「認知症の要因はさまざまあって複合的なものの、個々の生活習慣が大きく関係しているのは間違いないでしょう」
こう語るのは、ニューヨークで老年医学を専門に活躍する山田悠史先生。
認知症リスクは生活習慣の積み重ね
山田先生はマウントサイナイ医科大学病院に在籍し、認知症患者の診療に日々あたっている。同病院は老年医学科を持つ全米約1500の病院中、5年連続ランキング1位に輝き、世界的にも高い評価を受けている。
「認知症には誤った情報が広く出回っています。それらに惑わされず、科学的根拠のある真の情報を頼りに生活習慣を見直すことも大切です」(山田先生、以下同)
見落とされがちな料理中の換気不足
認知症に関係する生活習慣として山田先生が第一に挙げるのは「部屋の換気」。特に料理中の換気に警鐘を鳴らす。
「自宅のガスコンロで料理する際、換気扇を使わないというのはNGです。揚げ物でのその行為はもっともやってはいけない。認知症のリスクを高めうる習慣です」
一見、結びつかなそうな部屋の換気と認知症。しかしそこには深いつながりがあるという。
「換気扇を使わずに料理を行うと、室内の空気が汚染されます。PM2.5と呼ばれる微粒子や二酸化窒素などの有毒ガスを発生させ、大気汚染で安全と考えられる100倍を超えるレベルの濃度まで上がります。
特に揚げ物はPM2.5を大量に生むのです。こうした汚染物資が、鼻や肺を通じて脳に入り込んで炎症を起こす。そして炎症が脳の細胞にダメージを与え、認知症につながるという流れです」
最新の研究では空気中に含まれるPM2.5が、年齢に関係なく脳の発達や認知機能に影響を与えることがわかっている。
また、PM2.5の濃度が大気1立方メートル中に平均1マイクログラム増加するたびに、認知症リスクが3%ずつ増加するという研究データもあるそうだ。
「料理中は換気扇を必ず使用し、できれば窓も開けることを強くオススメします」
座りっぱなしが脳を鈍らせる
外に出るのがおっくうになると、家の中で過ごす日が増えていくもの。テレビの前にずっと座りっぱなしというときもあるだろう。そんな生活習慣は認知症を招きかねない。
「座っている時間が長い生活は、認知症リスクの増加と関連することが各種研究で報告されています。例えば、25万人のデータをまとめた研究では、座る時間が長い人は、そうでない人に比べて、認知症リスクが1.3倍に増加していることがわかりました」
長時間座っていると脳へ十分な栄養が行き渡らず、脳の機能低下につながる。適度な運動を心がける必要があり、それによって脳の健康が維持され、認知症リスクは下がるという。
「運動の種類は問いません。好きで続けられる運動こそがベスト。『これが最強の認知症予防運動だ!』と示すエビデンスは存在しないので、自分が楽しめそうなものを選び、続かなければ変えればいいのです」
今日から見直せる認知症リスク
年齢とともに衰えていく目と耳の機能。本来はケアしなければならないが、多くの人は後回しに。むしろ目であれば紫外線を浴びる、耳であればテレビや音楽を大音量で聴くといった視力・聴力を低下させる生活を送りがち。そこに認知症リスクが潜んでいる。
「視力や聴力の低下は認知症のリスクと密接に関わっています。各種研究報告を踏まえると、認知症の発症に関与する割合は1割に達すると推定されます。すなわち裏を返せば、日本の認知症患者数約500万人のうち、50万人は目と耳のメンテナンスだけで防げた可能性があることを意味するのです」
目や耳といった感覚器官は、脳への信号をキャッチするアンテナの役割を果たしている。アンテナをしっかりメンテナンスしていれば、脳にクリアな信号が入り続け、脳が良い意味で刺激され続け、ひいては認知症から脳を守ってくれる可能性が高いそうだ。
「目が見えにくかったり、耳が聞こえにくかったりするのを『年のせいだから仕方ない』と考えて、あきらめてしまう人は非常に多いです。でも診察してみると治療ができ、解決できるような問題であることも少なくないのです。
例えば、目であれば白内障は代表例。曇ってしまったレンズ(水晶体)を取り替えることで、クリアな視界が現れ、世界が変わったという患者さんもいます。耳でいえば、耳の聞こえが悪い原因が耳垢(あか)の詰まりだった患者さんもいます。
年のせいだからと不調を受け入れるのではなく、目と耳のメンテナンスを行うようにしてください」
酒、タバコ、甘い物といった嗜好(しこう)品はやめたくてもなかなかやめられないもの。嗜好品もまた認知症に関連する。
「缶ビールを1日に2本以上飲む人は、それより少ない人に比べて、認知症リスクが約22%高くなることが報告されています。また喫煙者は非喫煙者と比較して、認知症リスクが約30%増加することが報告されています。
いずれも大規模な研究によるものです。甘い物については糖尿病のリスクがあり、その糖尿病が認知症の大きな要因のひとつとされています」
過度な飲酒は避けること。同じアルコールのワインはポリフェノールを含み身体に良いとされているが、適量を超えれば意味なしという。
「タバコは禁煙に尽きます。認知症リスクを低減できる可能性があり、65歳未満の禁煙に顕著な効果が見られるため、早く決断すべきです。甘い物が招く糖尿病も発症年齢が若いほど将来の認知症リスクを増加させるので、早くから注意すべきですね」
認知症を完全に予防することはできない。認知症を疑う場面もやってくるだろう。その際には専門医のもとを訪ねるのが第一だ。
「認知症の代表的な症状である物忘れを指標のひとつとし、基本的には気になったら受診すればいい。もっといえば、私たちは単なる物忘れではなく、日常生活や仕事に支障が出るような物忘れを診断の目安としています。
認知症患者の多くは自覚症状がありません。ですから夫婦や家族など周囲の人間が異変を感じたら、病院に連れていくということも大切だと思います」
認知症予防には健康診断こそが大切
認知症の予防を目的とした自由診療の高額な検査が世に多数存在する。山田先生はそうした特別な検査は不要とし、職場や自治体で行われる一般的な健康診断を推奨する。なぜか。
「健康診断では体重や血圧の測定、コレステロール値や血糖値を調べる血液検査などが行われます。
こうした検査で見つかる高血圧、高LDLコレステロール、糖尿病、肥満といった健康問題は、認知症リスクと密接につながっています。健康診断で早期に問題を改善すれば、認知症リスクを下げられるわけです」
教えてくれたのは……山田悠史先生●マウントサイナイ医科大学(米ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務した後、2015年に渡米。現在は高齢者医療を専門に診療や研究に従事している。著書も『認知症になる人 ならない人』(講談社)など多数上梓。
取材・文/百瀬康司

