「まだ先のこと」と考えがちな生前整理ですが、自然災害や突然の病気など、人生は何が起こるかわかりません。だからこそ、判断力や体力がある今のうちに、将来の安心につながる準備を始めておきたいもの。今日からできる備えのポイントをご紹介します。
「今後の安心」のため人生の棚卸しを
「生前整理」というと、身の回りの片づけや相続の準備を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、生前整理普及協会の林茂行さんは「生前整理は実務的なものばかりではなく心の整理も肝心。幸せな人生後半を送るための準備として捉えましょう」と話す。
年齢を重ねると、暮らしやお金、家族との関わりなど、これまで当たり前だったことを見直す場面が少しずつ増えてくる。そんなとき大切なのは、「これからどんな毎日を送りたいのか」を自分自身に問いかけること。その思いが定まれば、迷いや不安に振り回されることなく、自分らしい選択がしやすくなるという。
人生後半を心地よく過ごすための備えを考える。少し立ち止まって「過去・現在・少し先の将来」を見つめ直すことが、この先の暮らしをより豊かにしてくれるはずだ。
どう生きたいか、思いを書き留める「エターナルノート」で心を整理
人生後半をいかに充実した時間にできるかは、多くの人にとって関心の高いテーマだ。
数多くの生前整理、遺品整理に携わってきた林さんは、「単なる終活ではなく、前向きに生前整理を始めると、自分にとって本当に大事なことが見えてきます」と話す。そして、ものの整理や相続準備を始める前に、心の整理をしてみることが重要だという。
過去の思い出や、抱いていた気持ちを振り返りつつ、今の自分が大切にしたいものを再確認してみる。今までの人生でやり残したこと、やってみたかったことを改めて考えることで、これからの目標をつくる。さらに、周囲との関係性や自分の本心を認識してみよう。
「人生の幕が下りるとき、実は、やり残したことを悔やむ人はとても多いのです。そうならないためには、自分を形作ってきた経験や人間関係を見つめ直すことが欠かせません、また、もの・心・情報を整理しないまま旅立った場合、残された家族の間では争いが起きやすい傾向があります」(林さん、以下同)
そこで活用したいのが、自分や家族の未来につながる「エターナルノート」。
「このエターナルノートを活用した生前整理を通じて、“いろいろあったけれど、今、本当に穏やかで幸せだ”と感じられることがゴール。介護や遺産相続などにおいて、家族間が諍うことなく心穏やかに過ごしたい、後悔なく人生を終えたいと思うならぜひ始めてみて」と林さん。
「エターナルノート」体験談
親の介護(60代・男性)
父が突然倒れ、本人の思いや希望がわからないまま介護をすることになり後悔が残りました。その経験から、自分の意思は元気なうちに残しておくべきだと実感し、エターナルノートを書き始めました。
親友の死(40代・男性)
親友が急逝し、「人生には終わりがある」と実感。自分の人生に向き合おうと思うようになりました。終活というより「やりたいことリスト」の延長のように捉えています。後悔が残る晩年とならないよう、今から挑戦しています。
子どもの自立(40代・女性)
子どもがひとり立ちしたとき、「あれ? 私はこれから何をしたらいいの?」という気持ちに……。子ども中心の生活を経て、これからの30年、40年、自分だけの人生設計を考えてみようと思ったのがきっかけです。
過不足を知って次のアクションへ「お金の準備」
人生後半を安心して暮らすためには、「お金」の整理も欠かせない。年金を中心とした生活設計や、預貯金、保険、不動産、相続など、お金に関するさまざまな事柄を整え、必要なもの・不要なものを見極めておくことが大切。
お金の見直しは、これからの必要な生活費を明確にし、将来への不安を軽くするだけでなく、もしもの時に家族が困らないための思いやりでもある。大切なのは、「自分らしい暮らしを最後まで続けるために、どう生かすか」を考えること。
生前整理におけるお金の整理は、人生を締めくくるための準備ではなく、これからの時間を、より安心して楽しむための前向きな一歩。「見える化」することで、お金への不安を軽くしよう。
【STEP1】老後にかかる生活費を確認する
・収入と支出を書き出す
・年金額・貯蓄額を把握する
・旅行や趣味・習い事など生活の楽しみにいくらかけるかを確認する
【STEP2】固定費や保険の見直しで不要な支出を整理する
毎月かかるお金の中でも、住まいにかかる固定費は金額が大きい。必要なものを見極め、今の生活に合った住まいへ移るなどコンパクト化すれば、家賃や管理費を抑えることができる。次に見直したいのが、保険料や携帯電話代などの固定費の支出。
一度契約すると放置しがちだが、こまめにプランを見直すことで節約できるケースもある。さらに車など維持費のかかるものも、本当に必要かどうかをいま一度考えよう。
【STEP3】口座を整理してお金の流れをシンプルに
銀行口座は、引き落とし用の「決済用口座」と、貯金用の「貯蓄用口座」の2つに絞るのが理想的だ。銀行口座をシンプルにすることで、お金の出入りが把握しやすくなる。利用頻度の低い口座は解約を検討したい。
【STEP4】老後にかかる医療費や介護費に備える
