「日本の認知症患者の8割は80歳以上ですが、そのうち8割は女性です。将来的には読者のみなさんにとって身近な問題になるでしょう。しかし今から生活習慣を整えて、予防やトレーニングを行えば、改善する可能性があるのです」
そう話すのは認知症研究の第一人者、医師の朝田隆先生だ。
認知症の多くは80代以上の女性
「認知症は70種類以上に分類できますが、日本において7割を占めるのがアルツハイマー型認知症です。これはアミロイドβ(ベータ)というタンパク質が脳に蓄積し、神経細胞に損傷を与えることで発症し、約20年かけて進行します」(朝田先生、以下同)
発症から認知症になるまでは長期のようだが、MCIという“認知症グレーゾーン”の時期が重要。
「グレーゾーンから認知症になる割合は4年で約50%に及びますが、正常に回復する人も平均26%と少なくはない。特にグレーゾーンの初期段階であれば認知症にならずに済む可能性もあります。
また、認知症を疑う人が病院を受診するまでに、平均4年かかるといわれています。グレーゾーンの4年間をいかに過ごすかが、その後の明暗を分けるといっても過言ではありません」
その物忘れは老化か、それともサインか
認知症の根本的な治療方法は見つかっておらず、投薬により進行を遅らせたり、症状を緩和させることしかできず、早期発見・早期受診が大切。とはいえ、“人や物の名前を思い出せない”といったことはよくあること。
それが単なる老化現象なのか、認知症の一歩手前なのかは判断がつきにくい。そこで、参考になるのが認知症グレーゾーンチェックリスト。
「認知機能の変化に“気づくための目安”です。A項目に5つ以上当てはまる場合は、年齢や生活環境の影響だけでなく、体調や心の不調が関係していることもあります。気になる場合は、かかりつけ医や専門医に相談してみるとよいでしょう。
また、B項目に複数当てはまる場合でも、自己判断せず、早めに医師の診察を受けることで適切な対応につながります」
日常の中で「以前より少し疲れやすくなった」「段取りが面倒に感じる」といった変化が見られることがある。年齢や体調、ストレスなどさまざまな要因でも起こり得るものだが、認知機能の変化と重なる場合もある。
こうした変化は本人が気づきにくく、周囲が心配しても受診をためらうケースも少なくない。
一般的には精神科や脳神経内科に相談するが、まずはかかりつけ医で早めの受診を。
「できれば、日本老年精神医学会もしくは日本認知症学会認定の専門医を受診すると診断の精度が高まるでしょう。また、各都道府県に認知症疾患医療センターがあるので確認してみてください」
運動・栄養・休養そして社会交流や知的刺激
生活習慣を改めれば、グレーゾーンでも、ある程度の回復が見込めるという。
「普段から運動・栄養・休養を意識してください。心臓病やがんなどすべての病気予防においてもこの3つが何より大事。認知症予防の場合はこれに加え“社会交流”と“知的刺激”が重要です」
運動については、中年期に1日30分程度の運動を週2回行った人の認知症発症率は、行わない人の半分以下であることがわかっている。
「認知症予防には、最も大きな筋肉である大腿(だいたい)四頭筋を鍛えるのが効果的。椅子に座った状態で、片足ずつ床と平行になるように足を上げる“もも上げ”や、平衡感覚を鍛えつつ下半身の筋力強化を促す“フロントランジ”などもいいでしょう。
ウォーキング、サイクリング、水中ウォーキングなどの有酸素運動も、前頭葉の機能を改善させるのでおすすめです」
栄養は炭水化物・タンパク質・脂質・ビタミン・ミネラルの五大栄養素をバランスよくとることが重要だ。糖尿病や高血圧などの生活習慣病が、認知症の発症に深く関わることも判明しているので、食事にも気を使いたい。
「“まごたちはやさしい”を合言葉に食材を選びましょう。これは豆類・ごま・卵・乳製品・わかめや海苔などの海藻類・野菜・魚・しいたけなどのキノコ類・イモ類です。
