うれしそうに笑っているので、本心からそうしているのかと思ったら、その場の雰囲気に合わせていただけだと知り、だまされたような気分になったこともあった。それができないと「KY(空気が読めない)」と呼ばれたり、仲間外れになるのも納得できなかった。「今度ご飯に行こう」と約束したのに、その後連絡が来ず、社交辞令だったことに気づいたり。何年かしてようやく「あ~そういうことなんだ」とわかったが、北朝鮮で育った僕から見たら、彼らが二重人格に見えて戸惑った。

 北朝鮮ではそこまでするようなことはなかった。感情をそのまま吐き出し、必要に応じて怒ったりもする。でも、引きずらない。

 それぞれ一長一短だが、場の空気を壊すのを恐れて、本来の自分と違う姿を演じている人が多い光景を見てショックだった。

北朝鮮に似てる!?

 僕が北朝鮮で経験してきたような出来事に、日本社会でも遭遇することがある。これは想像もしていなかったことだ。

 植民地時代の名残りで、北朝鮮でも「お盆」「皿」などの日本語を使っていた。また、日本では天皇が崩御すると元号が変わるが、北朝鮮も「主体歴」といって、金日成の生まれ年である1912年を元年とした年号がある。それは、金日成が日本のまねをしたのだろうかと思った。

 そして、日本の精神文化を表す概念である「和」は、個性よりも調和や秩序を重んじる点が集団主義的で社会主義思想と似ている。

 新入社員教育で社訓を覚えさせることなども、北朝鮮で金日成の「教示」を暗記するのと同じだ。社長の前で大声を張り上げる某飲食系企業の動画を見たことがあるが、なんとなくノリが似ている。僕の最初の就職先でも、新人のメンタルを強くするために声出しをさせる習慣があった。

 そして、日朝の共通点は予想外なところにも存在する。それは、男性同士で仲良くなると、会話によく下ネタが出てくることだ。北朝鮮の人が下ネタを好むのは未開の民だからかと思いきや、先進国である日本でも同じだったのにはとても驚いた。