布団を外に出し消火したため、延焼は免れたが、下手をしたらこっちまで焼け死ぬところだった」(前出・男性住人)

逮捕前、座布団に火をつけるなどしてケガをし、ストレッチャーで運ばれる宮哲夫容疑者(写真左側の白いフードをかぶった人物=目撃者提供)

 目撃者らによると、宮容疑者は首から血を流し、手にもケガを負っていた。捜査の手がおよんだことを察知し、また自暴自棄になったのか。身柄を確保されると白いパーカーを頭からすっぽりとかぶり、ストレッチャーに乗せられ救急車で運ばれていったという。

 被害に遭ったたばこ店店主のその後の容態について、店主の親族男性は、

「いまは意識もはっきりして命の心配はしていません。殴打された後は気絶しましたが、最近は店の帳面をつけているみたいです」

 と話す。後日、店主本人にも会えたが、

「ケガの経過? あんまり大丈夫ではない。話はできない。事件のことはもう思い出したくないんだ」と表情を曇らせた。

強盗なんてすることなかったのに

 年の瀬、空腹に耐えられなかったという信じがたい犯行動機が判明した事件について、アパート周辺や地元商店街などから「強盗なんてすることなかったのに」との声が相次いだ。

「親族や友人、知人、近隣住民にお金を借りようとすればよかった。貸せなくても話は聞いてくれるだろうし、生活保護を受けたらどうかとアドバイスをもらえたはず。賞味期限切れすぐの弁当ならばどこかで貰えたかもしれない」(地元の商店主)

 逮捕時にはすっかり老けて、ひとまわり小さく見えたという。自宅アパートの実況見分に立ち会った宮容疑者は手に包帯を巻いていた。

 その様子を見た前出の女性住人は、「やっぱり小さくなりましたね。痩せた筋肉質だったのにガリガリのおじいさんになってしまった。結果として見守れなかったのが残念です」とつぶやき、近所の住民は「被害者のことを考えると同情してはいけないんでしょうが、お腹が空いて犯罪に走るなんてかわいそうな気もするんです」と話す。

 下町人情の残る温かい街で暮らしながら、なぜ最悪の選択をしてしまったのか。