「私も小林さんも同年代で、ほぼ同じ時期に大切な存在を亡くしています。今回、手紙をやりとりすることによって、その喪失感が癒されていった感覚があります」
そう話す猫沢エミさんが、両親、愛猫、親友との相次ぐ別れに見舞われたのが、9年ほど前のこと。古くからの友人、小林孝延氏も同じ時期に長く看病した妻を見送った。
手紙だからこその心のやりとりができた
会話ではなく、手紙だからこその心の開き方があるのではないかと、愛猫を亡くしたばかりだった今回の本の編集者にすすめられて、猫沢さんと小林さんの手紙(文章)のやりとりが始まった。
「こちらは探り探りに問いかけたつもりが、小林さんからは『いきなり直球ド真ん中の質問がきましたね』なんて、受け止め方の違いもあって、手紙のやりとりは新鮮でした。
そもそも私たちは、真逆のタイプ。小林さんは、すごく言葉を選ぶ人。一方の私は、思ったことはすぐ口に出してしまう。一見、全く違う二人だけど、会うとなぜかノリが合う。
友達という信頼関係をもとに、手紙のやりとりをしていくなかで、時に心の境界線を踏み越えるような、お互いの心を開示し合えた本になったと思います」(猫沢さん、以下同)
相手につられて、変なテンションに
二人はLINEなど、すぐに連絡がとれる間柄ではあるが、そこでは一切、手紙の内容には触れなかったという。
「『こないだは、ああ書いていたけど、本当はどう思っているの?』なんて、手紙以外で聞いてしまうと、その世界観が壊れてしまうからです。
昔の手紙がそうであったように、手紙は、相手に対して自分の気持ちを真摯(しんし)に伝えようとする敬意のカタチです。その精神を崩したくなかったので、小林さんからの手紙の言葉だけを純粋に読みとり、それに対して私の考えを伝えることに努めました」
次はいつ来るのかな、とポストをのぞいて待ったり、そろそろ来るはずだけど遅れているのは忙しいのかもしれない……、などと相手の“今”を想像したり。このような、往復書簡が持つ「世界観」を大切にして、小林さんとやりとりを続けたそうだ。
「私だけの原稿なら、前はこう書いたから次はこう書こうとか、何回分かまとめて書いておこう、といったことができますが、今回は、小林さんの返事を読んでからでないと自分が書く内容が決まらない。
小林さんがいるからこそ、次の私の原稿が決まって、小林さんの原稿も決まっていく。心を打ち明けていくタイミングやスピードも、相手あってこそで、予測のつかない面白さがありました。
やりとりを重ねるごとに、心の変化が手紙に表れていくのですが、特筆すべきは小林さんが南米で書いてくださった第6便。小林さんはアマゾンに釣りに行って、ちょっとハイテンションになっているんですけど、私もその影響を受けて、次の便りを壮大なテーマで書いているんです(笑)
量子力学とか宇宙物理学とかを引き合いに出しながら。まさに相手がいるからこその内容になっています」
冒頭、この往復書簡で喪失感が癒されたと猫沢さんは語ったが、やりとりのなかで、どんな心情の変化があったのだろうか。
「どちらかというと小林さんのほうが、変化が大きかったように思います。途中でアマゾンに行ったのもそうですし、家をリノベーションしたり、美容に目覚めたり、ネオ・小林になろうとしていた。
私自身は、フランスに移住したことは大きかったですが、小林さんはゆるやかに着実に新しい自分に変わっていった気がします。
小林さんのご著書『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』でも、奥様を亡くされるまでの日々を書かれていましたが、すごくつらい話だからこそ、自分を俯瞰しているところがあった気がします。
でも、私への手紙では、第三者がいるからこそ、自著では書けなかったことを書くことができたのではないかなと思っています。その小林さんに伴走することで、私も自分を見つめ直して、気持ちを癒すことができた。お互いに、一歩進めたんじゃないかな」
偲び続けるだけが、本当の弔いではない
50歳を過ぎると、周囲で亡くなる人が増えてくる。「大切な人を見送ることが人生後半の一部であるとしても、それだけが生きる意味になるわけではない」と、猫沢さんは語る。
