多良久美子さん/結婚後、4歳で麻疹により最重度知的障がいとなった息子を育てる。社会福祉協議会の仕事などに携わり、80歳手前で引退。現在は「障がい児・者の親の会」の相談役を務める。著書に『83歳の私を支える家仕事』(すばる舎)など。

掃除、洗濯、料理、片づけを「家仕事」と呼び、楽しみながら続けている多良久美子さん。家庭菜園で食費を抑え、料理はできるだけ手作りに。掃除や洗濯で身体を動かし、家の中もすっきり整える……多良さんのバイタリティーを生み出す「暮らしのヒント」をお届けする。

壮絶な日々から始まった「家仕事」という決意

 年齢とともに感じる体力の衰え、老後資金への不安─。「お金をかけずに、毎日を元気に楽しく過ごせたら……」と願う女性たちから熱い視線を浴びているのが、暮らしの工夫を発信し続ける多良久美子さんだ。
 
 料理や掃除などの家事を、自分に張り合いを与えてくれる「家仕事」と捉え、知恵と工夫で暮らしを豊かに楽しむ多良さん。83歳になった今も病気知らずで、毎日を生き生きと過ごしている。

 多良さんが家事を単なる作業ではなく「仕事」と考えるようになった背景には、かつて息子さんが4歳のときに麻疹が原因で負った重い障害があった。

「重度の知的障害や激しい行動障害が残り、起きている間は目も手も離せない状態。トイレに行くときも一緒に入るような日々でした。これが一生続くのかと思ったとき、『このままでは、家族みんながつらくなってしまう。

 それぞれが安心して幸せに暮らせる家庭をつくっていこう』と心に決めたんです。愚痴を言ったり落ち込んだりする暇はありませんでした。生活は待ったなしで始まりますから」(多良さん、以下同)

 義理の両親も支援のために同居してくれ、引っ越してきた夜に義母から「これからはあなたがこの家の柱よ」とお財布を託されたという。

「後ろを振り向かず前だけを見て、家庭がうまく回るように効率を考えながら、少しずつ好循環を生み出していきました。大変な時期を乗り越えてきたからこそ、83歳になった今は本当にゆったりとした時間を過ごせています」

 現在は87歳の夫と58歳になる息子さんとの3人暮らし。息子さんは、平日は近くの施設で過ごし、週末になると帰宅する生活を長年続けている。夫は定年後に念願だった米作りや書道に打ち込むなど、おのおのが自分の時間や役割を大切にしている。

「今、家族3人がそれぞれ生きる場所をしっかり持てていて、とても安定した時期だと感じています。80歳を過ぎて公の仕事や責任ある仕事を卒業し、ようやく自分がやりたかったことを楽しめる毎日が過ごせています」

 主婦として長年家族を支えてきた多良さんだが、ご機嫌でい続けるために昔から大切にしてきたルールがある。それは、自分だけの時間を持つことだ。

「子どもが小さかったころは、夜9時からの『ハッピータイム』が心の支えでした。時には『一日中、流し台の前にいたくない』と思うことも当然あります。だから9時になったら『はい、みんな寝てね!』と子どもたちを寝かしつけ、そこからは自分を労う私だけの時間を過ごしてきました。

 早朝に起きて、自分のためだけに淹れた美味しいコーヒーを飲んで気持ちを奮い立たせたことも。上手にサボりながら自分を甘やかす時間をつくってきました」

 一人の時間をしっかり楽しむ一方で、朝・昼・晩の食事は必ず全員で食卓を囲み、それ以外は自由に過ごすという家族間でのメリハリも、長年大事にし続けているルールのひとつだ。

野菜も家具も洋服も!手作りで節約&心豊かに

余った野菜はみじん切りにして自家製の「スープの素」にし、和洋中あらゆる汁物に活用。栄養豊富で時短&ムダなし!

 覚悟と責任感から始まった家仕事も、今では自分の好きな世界を表現する最高の時間になっているという。物価高が続く今、多良さんの暮らしで大きな助けになっているのが、家庭菜園と3食の自炊だ。

「一番お金がかかるのが食費ですが、出来合いのお惣菜や外食は高いですよね。元気なうちは自分の手足を動かして料理をするのが一番経済的です。庭の小さな畑で、夏はキュウリやピーマンなど16種類の野菜を無農薬で育てています。ニンニクも1年分を自家栽培。買うと結構お高いですが、簡単にできて貯蔵もきくので本当に助かっています」

 毎日の食事は、料理研究家の土井善晴さんが提案する「一汁一菜」スタイル。

「おみそ汁やスープメーカーで作る具だくさんスープに、肉や魚などのタンパク質の主菜がメイン。それに生野菜や野菜の煮物、手作り保存食などの副菜を添えることも。15分ほどでサッと作れます。

 栄養は1日の中でバランスが取れればOKという大雑把さで、楽しむのが長続きのコツです。夫が食器洗い担当なので、品数が少ないと後片づけが楽だと喜んでくれます」

 基本的には、夫の年金内で毎月のごく質素でシンプルな生活をやりくりしているという。しかし、ただ切り詰めるだけの節約ではない。

「毎年年末になると、翌年のテーマを『旅行の年』とか『リフォームの年』と決め、年間予算を立てます。

 普段は畑仕事や織物など、お金のかからない楽しみで質素に過ごし、大きなリフォームや家族のイベントのときには、貯めておいた私の年金をパーッと使って思い切り楽しむ。使うときと抑えるときのメリハリをつけることが、心豊かに暮らす秘訣です」

 特別なジムや習い事には通わず、日々の家仕事がそのまま体力づくりにもなっていると話す。

「一番鍛えられるのは畑仕事や庭の草むしりです。立ったりかがんだりを繰り返し、力も使うのでいい運動になります。家の中でも、高い所のものを手を伸ばして取ったり、下の引き出しを開け閉めしたりして、全身をくまなく使うようにしています」

 今年8月、車を自宅前の家の塀にぶつける事故を起こし、肋骨を骨折してしまった多良さん。しかし、医師も驚くほどのスピードで回復したという。

「昨年、股関節の手術をしたときもそうだったのですが、日頃から家仕事で身体を動かしているおかげか回復がとても早いんです。事故を機に車を処分して免許も返納。今はお年寄り向けのお得なバスやタクシーを使って、買い出しを楽しんでいます」

 また、50代から習った織物でタペストリーを織ったり、好きな藍染めの古布で小物を制作したりと、手仕事の趣味も豊富。最近ではネット通販で黒い鉄製の脚を取り寄せ、YouTubeを参考にしながら庭用のウッドテーブルをDIYで作り上げたというから驚く。

「人生は楽しくなくちゃダメ。苦しい時期もありますが、永遠には続きません。過去の失敗や、つらかったことは全部捨てて、後ろを振り返らないこと。『明日はどんな楽しいことをしようかな』と小さな楽しみを思い浮かべながら、毎日を笑顔で過ごしたいですね」

取材・文/荒木睦美 写真/林ひろし(『83歳の私を支える家仕事』すばる舎より)

多良久美子さん
結婚後、4歳で麻疹により最重度知的障がいとなった息子を育てる。社会福祉協議会の仕事などに携わり、80歳手前で引退。現在は「障がい児・者の親の会」の相談役を務める。著書に『83歳の私を支える家仕事』(すばる舎)など。