
大阪・関西万博には多くの人が来場し、大きな盛り上がりを見せている。日本経済新聞社の2025年上期ヒット商品番付では、大阪・関西万博が堂々の西の横綱と認定された。
2025年4月13日に開幕した大阪・関西万博は徐々に入場者を増やし、会期の折り返しとなる7月12日までに1000万人突破が発表された。黒字ラインは2200万人とされるが、10月の閉幕までに入場者がこのまま増加していけば、その目標も達成できそうな情勢だ。
大阪・関西万博の会場で、愛煙家はたばこを吸えるかどうかご存じだろうか。6月25日、あるニュースが注目を集めた。
当初、大阪・関西万博では「全面禁煙」の方針を掲げていたが、開幕直後、隠れ喫煙が横行するという問題が発生して、6月28日から方針を転換し、会場内に喫煙所を設置することになった。
こうした方針変更は賛否が分かれた可能性はあるが、喫煙所の設置は国際的な研究に照らして考えると、賢明な施策ということができそうだ。
今回、前後編に分けて、国際的イベントにおいて喫煙行動をどうコントロールしていくか、最先端の知見を見ていこう。
全面禁煙の方針を転換
そもそも6月のニュースはどういうものだったか。
万博を運営する日本国際博覧会協会は6月25日、大阪・関西万博の会場内に喫煙所を2カ所新たに設置すると発表した。喫煙所の運営を28日から運営を開始することとした。
同協会によれば、それまでも会場外には、2カ所ある入場ゲートのうち東ゲートに2カ所喫煙所があったが、それまで会場内には設置していなかった。新たに設置される喫煙所は、大屋根リングのほぼ対極に当たる場所に2カ所設置されることになった。
これは従来の大阪・関西万博の全面禁煙方針を転換するもので、反響も大きかった。
全面禁煙という方針そのものは、最近ではレストランなどでも一般的になっており、イベントでも同様な方針が取られるのは不思議なことではない。
特に万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、会場の喫煙行動にはシビアに当たると考えられても不思議ではない。たばこの煙を会場から遠ざけようという意図が伺われるものだった。
大阪・関西万博の場合には、もう一つ特殊な事情もあり、「メタン問題」というのも盛んに報道されたことがあった。開幕当初、会場でメタンガスの発生が判明し、そこに引火する可能性が指摘されたからだ(そのため、新たな喫煙所はガスが検出されていない場所に設けられた)。埋め立て地が会場になっているからこそだが、こうした懸念からも喫煙を控えるべきだという考えは強まったと考えられる。
開幕直後から「隠れたばこ」が横行
では、なぜこうした方針を改めざるを得なかったかといえば、冒頭で紹介したように、一部関係者による「隠れたばこ」が発覚したからだ。
例えば、FNNプライムオンラインの報道によると、開幕から間もない5月初旬の段階で、万博関係者のルール違反となる隠れたばこの横行が伝えられていた。人目につかないバックヤードで関係者による喫煙が常習化していた。既に述べたように、当初より会場外に喫煙所は設置されていたが、パビリオンや土産物店などからは距離があることから、適切に喫煙所が使われず、関係者は人目を忍んで吸うという形で、ルール違反が行われていた。
イベント運営側が「全面禁煙」という方針を打ち立て、煙のない理想のイベントを目指したわけだが、ルールを破っていたのがイベント運営側だったというのは、なんとも皮肉である。
「全面禁煙の方針を設ければ、すべて解決」。そう思いたいところだが、現実には、全員がルールを守ってくれるという性善説に頼るだけでは、人によるルール逸脱を完全に防ぎきれない。
難しいのは、たばこの煙は健康リスクにつながると考えられている一方、喫煙そのものは嗜好品としての文化であり、一般的な理解を得ている。愛煙家の行動を制限するのは、喫煙の自由を奪っていることにもなる。結果として、不満を広げ、ルール違反を招くことになる。健康の問題と、喫煙の自由を両立させていくにはどうしたらいいのだろうか。
海外研究から見るルールと現実のギャップ

海外の研究からは、これらの課題を理解することが可能だ。
世界有数のリゾートを擁するインドネシアの研究グループが2020年7月に国際的な公衆衛生専門誌に喫煙コントロールの難しさを報告している。
研究では、バリ島の主要都市デンパサールにおける受動喫煙防止法が守られているか、また法律の遵守を妨げている要因が一体何なのかが調査された。
デンパサールでは2013年以降、受動喫煙防止法が施行されているが、いくつかの障害に直面していた。というのも、地域全体の喫煙率が高いためである。喫煙習慣が日常に深く根付いている地域では、受動喫煙防止法を有効に機能させるのはなかなか大変だ。
研究グループが538カ所を対象として法律が守られているか調査したが、法令を完全に遵守していた施設は32.9%にとどまった。礼拝所などの公的スペースで遵守率が低く、一方で大学では83.3%と高い遵守率が示された。
主な違反項目として挙げられたのは、「施設内に禁煙表示がない(58.6%)」、「施設内に灰皿が設置されてしまっている(17.5%)」、「施設内にたばこの煙のにおいがみられる(15.8%)」の3点だった。
また、これとは別に、南アフリカの研究グループも2016年に、同国での屋内喫煙を規制する法律の遵守状況を調査し報告している。56のバーやラウンジ、レストランを対象に、受動喫煙防止の規則への遵守状況を調べたところ、遵守状況は極めて悪く、遵守していたのは1件(1.8%)にとどまった。分煙や喫煙所の設置などを含めた店舗の構造変更が進んでいなかったという報告がなされた。
喫煙ルールの遵守率は半数程度
2024年には、こうした世界の状況をまとめて報告した研究も発表されたが、喫煙コントロールの難しさを浮き彫りにする結果となった。14カ国の研究が統合的に分析したもので、受動喫煙防止法が守られていない状況は48%に上った。教育機関では比較的遵守率が高かったが、ホテル、飲食関連施設、職場では遵守率が低かった。
また、喫煙習慣が浸透する中で、「吸えない」というルールの徹底には限界があることも示された。
万博会場で見られたルール破りは、国際的にも共通した課題であるといえる。
後編では、こうした喫煙コントロールの成功例として、上海万博のケースを報告した海外研究に目を向けることにする。
<星良孝 ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト>
会場内喫煙所の設置について(公益社団法人2025年日本国際博覧会協会)
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250625-03/
関係者の隠れたばこ発覚で「全面禁煙」から方針転換、万博会場2か所に喫煙所設置
https://www.yomiuri.co.jp/expo2025/20250626-OYT1T50053/
万博関係者の「隠れたばこ」横行…直撃に外国人スタッフ「喫煙所が遠すぎる」引火で爆発する危険性のメタンガスたびたび検出
https://www.fnn.jp/articles/-/868436
J Public Health Res. 2020;9:1747.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32874963/
Afr J Prim Health Care Fam Med. 2016;8:e1-6.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27380859/
Front Public Health. 2024;12:1354980.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38694973/