「50歳までは働くとか、生活するとか、いろいろな問題があっても、いつも“生”の枠内にありました。でも50歳を過ぎてからは、“死”という問題を考えずにはいられなくなる。
大切な存在を亡くせば、しばらく落ち込むし、何回経験しても慣れることはありません。一人ひとりが違う命で、違う思い出があり、そのなかで自分はまだ生きているし、これからも生きていかなくてはいけない。
そういったときに、その故人を偲(しの)ぶことに自分のエネルギーを費やしすぎてしまうことは、はたして本当の意味での弔いなのだろうかということですよね。
もし私が逝くほうの立場なら、自分がいなくなったあとも、友達や家族など、愛する人には最後まで幸せに生きてほしいと願う」
そう思ったら、亡くなった人たちは、残った人たちが幸せに毎日笑って生きることしか望んでいない、という答えが出たそうだ。
「だったら、それをやってあげようじゃないか。『すごい幸せだった』『私でいられた』、そういうポジティブな言葉を最後に自分に言ってあげられる生き方こそ、天国に行った人たちからも、そうだ、そうだ、と拍手を送られる生き方のような気がします」
喪失感は人類共通だから分かち合っていい
人は生まれて必ず死ぬ。この平等感はすごい、と言葉をかみしめる猫沢さん。
「どんなにお金持ちになろうが、科学が発達しようが、死からは逃れられないということですよね。だから、喪失感は人類共通の感情であって、自分一人で抱えて生きていくものではない。
ただ、やはりデリケートな問題であることは変わりなく、うっかり故人について語ったら傷つくこともあるので、心にしまっておこうという人もいます。
でも私は、この人なら話せるという人を見つけて思い出話をしたり、小林さんと私のように手紙(文章)のやりとりをして、喪失感を共有してもいいと思うのです。一人で抱え込まなくてもいい」
そのうえで、故人を偲ぶことを、ポジティブな力に変えていきたいという。
「大切な存在を亡くしたとき、周囲の色彩が白黒になった気持ちでした。時間がたつにつれ、だんだん色がさしてきて、周囲の色が増えていく。それに罪悪感を感じないで、自分に対してもう一度、エネルギーを注いでいくことが、真の弔いであると知ってほしいですね。
なんて偉そうに言っている私ですが、今でも亡くなった人たちを思い出して、よく泣いています。小林さんに『今でも泣くよね』と言うと、小林さんもぽつりと『泣くね』って。『泣かなくなる日はないだろうね』って。
でも、そういう苦しみが全くない人生というのも、どうなのでしょうか。やはり、心から号泣できるとか、胸を突かれるとか、そういう人間らしい感情に落とし込んでくれる大切な存在が私の人生にいたことが、どれだけすごいことなのか。
涙は悲しいときだけじゃなく、その存在に出会って、共に時間を過ごしたことを思い出して、胸打たれるからこそ流れるということを、心に刻んでおきたいですよね」
本の発売以来、多くの方々から感想をもらったそうだ。「『大切な人を亡くしても、前を向いていいということに気づいた』とおっしゃる方も。その気持ちを共有できたことがうれしいと思います」
この本を誰かから渡されても、すぐに読まなくてもいい。読みたいと思える時期がきたときに開いてくれたらいいと、猫沢さん。その言葉どおり、いつか必要になったときのために、そばに置いておきたい一冊だ。
『真夜中のパリから夜明けの東京へ』集英社 税込み1870円
『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』がベストセラーとなった編集者・小林孝延氏と猫沢エミさんが、喪失感と再生について言葉を交わす往復書簡。
教えてくれたのは……猫沢エミさん●ねこざわ・えみ ミュージシャン、文筆家。2002年から2007年までパリに住んだのち帰国。その後、フランス文化に特化したフリーペーパー『BONZOUR JAPON』の編集長を10年間務める。超実践型フランス語教室『にゃんフラ』主宰。『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』など著書多数。2022年に、2匹の猫とともに再びパリに移住。
取材・文/池田純子