厚生労働省の生涯医療費の統計によると、医療費は50代から増え始め、80歳ごろにピーク(10年間で約600万円)を迎える。これは、40代の医療費(約200万円)の約3倍に相当する。高額療養費制度を利用すれば、ひと月の支払い額は所得に応じて上限が設けられる。
しかし、先進医療や差額ベッド代などは対象外だ。治療が長引けば家計への負担も増える。これまで大きな病気をしなかった人も、将来の医療費に備えて貯蓄しておこう。
健康寿命を延ばすため家と暮らしを整える
生前整理で大切なのは、持ち物を減らすことだけではない。これからの人生を安全で快適に過ごすために、住居環境を見直すことも重要。
年齢を重ねると、若いころには気にならなかった段差や、床に置かれたもの、使いにくい家具の配置などが、思わぬ転倒やケガにつながることがある。住み慣れた家だからこそ、今の身体の変化に合わせて環境を整えることが、健康維持や自立した生活を支える土台となる。
不要なものを整理し、家の中をすっきりさせることは、掃除や管理の負担を減らし、心のゆとりにもつながる。大切なのは、今の住まいを、これからも安心して暮らし続けられる場所に整えることだ。
ある日突然では困る介護の備え
介護は突然必要になることもあり、そのときになってから考え始めると、本人も家族も大きな負担や戸惑いを抱えることがある。
介護について考えておくことは、将来への不安を増やすためではない。どのような暮らしを続けたいのか、誰にどのようなサポートをお願いしたいのかを、自分の意思で考えておくための重要な機会。
介護サービスの利用や住まいの環境、費用の準備、家族への希望などをまとめておけば、いざという時にも落ち着いて対応できる。また、事前に思いを伝えておくことは、家族が判断に迷う負担を減らすことにもつながる。
生前整理の一環として介護時に備えることは、自分らしい暮らしを最後まで大切にするためのアクションでもある。
大切な人に負担をかけない相続について考える
生前整理の中でも、特に大切なのが「相続への備え」。 財産の整理は、単にお金や不動産を引き継ぐための準備ではない。残された家族が迷いや負担を抱えず、円満に未来へ進むための大切な取り組みだ。
そのために、預貯金や保険、不動産、貴重品など、自分が築いてきた財産を一度整理してみよう。本人にしかわからない資産や契約が残っていると、家族が手続きを進める際に大きな負担となることがあるので注意して。
財産の一覧を作る、重要な書類の保管場所を伝える、自分の希望を家族と話し合うなど、準備は心に余裕がある元気なうちから始めよう。
相続について考えることは、家族への感謝や思いを伝えるきっかけにもなり、今後の安心につながるはず。
【STEP1】自分の財産を把握する
自分の財産を把握し、相続財産が基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)を超えそうな場合は、早めの対策を。毎年110万円までの贈与が非課税となる暦年課税を利用した生前贈与や、条件を満たすことで贈与税がかからない方法を検討することも選択肢のひとつ。
【STEP2】相続税対策を検討する
贈与税がかからない生前贈与のケースも知っておこう。「生活費の贈与」は、社会通念上「相当」とみなされる範囲内であれば非課税。「教育資金」は、入学金や授業料など、教育費の援助は1,500万円まで非課税※。
「配偶者への贈与」は、婚姻期間が20年以上の夫婦であれば、1度だけ2,110万円(基礎控除を含む)まで非課税。「住宅取得の資金援助」は、最大1,000万円まで非課税。他にも対象となるものがあるので、相続専門の税理士などに相談してもいい。
※ 教育資金一括非課税制度は期限や、学校等以外への支払いは500万円までといった細則がある。
【STEP3】節税効果を考え生前贈与を検討する
贈与税の課税方法には、年間110万円まで非課税で贈与できる「暦年課税」と相続時にまとめて精算する「相続時精算課税」がある。暦年課税の場合、相続開始前から7年以内(持ち戻し期間)に贈与者が亡くなると、贈与はなかったものとして相続税の課税対象となるため注意しよう。
これからの時代のマスト対策「デジタル情報の管理」
80代でも7割がスマホを利用し、さまざまな手続きもデジタル化されている現代。
実際に世の中では、保有者が亡くなった後、放置されているネットバンク口座や金融商品などのデジタル遺産が増えている。親の取引の事実を知っていたとしても、IDやパスワードを知らなければ、口座にアクセスができない。
ほかにも有料のネットサービスやアプリなど、IDやパスワードが不明だと、相続や解約の手続きの際に残された家族が困ることになる。早めに家族で共有する方法を考えたい。いきなり、親にIDやパスワードを聞くのは気が引ける場合は、写真などのデジタルデータ整理から一緒に始めてみよう。自分自身も、人生を振り返る、よい機会になるかもしれない。
取材・文/満留礼子(羊カンパニー) デザイン/黒田志麻
家族のために、自分自身のために、生きることを前提に、物・心・情報を整理することで、幸せなエンディングを迎えるための生前整理を提案・相談を受けている。著書に『生前整理とお金・手続きのすべて』(Gakken)があるhttps://seizen.life/gaiyou.html
