今年4月に独居だった脚本家・橋田壽賀子さんが自宅で死去。橋田さんへのメッセージとともに、社会学者・上野千鶴子さんが考える理想の“在宅ひとり死”とはなにか、そのためになにをすべきかを伺った。

上野千鶴子さん

ひとりで暮らす高齢者が
ひとりで死んで何が悪いのか

 4月4日午前9時13分、脚本家・橋田壽賀子さんが熱海の自宅でひっそりと息を引き取った。享年95。今年2月に入院。

 入院までは元気に過ごし、それから約1か月での旅立ちだった。子どものいない橋田さんは1989年に夫と死別後、独居生活を送っていた。

故・橋田壽賀子さん

 超高齢化社会の現在でも、橋田さんのような独居の高齢者が自宅で死を迎えることを「かわいそう」「寂しい」などネガティブなイメージで捉える向きがある。

 また“独居では孤独死するかも”と不安を抱える当事者も多い。

 そんななか“1人で死ぬことは決して不幸なことではない”と語るのは、社会学者で東大名誉教授の上野千鶴子さんだ。

 橋田さんとは、熱海の橋田邸を訪れ死をテーマに対談をした仲。対談中、橋田さんは「人の世話になるのは、私の中では“よく生きている”と思えない」「よく生きたいし、よく生きられなくなったらサヨナラしたい」と語ったという。以下のメッセージで橋田さんをしのびつつ、胸中を明かしてくれた。

「ひとりで暮らす高齢者がひとりで死んで何が悪いのか。それをネガティブなイメージの“孤独死”とは呼ばせたくない。その思いから、“在宅ひとり死”という造語を作りました。ぜひ多くの方に使っていただきたい」(上野さん、以下同)

『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)を上梓した上野さんに、慣れ親しんだ自宅で自分らしい幸せな最期を迎える方法を教わった。

今年4月に逝去した橋田壽賀子さんへのメッセージ
「うまく死ねるかどうかはわからないけど、上野さん、見届けてね」と、
橋田さんはおっしゃった。入院はされましたが、それまで元気に過ごされ、
最期はご自宅で……と、まさに橋田さんのご希望どおり。残念ですが“よかったですね”と申し上げたい。ご冥福をお祈りします。
上野千鶴子

「孤独死」から「在宅ひとり死」へ

「いわゆる“孤独死”は中高年男性の問題であり、高齢女性の問題ではないのです」

 世間がいう“孤独死”は圧倒的に男性。年齢は50歳後半~60歳に多い。これらの人々は、命あるうちから孤立した生き方を送っているケースが多いという。

「でもメディアは孤独死=高齢者の独居=社会問題のように扱う。独居と孤立はまったく別物であるし、孤独死防止キャンペーンなどは“孤立生”防止キャンペーンと変えるべき」

 上野さんの提唱する《満足のいく老後の3条件》にも「金持ちより人持ち」と、大事なのは“孤立しないこと”だと挙げている。

2人暮らしの満足度がいちばん低い!

 そもそも独居と孤立は違うのと同様に“同居=安心、幸せ”でもない。

 大阪府門真市のつじかわ耳鼻咽喉科院長・辻川覚志医師が2012~2014年にかけて行った60歳以上の男女約1000人への聞き取り調査によると、家族と同居する人よりも、ひとり暮らしの人のほうが、すべての年齢層で日常生活の満足度が高いことが明らかになった。

 ふたり暮らしの生活満足度はというと男女とも最低だ。さらに言えば、単身男女の満足度はどちらも高いのに、ふたり暮らしでは女性の満足度は男性のそれよりはるかに低い。

 辻川医師はズバリ、「ふたり暮らしは夫だけ満足、妻のひとり負け」と語る。

 これには大きくうなずく週刊女性読者も多いのでは?

「メディアは“おひとりさま”のネガティブな面ばかりでなく、ポジティブなロールモデルを提示すべき。おひとりさまで機嫌よく暮らしている方もたくさんいますので」

出典『ふたり老後もこれで幸せ』辻川覚志著・水曜社、2014年より

満足のいく老後の3条件

●慣れ親しんだ家から離れない

●金持ちより人持ち

●他人に遠慮しないですむ自立した暮らし

病院でなく最後は住み慣れた自宅で

 日本で病院死と在宅死の割合が逆転したのは、およそ50年前だ。現在は病院死の割合が減少に転じ、かわって在宅死と施設看取りが少し増えはじめた。

病院死と在宅死が逆転!