ほかにも地中海食といわれるオリーブオイルを主な脂質に野菜や魚、豆・穀物中心の地中海沿岸地域の伝統的な食事が、生活習慣病の予防と改善、認知症の予防にもなるのです」
食事の基本ルールは3つで、(1)穀物と野菜中心、(2)タンパク質は魚から摂取、(3)脂肪分は少なめということ。
「主食は玄米や雑穀米、タンパク質は納豆や豆腐・焼き魚からとり、野菜をたっぷりと。炒め物にはオリーブオイルを使い、お酒のアテには果物やナッツ類がおすすめです」
休養はリラックスやリフレッシュはもちろんだが、睡眠が最も大切。これは睡眠不足が続くとアルツハイマー病の要因となるアミロイドβがたまりやすくなるからだ。
不眠状態ではストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、脳の記憶を司る部位にダメージを与えるほか、睡眠の質が悪いと成長ホルモンの分泌が減り、認知機能が下がるなどの悪影響を及ぼす。
「理想の睡眠時間は7時間。そして30分以内の昼寝をする人はアルツハイマー病になりにくいとわかっています。しかし1時間を超えると逆にアルツハイマーになりやすいという研究結果もあるので注意が必要です。ちなみに休日の寝だめは体内時計を狂わせるので逆効果です」
そしてスウェーデンの調査では、人との交流を豊かに持つ人は、そうでない人に比べ 8倍も認知症になりにくいというデータがある。認知症は意欲・感情の抑制・知能が衰える病でもあり、それらが衰えるほど社会的に孤立し、症状は悪化していく。
定年退職した途端、グレーゾーンになる人が多いのは、行動範囲が狭まり、脳への刺激が減ったからとも推測できるのだ。
「だからこそ予防の観点でも人づきあい、つまり社会交流が重要なのです。人としゃべるときには相手の性格や境遇を考え、気を使ってしゃべるでしょう。これは日常でできる脳トレの最たるもの。
知的刺激を高めるにはたくさんのコミュニティーと関わり、多様な人といろんな話をしましょう。グレーゾーンから回復しやすい患者さんは、アクティブで好奇心が強いのも特徴です。でも難しく考えないでください。ご近所さんとお茶をしたり、同級生とランチをするくらいでも十分ですよ」
認知症グレーゾーンチェックリスト
【A項目】
・相手の話に集中できず、どんどん話が飛ぶようになる
・突如として暗証番号が思い出せなくなる
・仕事などでよく会う人の名前が出てこない
・先週買ったばかりなのに、同じものをまた買ってしまう
・今日が何曜日だかわからない
・料理や外出の支度をする折に段取りが下手になった
・30分前と同じ質問を繰り返す
・「さっきも同じ話を聞いた」と指摘される
【B項目】
・目の前にあるのに「ないない!」とパニックに陥ることが頻繁にある
・さっきのことは忘れるが、昔のことはよく覚えている
・歯磨きなど、いつもしていることのやり方がわからなくなる
・家族構成が混乱してしまう(例・娘なのか、妹なのか混乱するなど)
・季節外れの装いで出かけるなど、判断がおかしいと言われる
・日常的に使う電化製品などの使い方がわからなくなる
・家族や友人を見て、この人誰だっけ?と思うことがある
・物を変な場所に置いてしまう (冷蔵庫から財布が出てきたなど)
・幾度も来ている場所で、どこにいるのかわからなくなる
感覚神経を刺激する筋トレ
一番大きな筋肉を鍛える「もも上げ」
[やり方]
(1)椅子に浅く座り、片足をまっすぐ伸ばして上げる。
(2)伸ばした足をさらに10cm上げたり、床と平行にして戻したりを繰り返す。
教えてくれたのは……朝田 隆先生●認知症の早期発見・早期治療に特化した「メモリークリニックお茶の水」理事長兼院長。筑波大学名誉教授、東京科学大学客員教授。40年にわたり認知症研究に努め、認知症や軽度認知障害の治療に従事している。著書に『認知症グレーゾーンは分かれ道』(興陽館)
取材・文/植田沙羅

