自分の差別意識にショックを受けて

 彼は家にある本を読破しながら小学校時代を過ごした。中学は不登校の子を受け入れる先がなく、地元公立中学の特殊学級(現・特別支援学級)に入ることになった。この学級が彼に合っていたという。

「知的障がいとか身体障がいのある子ばかり。学年も関係なくみんな一緒で、その子に合った勉強をするんです。たまに突然、体当たりしてくる子がいたけど、いじめはなかったし、子どもたち同士で政治的な駆け引きやマウンティングもなかった。楽しかったせいか、僕は一気に学力が伸びて、普通学級に入れられそうになった。そこでまた精神的なバランスを崩しました」

 周りからみると「普通じゃない」子が入る学級だから、会話ができないと思い込んでいる一般の親たちもいた。あるとき、普通学級の子の親に話しかけられ、めんどうなので会話ができないフリをして愛想笑いをした。そして、そんな自分を嫌悪した。

他人があの学級をそんなふうに見ることにもショックを受けたんですが、自分自身も結局は知的障がいの子を差別していたのではないか。そちらのほうがショックで、また学校に行けなくなりました

 彼はそう言って黙り込んだ。自分の中の潜在的差別に苦しんだことを思い出したのだろう。繊細な人なのだ。

 そういえば彼と最初に喫茶店に行ったときのこと。テーブルに呼び鈴が設置されていた。注文が決まったと彼が言うので、私はパンと呼び鈴を押し、会話に戻った。しばらくして彼がおずおずと言った。

「さっき呼び鈴が鳴らなかったかもしれません」

 そういえばオーダーを取りにこない。私は再度、呼び鈴に手を伸ばしたが、がさつな私が押したのは「呼」と書かれたボタンではなく、その周りのプレート部分だったと気づいた。鳴らないのは当然だ。自分で笑い転げながら、私は彼の繊細さを感じた。

 おそらく彼は呼び鈴が鳴らないことにすぐ気づいたはずだ。だが、その場で指摘したら私が傷つくと思ったのではないだろうか。自身がそうであるように。だから、しばらくたってからやんわりと言ったのだ。そんな繊細さを持っていたら生きづらいだろう。