警察主導の自白で立件されたひき逃げ事件

 一方で、日本の裁判は自白偏重主義といわれ、たいがいの事件は被疑者の自白によって立件されている。痴漢事件で冤罪が多いのはそこにも原因があるのではないかと私は思っている。

 どんなに本人が「やっていない」と言っても、毎日、警察官に厳しい取り調べを受けているうちに、この状況から逃れられるのならば罪を認めてしまおうか、そのほうが楽だと魔が差す瞬間があっても無理はない。

 そのようにして、真実とは違うことを自白調書に書かれてしまうというケースが少なからずあるのではないかと私は推測している。

 先に述べたように、裁判官にとって「刑事事件で起訴されたら有罪判決」というのが常識のようになっているのも事実だ。

 私が担当した事件の中にも、明らかに警察主導による自白で立件された事件があった。

 事故の概要は以下のとおりだ。

・ ダンプカーの運転手である被告人が前を走る軽自動車を追い越したところ、向かい側からトラックが来たので慌てて左にハンドルを切った

・ その際、ダンプカーの後輪が軽自動車のタイヤの一部に接触したため軽自動車がふらつき、はずみで電柱にぶつかって軽自動車の運転手がケガを負った

「業務上過失傷害」と「ひき逃げ」の容疑で逮捕され、裁判となった。

 ここで法律上の「ひき逃げ」について少々説明させてほしい。

 一般的には加害者の車が被害者をひいて逃げるのが「ひき逃げ」、被害者が乗っていた自転車や車などに加害者の車がぶつかり、その結果、被害者の車が破損しているのに逃げるのは「当て逃げ」と思われている。しかし、厳密には事故を起こしたのに、被害者を救護しないで、警察にも報告しないでその場を立ち去るのを道路交通法上「ひき逃げ」といい、傷害や死亡事故とは別に処罰される。

 被告人は自分の運転するダンプカーが軽自動車にぶつかり、結果的にケガを負わせたという事実(業務上過失傷害)は認めた。ただ、被告人は法廷で「ぶつかったことを知っていて、逃げたわけではない。追い越しの際、対向車との衝突を避けるのに必死で、軽自動車と接触したことには気づかなかったので、そのまま走り去った。だからひき逃げではない」と主張した。

矛盾点が多々見つかった

 そこで記録を丹念に読み返したところ、おかしな点が多々あるのが見つかった。

 まず変だなと思ったのが、自白調書に「ぶつかった後、怖くなって脇道に逃げました」とあったことだ。この脇道は渋滞を避けるために、そのあたりの地理をよく知る人が使う道だ。実は偶然にも、車の運転が好きな私は、被告人が通ったという脇道をよく走っていた。もちろん渋滞を避けるためだ。

 もしもプロのダンプカーの運転手がこの道を通るとしたら、当然、「渋滞を避けるため」だろう。怖くなって逃げるために脇道へ入ったというのはありえないうえ、ストーリーとしてできすぎなのではないかと直感的に思った。

 また、この被告人は事故の1か月後に逮捕されたのだが、自白調書には「逮捕されるまでの間に、証拠隠滅のため慌ててタイヤ交換をしました」ともあった。

 ところがよく調べてみるとタイヤ交換は、運送会社によって定期的交換の際に行われたものであることがわかったのだ。