「日本人の死因からわかることは、大半の死が加齢に伴う疾患からくる死。すなわち予期できる死であり、緩慢な死であるといえます」

 現在、介護保険の要介護認定率は高齢者全体で2割程度だが80代後半では約半数、90代は7割~8割に達する(国立社会保険・人口問題研究所調べ、2012年)。

 要介護認定を受けた高齢者にはケアマネージャーがつき、疾患があれば訪問医と訪問看護につながる。在宅のまま“ゆっくり坂を下って、ある日在宅で亡くなる”ためには医療の介入はいらない、と上野さん。

 だが、容体が急変した際に救急搬送されてしまうと蘇生処置や延命がされ、病院死になることも。

「119番通報する前に、訪問看護ステーションに連絡を。訪ステは24時間対応を義務づけられているので、状況を聞いてどうすればいいか判断してくれます」

 もし訪看ステーションにつながらない場合は主治医、ケアマネージャー、そして訪問看護事業所の緊急対応窓口の順番で電話をかけるとよい。

「本人に余力があれば自分で連絡すればよい。携帯電話のワンタッチダイヤルで1から順番に必要な連絡先を入れておくといいでしょう」

 また、とっさに遠く離れて住む子どもに電話してしまうケースも多いそうだが、電話を受けた子ども側もあわてないように、訪看ステーションから始まる連絡先を親と共有しておくべきだ。

 ここで、やはり気になるのが在宅で死ぬ場合のコスト。表は在宅、認知症、80代単身の上村さん(仮名)が”死ぬ直前の3か月”にかかった経費だ。

※医療保険の自己負担は後期高齢者医療限度額適用・標準負担額減額認定証保持の場合、1か月に在宅8000円が限度(金額は当時のもの)。出典『なんとめでたいご臨終』小笠原文雄著・小学館より

 本人負担は合計21万円弱、月にならすと7万円ほどだ。

 一方、病院死の場合、高齢者には高額医療費減免制度があるため自己負担額は軽くなるが、差額ベッド代がかかり、シティホテル並みの金額になる場合も。ホスピスは個室が原則で1日あたりのコストは4万円を超える。

 また、看取りをする施設も増えてきた。個室・特別養護施設である場合、月額利用料14万~15万円のうち、住居費7万~8万円を差し引いた残り程度。

 在宅ひとり死はヘルパー代など費用がかかると思われがちだが、実際は看取り施設と変わらない。それなら住み慣れたわが家で、という人も増えそうだ。

自分の未来のためにも
介護保険を活用!

 読者世代はひとり暮らしの親の介護に悩む人も少なくない。

「子が自分の生活を犠牲にしてまで、親と同居したり自分の家に親を呼び寄せることはない。介護保険制度を使えば、親ひとりでも暮らせます。あとはスマホを持たせ、LINEのビデオ通話で顔を見せてあげればいい。

 つまり介護保険は“子としての安心”と“自分が高齢者になったときの安心”のためにある。この介護保険制度というインフラをしっかり守っていくことが大切です」

 現在、介護保険は利用抑制、自己負担率上昇という改悪が行われている。

「今後もこの改悪が続くことがないよう“介護保険が使えない・在宅で死ねない”世の中にならないよう、われわれ有権者は今後もしっかりと見守らなくてはいけません」

教えて上野先生!! 在宅ひとり死Q&A

Q.子どもに頼ったほうがいいことはありますか?

A.思決定労働はお願いする
「要介護になって地域包括センターに相談をしても、自治体は制度の説明資料と事業者リストをくれるだけ。ケアマネの選択や、どのようにサービスを組み立てるかなど、暮らしと命に関わる意思決定は子どもにお願いしてもかまいません」

Q.PPK(ピンピンコロリ)がやっぱりいいのでは?

A.いわゆる突然死。警察が来るかも
「ピンピン暮らしてコロッと死にたい、とよく聞きますが、これはいわば突然死。かかりつけの医師がいない場合や死因が不明な場合には警察での検死も必要になりますので注意を」

Q.介護保険がもし使えなくなるとどうなる?

A.介護は家族頼み、または自己負担がすごい金額に
「介護保険が縮小されれば、足りないところは、家族に頼ることになります。家族が介護できない、あるいは手が足りない部分は、自己負担で保険外のサービスを利用せざるをえない状況になります。こうした改悪が進むと経済力のない人は介護サービスを受けられなくなります」

『在宅ひとり死のススメ』(文藝春秋)著者=上野千鶴子 ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします 
上野千鶴子さん ●社会学者。東京大学名誉教授。1948年富山県生まれ。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学のパイオニアで、介護の研究も手がける。『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)ほか著書多数。

〈取材・文/松岡理恵〉