
「最近は冷房の効いた室内など、思ってもみない場所で脱水症になる方が増えたことから“隠れ脱水”という言葉が広まってきています」
そう話すのは、内科医の安藤大樹先生。
初期症状はめまいや立ちくらみ
そもそも脱水症とは、体内の水分が不足することで起こるさまざまな症状のこと。そして進行するまで症状に気づかず、有効な対策がとられないことを隠れ脱水と呼んでいる。
「人間の身体の約60%は、体液などの水分でできています。1日に呼吸や汗、尿や便などで身体から失われる水分量は約2.5L。食事の摂取や体内でつくられる水分は約1.3Lなので、飲料水としてあと1.2Lの摂取が必要です。
しかし発汗量が増えたり、食事や水分摂取量が減ることで、徐々に隠れ脱水は進行。そこに暑さや湿度が加わると熱中症になってしまうんです」
特に湿度の高い季節は水分が蒸発しにくいため汗をかきづらく、気づかぬうちに脱水症が進んでしまう。代表的な初期症状としては、めまいや立ちくらみがあげられる。
「熱失神という、一瞬気が飛ぶような失神も初期症状です。炎天下の運動だけでなく、室内での長時間労働などによっても体内に熱がこもり、脳への血流が減ったり、脳自体の温度が上がることで引き起こされます。
これに加え頭痛や吐き気のような、身体の循環機能が悪化する所見が出てくると、さらに深刻な状態といえるでしょう」
このほかに水分をとっても口や唇の渇きが改善しない、集中力が続かないのも症状のひとつ。脱水のサインは、トイレの間隔が長くなったり、尿の色が濃くなるなどもある。
リスクは若年層よりも中高年やシニア
「気密性の高いマンションでも、隠れ脱水は起こる可能性はあります。風通しが悪く、かいた汗が蒸発しにくいので、体温がなかなか下がらない。すると熱中症リスクも高まっていきます。
そもそも室内で脱水になるという意識が低いので、水分補給が足りない場合も多いですね。そして夜間の隠れ脱水も危険です。夏場は特に、昼間にコンクリートにこもった熱が夜間に放熱され、気温が高いまま。
ご高齢の方は夜間頻尿を気にするあまり、水分摂取を控える方が多く、さらに脱水に陥りやすいんです」

エアコンの性能が向上し汗をかく機会が減ると、汗で体温を調節する機能が弱りがちになる。さらに水分を蓄える機能を持つ筋肉が衰えると、おのずと脱水に傾きがちになるので、筋肉量が減る中高年はリスクが高い。
「実は30代後半から脳の下垂体という部位の働きが落ちていき、喉の渇きを感じづらくなるんです。しかも加齢により唾液量も減るので、口が渇いていることが当たり前になってしまい、渇きに気づきにくい。
年配の方は腎機能も落ち、適切な排尿が難しくなることからも、若年層より注意が必要です」
こまめな水分補給を習慣化する
ではどのような対策が必要なのか。
環境省が作成した「熱中症環境保健マニュアル2020」には、1日に食事以外で1200mlの飲料の摂取が必要と定められている。これは150mlのコップ8杯に相当するので多い気がするが、水分摂取を生活のルーティンにすることが大切と安藤先生は語る。
「口が渇く前に、こまめに水分摂取をするのが原則です。就寝中は水分が失われやすいので、朝起きてすぐに1杯飲みましょう。運動中や運動後はもちろん、入浴でも水分を消費するので、入浴前後に積極的にとってください。そして寝る前にもしっかり補給しましょう。
人は体内の水分が5%減るだけで、ふらつきや倦怠(けんたい)感が現れます。体重による個人差はありますが、これを水分量に換算すると、約200~300ml。たったそれだけの水分不足でも、身体に及ぼす影響はとても大きいのです」
そして一気飲みをしないことも重要。胃に負担がかかり吸収も悪くなるので、ちびちび飲みが必須。
夏場は飲み物を凍らせて持ち歩いたり、運動時に冷たいドリンクを飲んだりするが、これは胃腸の血管をギュッと締めてしまい、その後吐き気を催すこともあるのでよくないという。飲み物は、夏でも常温が身体には優しい。

身近な飲み物なら、ミネラル豊富な麦茶がおすすめだ。ノンカフェインなので、カフェインの過剰摂取による動悸や吐き気の心配もない。
「ただし、厚生労働省の熱中症対策ガイドラインでは、飲料100mlあたりのナトリウム濃度として40~80mg(食塩相当量で0.1~0.2g)を推奨しているので、塩分が足りません。麦茶を1L飲むごとに塩分2g相当の梅干し1個を一緒にとったり、塩あめをなめるのが最適です」
最近では水を飲むという意識自体は高まっているが、体内のミネラルバランス、特に塩分不足で不調をきたす方が多いです。これは水中毒といわれる状態で、水のみを過剰に摂取したことで血中のナトリウム濃度が急激に下がり、吐き気や嘔吐などの症状が現れてしまう。
ただ、スポーツドリンクなどは避けたほうがベター。
「スポーツドリンクは運動後の水分補給のためのもので、糖質もミネラルも多すぎます。カリウムも多く含み、高齢者の腎臓に負担をかけるので、日常的に飲むことはおすすめしていません」
規則正しい生活が何より重要
夏バテによる食欲減退や、中高年が「自分は大丈夫」と過信しがちなことにも警鐘を鳴らす。
「夏は暑さにより疲れやすくなり、食欲が落ちる方も多いですよね。実はここにも隠れ脱水が潜んでいます。汗をかいて体液量が減ると、消化管の血流も減り、消化吸収がスムーズに進まない。すると栄養が十分に摂取できず、さらに疲れがたまります。
それにより食欲が減退し、栄養不足になってしまう。すると食べ物からとれる水分やミネラルが不足し、脱水も進んでしまうのです。また中高年の方は“今まで脱水になっていないから大丈夫”とか“暑くないから大丈夫”なんておっしゃるのですが、これは危険です。
湿度が高くなる5~10月は、ほぼどんな環境下でも脱水や熱中症の可能性があります。水分をとることを特別な行為と思わず、生活に取り入れてもらいたいですね」
そのために飲み物だけでなく、食べ物から水分を効率良くとることも心がけたい。
「汁物はもちろん、煮物も水分量が多くおすすめです。野菜や果物もいいでしょう。バランスの良い食事を3食しっかりとっていれば、ミネラルや水分の補給にそこまで神経質にならなくても大丈夫。そして規則正しい生活を送ることが何より大切です」


教えてくれたのは……安藤大樹先生●医師。医療法人社団 藤和会 あんどう内科クリニック院長。2011~2015年に藤田保健衛生大学病院最優秀指導医賞受賞。熱中症対策アンバサダー、藤田医科大学救急総合内科客員講師。
取材・文/植田沙羅