母は僕を外に出したくなかった

 高校は自転車で通える定時制へ。受験は満点で合格だったという。授業がつまらなかったため、5月から通信教育を受け、3か月後には、大検11科目中8科目に受かった。

 結果、高校は1年で中退。日本では大検に受かっても18歳になるまで大学入試は受けられない。留学を考えたが、当時、アメリカで日本人学生が事件に巻き込まれたニュースがあったためか、母親に大反対された。

 アルバイトをしながら都内の予備校へ。ところがある日突然、電車の中で心臓がドキドキし、乗っていられなくなった。母に訴えたが、保健師である母は、「気のせいよ」「病院に行ったらもっと悪くなる」と言い張った。

「病院に行きたかったけど、どうしていいかわからなかった。保険証を持ち出して自分で行けばよかったのに、当時の僕は同世代の友達もいないし、相談できる相手もいなくて。いつ心臓が止まるかわからない不安と闘いながら、またひきこもっていました」

 パニック障がいかもしれないと思ったが、父は障がいという言葉だけをとらえて「精神障がい者なんて本来、淘汰されるもの」と断言した。母や父がダメならソーシャルワーカーの姉に相談すると、結婚していたこともあり、「時間がない」と突っぱねられた。

 ひとりで苦しみ続けるしかなかった。両親にとっては彼が「家にいる」のは当たり前になっていたのかもしれない。

母はむしろ、“無理して外に出なくていい。あなたの分のお金はあるから”というようなことを言っていました。ただ、僕はやはり外に出る生活がしたい。

 家にいると心臓が止まる恐怖感はないんです。将来が不安で、ときどきわーっと叫んだり壁に頭をぶつけたりはしていました。そのまま4浪して結局、武蔵大学に合格し、通い始めました」

 毎年、受験申請はしたが試験場まで行けたり行けなかったり。4年目でやっと受験できた。ところが、大学入学直後からパニック障がいが悪化する。電車に乗れない、乗れたとしても、ひと駅ごとに降車、大学に着いてもへとへとで教室にいられない。大学のアンケートに「死にたい」と書いて呼び出された。

 学校カウンセラーに「もう限界、退学したい」と訴えたが、専門家にはつながらない。彼は1年で退学、また家にひきこもってうつ状態になった。